第二十話 これが俺の初級魔法
「人間どもがこんなオモチャを持ってたとはなぁ。あぶねえあぶねえ」
死屍累々。
幾重にも折り重なった別動隊の亡骸を見下ろしながら、黒い人影がつぶやく。
その背中には、黒く大きな翼が生えていた。
肌は浅黒く、目は血で満たされたような紅。
口元には、鋭い牙が輝いている。
――魔族。
数々の伝説にその名を遺す、邪悪の化身が戦場に降り立った。
――〇●〇――
「何ということじゃ……!!」
現場の様子を望遠鏡で見ていたマスターは、たちまち言葉を失った。
魔導都市が誇る最精鋭を集めた決死隊。
政治的な事情で冒険者を参加させなかったとはいえ、その実力は確かなものだった。
それがほんの一瞬にして、斬り伏せられてしまったのだ。
もはや戦慄するしかない。
「おい、私にも見せてくれ!」
「あ、ああ……」
「なんだ、こいつは……!」
フォートレもまた、マスターと同様に体を強張らせた。
遠くから見ただけでも、はっきりと伝わってくる存在感。
それに圧倒されてしまったのだ。
「あやつは、魔族か?」
「恐らくはの」
「馬鹿な!」
最後に魔族の存在が確認されたのは、およそ三百年前のこと。
それからというもの、魔族が人前に姿を現すことはなかった。
長い年月の間にその存在は伝説となり、今では実在していたことすら疑われている。
それがいきなり降臨したのだから、信じられないのも無理はなかった。
「とにかく、何とかあの爆弾を起動させなくては。あれなくして我々に勝利はないぞ!」
「そうは言っても、どうするというのじゃ? 魔族に勝てるような強者など……」
「ううーむ……」
頭を悩ませるマスターとフォートレ。
あれほどの強さを誇る魔族に勝つ方法など、とっさに思いつくものではなかった。
そうしている間にも、魔族は爆弾を破壊しようと歩き出す。
だがここで、倒れていた決死隊の一人がその足を掴んだ。
「おおっ!」
「あれはジェイク君か!」
白銀に輝くフルアーマー。
決死隊の中でもひときわ目立つそれが、ゆっくりとではあるが立ち上がった。
その胸に輝くのは、アルバロス伯爵家を示す金獅子の紋章。
ラグーナ魔法学園、二年次主席ジェイク・アルバロス。
このフルアーマーは、まぎれもなく彼の持ち物であった。
しかし――。
「女……?」
「妙だぞ。ジェイク君は男のはずだが……」
衝撃に耐えかねたのか、砕けた鉄仮面。
そこから現れたのは、ジェイクとは似ても似つかぬ銀髪の少女だった。
――〇●〇――
「なかなかいい女じゃあねえか」
少女の顔を見て、愉しげに目を細める魔族。
涼しげな青い瞳、高く通った鼻梁、シャープな顎のライン。
やや感情に欠けたような印象があるが、彼の言う通り、少女の顔は整っていた。
そのどこか厭世的な美貌は、絶世のと形容しても良いほどかもしれない。
「女、俺の奴隷になるなら殺さずにおいてやるぜ?」
「それはできない」
「ああ? そんなこと言って、てめえはもう誰かの奴隷だろ?」
そういうと、魔族は少女の首元を見やった。
鉄仮面がなくなったことで露わとなったそこには、銀の首輪がはめられている。
中心に紅い魔石がはめ込まれたそれには、最上位の隷属魔法が組み込まれていた。
「俺の魔力なら、そんなチャチな首輪ぐらい簡単に壊せる。どうだ、来ないか?」
「無理なものは無理。私は、この街を守りたい。それは他の誰でもない、私自身の意志……!」
腰の剣を抜き放ち、構えを取る少女。
だが次の瞬間、手にしていたはずの剣が宙を舞った。
目にも映らぬほどの速さの手刀。
それが剣をいともたやすく弾き飛ばしたのだ。
「くっ!」
「あくまで抵抗するなら仕方ない。せいぜい、よく鳴いて死ね」
「私は、死なない……!」
「いいや、死ぬんだ」
手を高々と掲げる魔族。
たちまち爪が長く伸び、剣呑な光を帯びた。
少女はたまらず唇を固くかみしめる。
彼女が死を迎えることは、誰の目にも明らかだった。
しかし次の瞬間、閃光が宙を貫いた。
「あ?」
魔族の半身が、きれいさっぱり消失した。
それだけではない。
都市の外壁から少女たちのいる場所に向かって、一直線に道が出来ている。
どこからか放たれた光が、魔物の群れを一気にぶち抜いてしまったのだ。
そのあまりの出来事に、その場にいた誰もが動きを止める。
「なんだ……? 俺様の身体をこんなにしやがって……!」
さすがは魔族というべきか。
半身を消し飛ばされてなお、生命活動には支障がないようであった。
だが相当のダメージは受けたのだろう、その目は憤怒に満ち満ちていた。
全身から黒々としたオーラが湧き上がり、大地を侵食し始める。
やがてそこへ、一人の少年がやってくる。
「……こりゃ、思った以上に威力上がってるみたいだ」
『わらわと修行をしたのだ、当然じゃな』
「おい、てめぇ! 今の超級魔法は貴様だな!?」
やや気の抜けた様子を見せる少年に、苛立ちをあらわにする魔族。
すると少年は、あっけらかんとした顔で答えた。
「ええっと。今のは超級じゃない、初級魔法だよ」
「絶対に嘘だ!?」
魔族と少女、そして駆けつけてきた冒険者たち。
その誰もが、異口同音に叫ぶのだった。




