第十九話 決戦
「地獄のような光景じゃのう……」
どこまでも続く草原地帯。
その地平線の彼方で、黒い影が蠢いていた。
魔物の群れ、総数およそ二万。
魔導都市に存在する全ての戦力をかき集めてなお、遠く及ばぬ圧倒的な物量だ。
「ノエル君は、間に合わなかったか」
「ええ。まだ地下室にこもっています」
マスターからの質問に、リーシャは申し訳なさそうに頭を下げた。
ドラゴンを討伐し、さらには街道沿いに潜んでいたタイラントモールまでも倒した魔導師ノエル。
この戦いにおいても大きな戦力となるはずの彼であったが、修行が間に合っていなかった。
本来ならば敵が襲来する前に完了するはずが、敵の到着が早まってしまったのだ。
「……残念じゃが、こうなっては仕方あるまい。フォートレ殿、爆弾の方は?」
「調整は万全だ。いつでも爆破できる」
マスターからの質問に、自信満々に答える魔導師。
彼の名はフォートレ・ラノバ、超級魔導師にして王立研究所の所長だ。
今回の作戦に当たっては、彼の部下である魔導師たちも多数参加している。
「そうか。では――」
大きく息を吸い込み、咳払いをするマスター。
彼は改めて、自らの眼下に集った軍勢を見やると、声を張り上げる。
「諸君! 私が冒険者ギルド魔導都市支部のマスターにして、今回の作戦指揮を執るライネスじゃ! ここに集まってくれたことを、まずは感謝しよう!」
拍手喝采。
ギルドの冒険者のみならず、魔導師や騎士に至るまでもが手を叩いた。
誰もがリーダーの登場を待ち望んでいたのだ。
「いまこの街に、大いなる危機が迫っている! だが案ずることはない! このような事態に備え、王立研究所が復活させた古代兵器がある! その激烈なる威力をもってすれば、あの大群を滅ぼすこともできよう!」
「おおおおおっ!!」
マスターの力強い言葉に、湧きかえる大群衆。
そこかしこから歓声が溢れ、人々は拳をつき上げた。
絶望的な状況に、一筋の光明が差し込んだのだ。
興奮しないはずがない。
「ここに集まってくれた諸君には、街の防衛と魔物の誘導をお願いしたい! 君たちが敵を引き付けている隙に別動隊が敵中心部へ殴り込みを仕掛ける! そして、強大な一撃を食らわせるのじゃ!」
「うおおおっ!!」
再び湧き上がる大歓声。
熱気と興奮に包まれながら、マスターは天を仰いだ。
そして誰よりも力強く、雄たけびを上げる。
「では諸君、戦の始まりじゃあああぁッ!!!!」
――〇●〇――
「グオオオオッ!!」
咆哮を上げ、攻め寄せてくる数万の魔物。
それはさながら、闇が大地を染め上げていくかのようであった。
それに対峙するは、魔導都市中から集まった戦士たち総勢五千。
普段は象牙の塔にいる学者肌の魔導師から、腕に覚えのある市民まで。
およそ戦えるものはすべて、この戦いに参加していた。
「太虚に座し、天地を統べる焔よ! 晦冥の底より来たり、黄昏へと至る紅よ! 過ぎ去りし光、愚者たるこの身に借り受けて。その威をこの場にて示す。紅の参拾、獄炎降臨!」
重なり合い、響き渡る詠唱。
直後、大地を揺さぶるほどの強烈な閃光と爆発が沸き起こった。
魔物の群れの一部が崩れ、動きを止める。
――上級魔法。
魔導都市の中でも最精鋭とされる魔導師たちが放つ、必殺の一撃であった。
しかしそれでも、敵を長くは押しとどめられない。
新たな魔物たちが、仲間の死骸を乗り越えて突き進んでくる。
「行くぞ、俺たち前衛の力を見せてやれ!」
「うおおおッ!!」
「バートさんに続け、続けぇ!!」
剣を振り上げながら、勢いよく飛び出していくバート。
彼に続いて、無数の冒険者たちが動き出した。
彼らは後衛の弓や魔法の支援を受けながら、必死で魔物たちと伍していく。
その士気は高く、数万の魔物をわずかな時ではあるが食い止めた。
「何とか、持ちこたえておるな。あと二十分と言ったところじゃが」
「大丈夫だ、それまでに魔導爆弾が作動する」
「そうなってくれねば困るからの。お前さんたちの爆弾に、我々の命運がかかっておるんじゃ」
「安心しろ。今のところ別動隊は順調だ。ほれ、これを見よ」
そういうと、フォートレは細長い筒のようなものを取り出した。
それを手渡されたマスターは、初めて目にする物体に怪訝な顔をする。
「なんじゃ、これは?」
「望遠鏡というものだ。これを覗き込めば、遠くのものも楽々見ることができる」
「ほう、それは便利じゃな」
フォートレのレクチャーを受けながら、さっそく望遠鏡を覗いてみるマスター。
するとたちまち、魔物の群れを斬り伏せながら進んでいく一団が見えた。
どうやら彼らが、魔導爆弾を運搬する別動隊のようだ。
その中心にある台車には、見慣れない黒い物体が載せられている。
「おお、これは凄い! 手に取るように様子がわかるぞ!」
「そうであろうそうであろう!」
「今のところ、別動隊は順調に進んでおるようじゃな。この様子ならば、あと数分で中心まで――ん?」
不意にマスターの口が止まった。
ただならぬ様子に、すぐさまフォートレが質問を投げる。
「どうしたのだ?」
「い、いきなり黒い人影が現れて……! ぜ、全滅した……!」




