第十八話 修行開始!
「ここでいいかの?」
魔導都市の中心から、やや東に外れた文教地区。
そこに聳える王立研究所へ、俺とリーシャさんはマスターの案内でやってきていた。
――これから行う修行は、周囲に危険が及ぶ可能性がある。
リーフォルスの言葉を受けて、安全確保のため研究所の地下室を借りに来たのだ。
「おお、すごい……!」
案内された地下室を見て、思わずため息が漏れる。
石を丹念に積み上げた、見るからに強固な壁。
床には複雑な魔法陣が刻まれ、怪しい光を放っている。
さらに扉は、金庫よろしく分厚い金属製だ。
ここより頑丈な部屋は、恐らくこの魔導都市には存在しないだろう。
「こんな部屋があったなんてねぇ。もとは、何のための部屋なのかしら?」
「なにぶん古い部屋なので、作られた当時のことはわからぬ。だが、普段は危険な魔物を飼育しておくために使われているそうじゃ。何でも、ドラゴンでも壊せないそうじゃぞ」
『うむ、防御魔法もしっかり掛けられておるようじゃの。この部屋を作った人間は、相当に腕の立つ魔導師じゃろう』
「ああ。ここは確か、賢者様が設計なさったそうじゃ」
賢者様……か。
かつて災厄を打ち倒し、この魔導都市を創設した伝説の魔導師様だ。
俺も学園にいた頃は、賢者様みたいになることを夢見て魔法を練習していたんだっけ。
『もしかすると、その賢者というのもノエルと同じ人種かもしれんのう』
「へ?」
『この部屋、これから行う修行にはとても向いておる』
興味深げなリーフォルス。
いくらなんでも、それはないと思うけどなぁ。
賢者様は千にも及ぶ魔法を自在に使いこなしたと言われている。
魔力が多いとはいえ、下級魔法しか使えない俺とは全く違うはずだ。
「それよりもさ。これから、ノエルはどんな修行をするの?」
「そうじゃな。さっきからわしも気になっておった」
『ノエルにはこれから、ひたすら己の魔力に耐える修行を行ってもらう。具体的には、身体強化を極限までかけることかの。これによって魔力に体を慣らし、潜在魔力を放出できるようにする』
「意外と、簡単そうですね」
『とんでもない!』
俺の言葉に対して、リーフォルスはすごい勢いで反応した。
彼女はそのまま、言い聞かせるように重々しい口調で語る。
『極限まで身体強化をかけた時の苦痛は、想像を絶するぞ。それに最低でも二十四時間、耐えねばならぬ。最悪、痛みのあまり気がふれるかもしれぬのだ』
「いっ!?」
『うむ。本来ならば、長い年月をかけて慣らしていくものじゃからの。それを短期間でやろうとするのじゃ、危険はある』
重々しく告げるリーフォルス。
気がおかしくなってしまうほどの激痛か。
想像するだけでも、背筋がゾワリとして不快になってくるが……やるしかない。
こうしている間にも、魔物の群れは刻一刻とこちらに迫ってきているのだ。
それを退けるには、どうしても魔法の力がいる。
俺は呼吸を整えると、ゆっくり、一言一句かみしめるように言う。
「……お願いします」
『わかった。では、そなたたち二人は外へ出てくれ。これから丸一日、絶対に扉を開けてはいかんぞ』
「承知したわ」
「任せましたぞ」
俺たちに頭を下げると、部屋を出ていく二人。
重い扉が、ゆっくりゆっくりと閉じられた。
やがて足音が聞こえなくなると、完全な静寂が訪れる。
「では、お願いします」
『うむ。まずは強化魔法を掛けてくれ。それをわらわの力で、主が耐えられるギリギリに制御する』
「わかった。じゃあ行くよ。蒼の拾、剛力!」
魔法を発動した直後、身体全体を熱いものが行きわたった。
これが、ギリギリの強化魔法か?
それなりに苦しいけど、別に言われていたほどじゃ――。
「……うぐッ!? うああああッ!!」
修行を甘く見た途端に、襲い掛かってきた激痛。
身体の肉を引きちぎるかのようなそれに、俺はたまらず悲鳴を上げるのだった。
――〇●〇――
「急げ急げーーっ!!」
魔導都市を取り囲む城壁。
その上に設けられたやぐらに、冒険者たちが次々に物資を運び込んでいた。
既に、魔物の大発生については情報公開がされている。
この事態に対処するため、ギルドと冒険者たちはその総力を持って準備をしているのだ。
「いやぁ、にしても良かったぜ。装備が出来た後でよ」
「ああ。こいつがあれば百人力だ」
そういうと、自身の鎧を自慢げに叩く冒険者たち。
彼らはタイラントモールの運搬を手伝い、その素材を分けてもらった者たちだった。
今回の事態を受けて職人たちが昼夜惜しまず働いた結果、何とか新装備が完成したのだ。
「よーし、東の準備は完了だ! 次は西門に行くぞ!」
「へい!」
指示を受けて、テキパキと動き出す冒険者たち。
その様子を見ていたリーシャは、額の汗をぬぐいながらほっと息をつく。
「この分なら、ノエルが修行を終えるまでは持ちそうね」
「あたぼうよ! このバートが現場指揮を執ってるんだからな! 坊主が戻ってくるまで、魔物なんぞ入れやしねえよ!」
「あんた、ずいぶんと張り切ってるわね」
「ああ、またとない昇格のチャンスでもあるからな!」
そういうと、力強いポーズをとるバート。
ギルドでAランクに昇格するためには、何かしらの功績が必要とされている。
なかなかBランクから上に行けなかったバートにとっては、今回の事件は良い機会でもあった。
乗り切ることさえできれば、ほぼ確実に昇格できるのだから。
「そんなこと言って、魔物を舐めちゃだめよ? わかってるだろうけど」
「もちろんだぜ! さあ、どこからでもかかってこい!」
リーシャの心配をよそに、さらにヒートアップするバート。
するとここで、偵察に出ていた冒険者たちが戻ってくる。
「た、大変だぁ! 魔物どもの動きが、急に早くなりやがった!!」
「なにいいいっ!?」
予想外の報告に、その場は騒然とするのだった。