第十七話 ジェイクの野心
「大変な事態になった」
ライドさんの帰還から数時間後。
俺とリーシャさんは、揃ってマスターの執務室へと呼び出されていた。
議題はもちろん、街にやってくるという魔物の大群についてである。
「調査隊に何が起きたの? ライドのやつ、ひどい状態で帰ってきたけど……」
「事情聴取をしたんじゃがの。どうやらリンバスの奥で猛烈な負の魔力が発生していたらしい」
「なんでそんなものが? 原因は?」
リーシャさんの声が大きくなる。
――負の魔力。
瘴気とも呼ばれるそれは、この世のあらゆる生物を冒し変質させてしまう恐るべきものだ。
その由来は魔界にあるとされ、魔族ともつながりがあると言われている。
「それについては不明じゃ。なにぶん、その調査をしている途中で調査隊が壊滅してしまったからの」
「魔物に襲われたの?」
「うむ。それに加えて瘴気じゃな。対策をしておらんかったせいで、ほぼやられてしまったようじゃ」
「じゃあ、生き残ったのは……ライドだけ?」
「恐らくは」
沈痛な面持ちでうなずくマスター。
それを見たリーシャさんもまた、悲しげに顔を伏せた。
社交的な彼女のことだ、全滅してしまったパーティにも知り合いはいたのだろう。
その心中、察して余りある。
「……それよりも今は、魔物への対策じゃな」
「そうですね。群れの位置などは、確認が取れてますか?」
「うむ。群れはリンバスの奥地からこの街に向かって、まっすぐに移動しておる。距離はそうじゃな……あと三日と言ったところじゃ。斥候を放ち確認を取ったゆえ、間違いない」
「準備はできそうだけど、みんなで逃げるには少し時間が足りないわね……」
魔導都市の人口は、約六万人。
王国でも指折りの大都市である。
それだけの人間が逃げ出すには、三日という時間は少々心もとなかった。
そもそも、逃げたところでどこへ行くのか。
急に六万もの人間を受け入れられる都市など、この国にはない。
「Sランク冒険者さんは、間に合いそうなんですか?」
「ちと厳しい。王都からここまで、一週間ほどの道程じゃからな」
「この街の戦力だけで、それまで耐えるしかないってことね……」
「でも、どうやって? 数万の魔物なんて、いくら何でも」
「王立研究所に、強力な魔導兵器の試作機があるそうだ。上手く使えば、一発で城を吹き飛ばせるような代物らしい」
そりゃまた、とんでもないものを持ってたものだな……!
王立研究所がそんなヤバい研究をしていたなんて、まったくの初耳だ。
リーシャさんも知らなかったようで、ひどく驚いた顔をしている。
「そんなものがあったなんて……」
『古代の魔導爆弾じゃな。恐ろしいものを蘇らせおって』
「こいつを群れの中心地で爆発させることが出来れば、敵のほとんどを殲滅できるという計算じゃ。よって我々は、魔物に斬り込む決死隊と街を守る防衛隊に分けて行動する」
「なるほど。それで、私たちには決死隊に入ってほしいと?」
恐る恐る、マスターに尋ねるリーシャさん。
数万もの魔物へ斬り込み、魔導爆弾を設置する決死隊。
その生存率は、当然ながらゼロに等しいほど低いだろう。
俺は覚悟を決めると、ゆっくり唾を飲んだ。
しかし――マスターは予想外のことを言う。
「いや、君たちに任せたいのは防衛隊の主力じゃ。決死隊については……別に集めるらしい」
「別にって、何で私たちじゃないのよ! 一番成功率が高いはずよ!」
「街のお偉いさんの決定じゃよ。やつら、よほど冒険者を信用できんらしい。いざとなれば、爆弾を置いて逃げると判断したのじゃろうな」
「こんな時まで何を考えてるのよ……!」
深いため息をつきながら、リーシャさんは頭を抱えた。
まさか、こんな時までそのような差別意識を持ち出されるとは。
さすがの俺も予想外だ。
「すまんな。だが、君たちには魔物からこの街を守ってほしい。頼む、この通りだ!」
腰を曲げ、深く頭を下げるマスター。
その沈痛な顔を見てしまっては、断ることなどできはしない。
もとより、この街のために戦うつもりだったしな。
「わかりました。任せてください」
「ええ。魔物なんか、一歩たりとも街に入れないわ!」
「ありがとう、ありがとう!」
救われたような顔をすると、マスターは何度も何度も俺たちに頭を下げた。
ここまで感謝されると、少し照れてしまうな。
街のために戦うなんて、冒険者としては当然のことなのに。
『よし、では魔物がくるまでの間にわしが修行をつけてやろう。ちと荒療治じゃがな』
「修行って、なんの?」
『決まっておるだろう。ノエルが無意識に抑えている魔力を、すべて出せるようにするためのじゃ』
――〇●〇――
「やったぞ、これで俺は英雄になれる……!」
ラグーナ魔法学園の学生寮。
その一室で、ジェイクは狂気的な笑みを浮かべていた。
ここ最近、すっかり傷つけられてしまった彼のプライド。
それを取り戻す絶好のチャンスが巡ってきたのだ。
「でもジェイク、さすがに危ないんじゃない? 魔物の群れに飛び込んで爆弾を置いてくるなんて」
「そんなの、俺本人が行かなきゃいいのさ」
「どういうこと?」
「替え玉にやってもらうんだよ。どうせほとんど死ぬ任務なんだ。死人に口なし、生き残りはほとんどいないだろうからあとでバレることもない」
「うわ、ひっどーーい! でもそんなのやってくれる人いるの?」
あまりに都合のいいことを言うジェイクに、疑問を呈する女。
するとジェイクは、笑いながら答える。
「この前、荷物持ち用に奴隷女を買ったんだ。そいつにやらせればいい」
「何それかしこーーい!」
「だろ? これで俺は、何の危険もなく英雄ってわけさ」
「もしも、作戦がうまくいかなかったら?」
「その時は逃げればいいさ。うちのワイバーンを使えば安全だよ」
そういうと、高笑いを始めるジェイクと女。
二人の笑いは、その後しばらくやむことはなかった。