第十六話 警告
「紅の壱、火球!」
杖の先端に生じた炎の球。
空中で分裂したそれらは、瞬く間にゴブリンの群れを焼き払った。
全身火だるまとなり、絶叫するゴブリンたち。
その間をリーシャさんが駆け抜け、次々と首を飛ばしていく。
「……ふぅ。あらかた駆除できたわね」
『主よ、探知魔法じゃ』
「はい! 碧の肆、風紋!」
魔力を孕んだ風が広がり、反響を伝えてくる。
うん、大丈夫だ。
この周辺にゴブリンの気配はもう残ってはいない。
「大丈夫です、もういないですよ」
『主とわらわの魔法があれば当然じゃな』
「いやほんと、便利すぎるでしょ。初級魔法をここまでカスタマイズできるなんて、初めて知ったわ」
『主の莫大な魔力と、わらわの技術があればこそじゃがの』
誇らしげに語るリーフォルス。
さすが古代の杖だけあって、彼女の知識と技術は素晴らしかった。
そもそも普通の杖では、魔法の緻密な制御なんてしてくれないからな。
安くはない買い物だったが、彼女を買って本当に良かったと思う。
『しかし、そのなんだ。魔法を打つにももう少し良い相手はおらぬのかのう。ゴブリンが相手では、張り合いに欠けるわ』
「しょうがないでしょ。森への立ち入り禁止、まだ解かれてないんだから」
やれやれとため息をつくリーフォルスさん。
タイラントモールを討伐してからはや五日。
俺たちは街道沿いの魔物討伐の依頼を無事に終えたが、まだ森の閉鎖は続いていた。
そのせいでギルドは極度の依頼不足に陥っており、仕事をほとんど選べないのだ。
「帰ったら、もう一度シーナさんに聞いてみましょうか。もしかしたら、何か進展があったかもしれませんし」
「そうね、それがいいわ」
――〇●〇――
「森の調査についてですか? 残念ながら、まだ続いています」
ギルドのカウンターにて。
受付嬢さんは、俺の質問に申し訳なさそうな顔をして答えた。
するとすかさず、リーシャさんが彼女に詰め寄る。
「調査って、何をそんなにかかってるのよ? いつもならすぐ終わるわよね?」
「ドラゴンを変異させた魔力の発生源なんですが、どうにもリンバスの森の最深部のようでして。そこまで行くだけでも大変なんです」
「あー……リンバス側だとそりゃ厄介ね」
魔導都市の郊外に広がる森は、そのままリンバスの森と呼ばれる地域に接続している。
このリンバスの森は王国の西方を占める広大な森林地帯で、その深部は魔物の巣だ。
危険度はとても高く、腕利きの冒険者でもめったなことでは足を踏み入れない。
「でも、大丈夫ですよ! 賢者祭までに片付けたいという上層部の意向もありまして、大調査隊が出発いたしましたから。早いうちに結果が出てくると思います!」
「へぇ、そりゃ頼もしいわね。誰が行くの?」
「当ギルドからは、『金獅子のたてがみ』と『蒼月の眼』が護衛として出ます。さらにラグーナ魔法学園からは調査員数名と随行員が、王立研究所からも著名な研究者の方が一名参加されますね」
「金獅子と蒼月ね。悪くはないけど、ちょっと微妙じゃない?」
少しばかり、不満げな顔をするリーシャさん。
すると受付嬢さんは、周囲に人がいないことを確認しながら顔を近づけてくる。
「実はですね。今回の調査隊に、ギルドはノエル君を参加させるように推したんです。しかし、魔法学園側が強く反発しまして」
「どういうこと?」
「Dランクなどでは役に立たないと」
「はぁ? そもそもあの黒いドラゴンを倒したのはノエルなのよ?」
リーシャさんの声が、にわかに大きくなる。
不機嫌さを隠そうともしない彼女の様子に、受付嬢さんは小さくなりながらも答える。
「我々もそう言ったんです。ですが、低ランクは信用ならないの一点張りで」
「ノエルを追い出したことと言い、本当に表層しか見ないやつらね……」
「まぁ、魔法学園側でも戦力を用意するといっておられましたし。金獅子も蒼月も、優秀なパーティであることは間違いないですから」
そういうと、リーシャさんをなだめに入る受付嬢さん。
しかし、その怒りはなかなか冷めることはなかった。
するとここで、ギルドの外がにわかに慌ただしくなってくる。
「何かしら? 行ってみましょうか」
「ええ!」
騒ぎにつられて、急いでギルドの外へと移動する。
通り沿いにはすでにたくさんの人だかりができていた。
そしてその中央には――真っ黒に変色した人間らしきものの姿があった。
その影が立体化したような異形に、俺たちはたちまち息をのむ。
「な、何だこりゃ!?」
『いかん、こやつ悪しき魔力に侵されとるぞ!』
「え、ええ!?」
『とにかく浄化魔法じゃ! 早くせねば手遅れになる!!』
「わ、わかった! 蒼の伍、浄水!!」
あらゆるものを清める水属性の下級魔法。
ありったけの魔力を込めて放たれたそれは、たちまち黒い人影を洗い流した。
浮かび上がる黒いモヤ。
やがてそれらが霧散してしまうと、中から冒険者らしき男が現れる。
「ぷはっ!? げほごほっ!」
「大丈夫ですか!?」
倒れた男に駆け寄ると、急いでその身体を抱きかかえる。
良かった、ちゃんと息はしている。
特に外傷もないし、命に別状はなさそうだ。
「あなた、金獅子のライドじゃない!? どうしたのよ!」
男の顔を見たリーシャさんが、彼の身元に気づいた。
金獅子って言ったら、調査隊に加わったっていうパーティだよな。
それがあんな姿で戻ってくるなんて、いったい何が起きたのか。
俺が疑問に思っていると、男は恐ろしい形相で叫ぶ。
「大変だ、もうすぐ街に魔物が押し寄せてくるぞ!!」