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第十五話 魔物の夜

「魔物の夜……そう言えば、おばあちゃんから聞いたことあるわね。ずーっと昔に、大発生した魔物の群れが一夜にして街や村を潰していったって」


 受付嬢さんの質問に、神妙な面持ちで答えるリーシャさん。

 魔物の夜という単語は俺も聞いたことがあったが、知っていることはほぼ同じ。

 数万もの魔物の大群が、たった一晩でこの地方を壊滅寸前にまで追いやったということだ。


「よかった、だいたいご存じのようですね」

「はい。有名な伝説ですから」

「ギルドに保管されていた資料には、その魔物の夜に関して記載がありまして。そこに書かれていたんです、黒いドラゴンや変異種のことが」

「何ですって?」


 リーシャさんの顔つきが、にわかに険しくなった。

 彼女はズイっと受付嬢さんの方に向かって前のめりになる。


「魔物の夜が始まる前に、黒いドラゴンが天を舞ったって書いてあるんです。さらにその後には、通常とは異なる魔物が何体も見つかったとか」

「なるほど。でもそれ、さすがに偶然なんじゃ?」

『ふむ……ドラゴンの変異種は非常に珍しい。その一致を無視はできんな』


 深刻な口調で告げるリーフォルス。

 それに呼応して、受付嬢さんがうなずく。


「はい。ですのでギルドの方でも、万が一に備えて準備を進めています」

「そうは言っても、伝説が本当だったら数万の大群が街を襲うのよ? 対策のしようがあるの?」

「Sランク冒険者の動員を要請した。表向きは、とある高貴な方の護衛という名目にしてあるがの」

「おおお!」


 Sランクと言えば、冒険者ギルドの最高戦力である。

 その力は一国の軍にも匹敵すると言われ、数多くの伝説を残している。

 彼らならば、数万の魔物からでも街を守り切れるかもしれない。

 そう思わせるだけの力と実績があった。


「ただし、到着まではしばらく時間がかかる。賢者祭も控えておることじゃし、この件についてはくれぐれも内密に頼むぞい。パニックになりかねんからの」

「はい、わかりました!」

「まぁ、なにぶん古い資料の話じゃ。どこまで信用できるかはわからぬし、杞憂である可能性も高い。そなたたちはそれほど気にせずとも良かろう」


 そういうと、にこやかな笑みを浮かべるマスター。

 彼は改めてタイラントモールの方を見ると、先ほどとは違って嬉しそうな顔をする。


「辛気臭い話はここまでとして。これだけの大物を、よくぞ倒してくれた! もしそなたたちがこやつに気づかなければ、街道全体が危機にさらされていたことじゃろう!」

「いえいえ、それほどでも……」

「ついては、そなたとリーシャをわしの権限で1ランク昇格としよう。そなたについては、本来なら一気にBランクとでもしたいところではあるが……わしの権限では1ランクが限度でな。すまん」


 申し訳なさそうな顔をするマスター。

 いやいや、1ランクでも昇格するなら十分だ。

 Dランクから先の昇格は、結構時間がかかるって聞いたことあるしな。

 文句などあろうはずがない。


「十分ですよ! むしろ、こんなに早く昇格できるなんて思いませんでした!」

「うーん、普通ならそうなんだけどノエルだとねぇ」

『うむ。ノエルの実力なら既にAランク水準を軽く超えておるな』

「そんなことないと思いますよ? 俺なんて、ついこの前始めたばかりのひよっこですし」

「そのひよっこが滅茶苦茶強いから、びっくりしてるのよ」


 わかってないわねーとばかりに、肩をすくめるリーシャさん。

 うーん、魔法についてはそれなり以上だということがわかってきたけど……。

 俺の場合、他の戦闘技術とかがまだまだ身についていないしな。

 隙も多いだろうから、そんなに驚くほど強いわけではないと思う。


「それで、話は変わるんだけどさ。この魔物、いくらぐらいになりそう?」

「そうですねぇ。ざっと五百万と言ったところでしょうか。ドラゴンには劣りますが、これだけ上質の毛皮となると需要がいろいろとありますので」

「ご、五百……! 父さんの年収ぐらいある……!!」


 高いだろうとは思っていたが、まさかこれほどの金額になってしまうとは。

 タイラントモールの毛皮、おそるべしである。

 ドラゴンの三千万に続いて、モールの五百万。

 うっかりしていると、金銭感覚がマヒしてきちゃいそうだ。


「よーーし! 今夜は祝いだわ! 酒場でパーッと飲みましょ!」

「いいですね!」

「あ、私もあとから合流させてください!」


 こうしてこの日の夜は、ギルドの酒場で盛大な宴を執り行った。


 ――〇●〇――


「ジェイク君。どういうことだね?」


 翌日。

 ジェイクは朝から学園長室へと呼び出されていた。

 いきなりのことで、彼は何が何だかわからず困惑した顔をしている。


「どういうこととは? 何も心当たりがありませんが」

「昨日の魔物討伐のことだ!」


 学園長の声が、にわかに大きくなる。

 彼は思い切り机を叩くと、ジェイクに詰め寄った。

 その鬼気迫る表情に、さすがのジェイクも冷や汗をかく。


「君は昨日、街道沿いの魔物討伐を途中で切り上げたようだね」

「ええ。俺たちの手で、危険な魔物はあらかた取り除きましたから」

「あらかた取り除いた……か。実は昨日の夜、同じ依頼を請け負った冒険者たちの手で超大型の魔物がギルドへ持ち込まれたと連絡があったよ。今朝方、連絡をもらって私も確認したが……小屋ほどの大きさがあった」

「なっ!?」


 思わず絶句してしまったジェイク。

 それほど大きな魔物が近くにいたとは、まったく気づかなかったのだ。


「ありえません! 探知魔法を使いましたが、反応はありませんでした!」

「あり得ないも何も、魔物の実物を私が見たんだ!」

「お言葉ですが……」

「とにかくだ! 大型の魔物が近くにいたにもかかわらず、君たちは仕事を終えて帰ってきてしまった! それが問題なのだよ!」


 言い訳をしようとするジェイクを、学園長は容赦なく切り捨てた。

 その強い言葉に、さしものジェイクも二の句が継げない。

 魔物を放置して、学園に戻ってきてしまったのは事実なのだから。


「君には伝えたはずだ。今回の依頼は、姫様に関連する大事なものだと」

「はい、そのように聞いていました」

「にもかかわらず、このざまとは何かね?」

「大変、申し訳ございません……」


 深々と頭を下げて、謝罪をするジェイク。

 その拳は、悔しさのあまり小刻みに震えていた。

 どうしてこのようなことになったのか、自分たちのした仕事は完璧だったはずだ。

 鬱屈した怒りが、彼の心の底で渦を巻く。


「今回の件は、私の方でうまく処理をしておく。だが次にこのようなことがあった場合、君への処分は免れない。絶対にないようにしたまえ」

「……はい」

「では下がってよろしい」


 もう一度深く頭を下げると、ジェイクは学園長室を後にした。

 そして、人気のない通路で――。


「クソが! 冒険者の底辺どもめ、次から次へと余計なことしやがって! すぐに目にもの見せてやる……!!」


 冒険者への逆恨みを爆発させるのだった。


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