第十四話 予兆
「な、何事ですか!?」
タイラントモールの死骸を御輿代わりにして、通りを進んでいくことしばし。
ギルドの前にたどり着くと、騒ぎを聞きつけた受付嬢さんがすぐに飛び出してきた。
彼女は俺とリーシャさんの姿に気が付くと、ものすごい剣幕で近づいてくる。
「ノエルさん! このでっかいヤツは!?」
「タイラントモールっていう魔物だよ」
「種類じゃなくてですね! いや、それもあるんですけど!」
混乱しているのか、ものすごく早口になる受付嬢さん。
自分でも、何を言っているのかよくわかっていないらしい。
見かねたリーシャさんが彼女の肩に手をかけ、深呼吸をするように促す。
「どう、落ち着いた?」
「ええ、はい。それで、これはいったい何なのです?」
『街道の下に潜んでおったのじゃ。詳しいことはわからんが、恐らく変異種じゃの』
「わわっ!? 杖がしゃべった!?」
リーフォルスが話したことで、再び驚く受付嬢さん。
こりゃ、落ち着いて話をするには少し時間がかかりそうだな。
「……ひとまず、こいつを訓練場の方に移動させていいですか? 騒ぎになってますし」
「は、はい! 裏から回ってきてください!」
「じゃあ皆さん、あと少しお願いします!」
「おう! 任せときな!」
みんなで力を合わせ、もう一度タイラントモールの身体を持ち上げる。
そのまま建物の裏へと回ると、どうにかこうにか訓練場へと運び入れた。
ここまで持ってくれば、あとはギルドに任せて大丈夫だな。
俺は額に浮いた汗をぬぐうと、手伝ってくれた冒険者たちの方を見やる。
「皆さん、助かりました! ご協力、感謝します!」
「良いってことよ! 俺たちも、こんな珍しいもん見られていい話のタネだぜ!」
「困ったときは助け合いだぜ、気にするな!」
そういうと、豪快に笑う冒険者たち。
本当に、気持ちのいい人たちだなぁ……!
魔法学園にいた頃は、冒険者にはガラの悪い人が多いと思っていたのだけども。
誤解をしてしまっていたようだ。
「じゃあ、手伝ってもらったお礼にこいつの素材を一部持って行ってください!」
「いいのか? こいつ、相当に貴重な魔物だぞ?」
「かまいませんよ。リーシャさんも、いいですよね?」
「ええ。というか、あなたが倒したんだからあなたの好きなようにしていいわ」
無事にリーシャさんのお許しが出た。
それと同時に、冒険者たちが一斉に目の色を変えてタイラントモールの死骸を物色する。
「毛皮は売るつもりなので、切らないでくださいね」
「この爪は貰っていいか? 先端だけでもいいから!」
「ええ、どうぞ」
「俺はコイツの牙が欲しい! いい素材になりそうだ」
「大丈夫ですよ!」
少しずつ素材をはぎ取っていく冒険者たち。
ものの五分ほどで作業を終えた彼らは、俺とリーシャさんに深々と頭を下げた。
さすがに元がデカイだけあって、みんなが持って行ってもまだまだ余裕があるな。
「おーい! マスターを連れてきましたよ!!」
立ち去る冒険者たちと入れ替わるようにして、受付嬢さんが姿を現した。
その後ろには、えらくラフな格好をしたマスターの姿もある。
「急に呼び出されたから、なんじゃと思えば……これまたえらいものを狩ってきたのう!」
「ははは、こいつのおかげですよ」
『魔杖リーフォルスじゃ。よろしく頼む』
「ほう! これはまた珍しい!」
大きく目を見開くと、リーフォルスのことをしげしげと眺めるマスター。
彼の眼からしても、しゃべる杖などというものは相当に珍しいらしい。
鼻息も荒く、俺の手元を覗き込んでくる。
『これ、そんなにジロジロと見るでないわ! 恥ずかしいぞえ!』
「ああ、すまなかった。ついついの」
「マスター、それよりも早く確認を」
「うむ」
受付嬢さんに促され、タイラントモールの脇へと移動するマスター。
彼はその巨体に手を触れると、毛皮の様子などを仔細に観察する。
「恐らく間違いないの、変異種じゃ」
「ああ、やっぱり……これはマズいことになってきましたね」
「うむ。あの本の通りになってきたのう……」
何やら深刻な顔をし始めるマスターと受付嬢さん。
二人のただならぬ雰囲気に、すぐさまリーシャさんが尋ねる。
「どうしたって言うのよ? こいつが変異種だと、何がいけないの?」
「どうしましょう? リーシャさんたちにも伝えますか?」
「当事者でもあるし、構わんじゃろう。特にノエル君は、有望な戦力じゃしの」
「わかりました」
改めて、俺たちの方を向く受付嬢さん。
彼女はコホンッと咳ばらいをすると、いくらか低い声で語りだす。
「これから言うことは、絶対に他言無用です。外に漏らさないと約束してください」
「……わかったわ」
「わかりました、言いません」
「では、話しますね。先日、お二人が持ち込んだドラゴンについてギルドの方でも過去に該当する資料がないのか確認したんです。すると一冊だけ、保管庫に黒いドラゴンについて書かれている本が見つかったのですが……」
そこまで言ったところで、受付嬢さんは言葉を詰まらせた。
そして――。
「お二人とも、魔物の夜という災厄はご存知ですか?」