第十一話 初級魔法の可能性
『……うむ。舐めた口を聞いて大変申し訳ありませんでした、どうかこのボロ杖リーフォルスを末永く使ってやってくださいませ』
これまでの尊大な態度はどこへやら。
彼女(?)は、妙にかしこまった態度で謝罪をしてきた。
その声のトーンや言葉遣いときたら、卑屈さを感じてしまうほどである。
「えっと、従ってくれるってことですか?」
『もちろんでございます、ご主人様。このボロ杖で良ければ、未来永劫お仕えさせていただきます』
「は、はぁ……。その、言葉遣いとか無理しなくていいよ?」
『そのようなわけには参りません!』
「いや、本当にいいんだって」
『……怒ったりしませぬか? 空気を読めとか言いませぬか?』
俺のことをよほど怖がっているのだろうか?
リーフォルスはおっかなびっくり、消え入りそうな声で聞き返してくる。
するとそれを見かねたリーシャさんが、やれやれと呆れた顔をしながら言う。
「大丈夫よ。ノエルは言葉遣いぐらいで怒ったりするようなタイプじゃないわ」
『まことに?』
「ええ。むしろ、能力あるのに弱気すぎるのが難点なぐらいよ」
『そうか。ならばわらわは普段の調子でいかせてもらうとしようかの!』
「……あんた、なかなか現金ね」
『ふ、これが数千の齢を経たわらわの処世術よ!』
自慢げに語るリーフォルス。
いや、それってそんなに凄いことなのか?
単に調子がいいだけにも思えるが、そこはまぁ黙っておこう。
機嫌を損ねられても、面倒なことになりそうだし。
「それはそれとして。どうして、リーフォルスは俺にビビってたんだ? その怖がり方、普通じゃないよな」
『それはもちろん、おぬしの魔力がとんでもないからじゃ! というか、本当に人間か? 龍が化けておるのではあるまいな?』
疑惑を投げかけてくるリーフォルス。
それを聞いた途端、ガドモンさんとリーシャさんが共に何やら納得したようにうなずいた。
「あー、やっぱり。ノエルの魔力って、とんでもなかったのねぇ」
「私の予想、やはり合っていたようです」
「いやいや、この杖が言ってるだけですよ?」
『む、仮にも古代文明の遺産であるわらわが信用できぬというのかえ?』
「そういうわけじゃないんだけども」
これまで、中級魔法が使えなかったのは魔力不足が原因だとばかり認識してたからなぁ。
それが、魔力がありすぎたことが原因だったなんて言われてもしっくりこない。
まぁ、初級魔法の威力とかを考えると納得できなくはないのだけれども……。
「でも、そんなに魔力があるんだったら杖はいらないわね」
「え?」
「だって、杖って基本的に魔力を増幅するための物でしょ? だったら、魔力が有り余ってるノエルにはいらないんじゃない?」
リーシャさんの言葉に、ポンッと手をつく。
確かにその通りだ、魔力が多くて困っているのに、それをさらに増幅してもしょうがない。
するとリーファルスが慌てたように語りかけてくる。
『待て待て、杖は魔力を増幅するばかりが能ではないぞ! 魔力の流れを整え、コントロールしたりもできる! わらわはその辺凄いぞ、何と言っても知性があるからの!』
「ということは……リーフォルスを使えば、俺も初級魔法以外が使えるようになるってこと!?」
『それはちと難しい。なにせ、おぬしの魔力は古代龍並みじゃからのう。修行をするにしても、相当の歳月がかかる』
……なんだ、残念だなぁ。
てっきり中級魔法が使えるって期待したのに、がっかりしちゃった。
『これこれ、そう早とちりするでない! 中級魔法は使えずとも、初級魔法をカスタマイズすることは可能だぞ!』
「カスタマイズ?」
『そうじゃ。例えば、火球の数を増やしたりとか。いろいろと便利な効果を付与したりとか。そういったことができる』
「それもはや、初級魔法じゃなくなってるような気がするわよ……」
俺たちの会話を聞いて、やや引き気味になっているリーシャさん。
さすがに古代の杖だけあって、なかなか凄いことができるらしい。
他に選択肢もないし、ここは買っておくべきかな。
いざとなれば、素材になっている古代金属だけでも価値がありそうだし。
たぶん、潰して売り払っても元は取れるよな。
『いま、何か不穏な気配がしたような』
「気のせいですよ。それよりガドモンさん、この杖いくらですか?」
「五百万でございます」
「五百万!?」
ワイバーンのローブの十倍じゃないか!?
ある程度の値段は覚悟していたが、その予想をだいぶ上回って来たな!
あまりのお値段に、さすがにちょっと面食らってしまう。
するとガドモンさんは、にこやかに笑いながら言う。
「これでも、だいぶお値打ちですよ。古代に作られたアーティファクトです、本来ならば一千万は下りません。持て余していたことを含めての割安価格です」
「うーん……! リーシャさん、どう思います?」
「そうね、特別に高いってことはないと思うわ。このクラスの品だと、普通は出てこないから値段なんてあってないようなものだし」
一千万という値段にも、全く動じることのないリーシャさん。
どうやら古代の杖の値段としては、飛び抜けて高いというわけでもないらしい。
これを逃したらチャンスはなさそうだし、思い切って見るか……!
「よっし、買った!!」
――〇●〇――
「さてと。五百五十万ゴールド分、きっちり稼がなきゃなぁ」
ガドモン商店から、宿へと戻る帰り道。
俺は軽くため息をつきながら、つぶやいた。
たった一日で五百五十万。
我ながらよくもまぁ、そんなに使ったもんである。
しかし、隣を歩いていたリーシャさんはそのつぶやきを聞いてあきれ顔をする。
「稼がなきゃって、まだ十分お金あるでしょ?」
「それが危ないんですよ。お金がいつまでもあると思ってたらダメです!」
「真面目ねぇ……。あなた、冒険者じゃなくて役人とかの方があってるかも」
『よいではないか。わらわも、久しぶりに大魔法をぶっ放したい気分じゃ! のう、主よ。ドラゴン狩りにでも行かぬかえ? 奴らを殲滅すれば、金なんぞいくらでも入ってくるぞ!』
うきうきした口調で語り掛けてくるリーファルス。
よほど興奮しているのか、無機物であるはずの本体が少し熱を帯びていた。
いやいやいや、ドラゴン狩りって。
この前は勝てたけど、あんな化け物の相手はもうしたくないぞ。
「装備も買いましたし、一度、ギルドを覗いてみますか」
「そうね。日中に入ってきた依頼が、整理されてる頃だわ。やるのは明日からになるけど」
こうして俺たち二人は、ひとまずギルドへと向かった。
すると――。
「ちょうどよかった! お二人にお勧めの依頼、ありますよ!」
受付嬢さんが、実にいい笑顔でそういうのだった。