第十話 魔杖リーフォルス
「世界樹って、あの?」
驚きの声を上げるガドモンさんに、思わず聞き返す。
世界樹というのは、大陸西方の大森林に聳える世界最大の樹木である。
その素材は極めて貴重で、木材ながら鉄に匹敵する強度があると言われている。
俺が使っていた杖がそんな素材で出来ているとは、とても信じられなかった。
しかしガドモンさんは、とても真剣な顔でうなずく。
「ええ、間違いありません! これまで何本も、世界樹で出来た杖を見て参りましたから。この独特の重みと手触りは、間違いなく世界樹です!」
「そこまで言うのなら、信じます。でも、それが何で壊れたんでしょう? 世界樹って、確か強度もすごいはずですよね」
「これはあくまで仮説ですが……魔力が暴発したのかもしれませんな」
そういうと、ガドモンさんは折れた杖の先端を指さした。
裂けた木材が、花弁のようになっている部分だ。
「ここ、木が内側から外側に向かって広がっています。これは爆発が内部で起きた証拠です」
「言われてみれば、そうですね」
「杖の内部で爆発が起こるとしたら、魔力の暴発以外あり得ません」
「なるほど……」
「この杖が爆発したとき使おうとした魔法は、超級魔法か何かで?」
俺はとんでもないと首を横に振った。
この杖が爆発したとき、俺が使おうとしたのはいつものように初級魔法だ。
そもそも超級魔法なんて、賢者と呼ばれるような人々が使うクラスの魔法。
俺に使えるわけがない。
「初級魔法で、魔力が暴発した……と?」
「そういうことになりますね」
「ううむ、いったいどれほどの魔力が注がれればそうなるのか……。お客様、もしかして魔力が途方もなく多いのでは?」
「え? いや俺、中級魔法も使えないんですよ」
上位の魔法が使えないということは、それに必要な魔力が不足しているということ。
学園でも習う、魔法学の基礎である。
魔力が多すぎて魔法が使えないという現象は、聞いたことがなかった。
「もしかすると、魔法の威力が上がりすぎないように無意識のうちに抑えているのかもしれませんよ。前に杖を買いに来た方から、古代龍は肉体が魔法の威力に耐えられるようになるまで上位魔法を使わないと聞いたことがあります」
「つまり、俺の魔力は古代龍並み?」
「かもしれません」
もしそうだとしたら、夢のある話なんだけどなぁ……。
いくら何でもそれはないだろう。
古代龍と言えば、世界の魔物の頂点に君臨する存在。
魔王にも匹敵するその魔力は、人間の千倍にも及ぶという。
元は普通の村人の俺が、そんな魔力を持っているわけがない。
「とにかく、頑丈な杖を用意いたしましょう。幸い当店には、うってつけの品がございます。少しばかり訳ありではございますが」
「どんな訳があるんです?」
「それは見ていただければすぐわかります。少々お待ちを」
そういうと、店の奥へと消えていくガドモンさん。
彼をしばらくその場で待っていると、買い物を終えたらしいリーシャさんがやってくる。
「んふふー! 奮発して、ザザールの剣を買っちゃったわ! 見てよこれ、この輝き!」
リーシャさんは鞘を引くと、剣身の一部を見せてくれた。
おお、こりゃ確かに凄いな。
青々とした刃は、吸い込まれてしまいそうな蠱惑的な光を放っていた。
ザザールと言えば、世界的にも有名な鍛冶職人の名だ。
その剣ともなれば相当の値がしたことだろう。
「おお、すごいの買いましたね!」
「これなら、ドラゴンの鱗だってきっと……多分斬れると思うわ! 楽しみにしててよね!」
「はい!」
「それで、あなたのほうは何を買ったの?」
「このローブを買いました。あと、いま杖を持ってきてもらってるところです」
「あー……あんたのことだから、店頭には合う杖がなかったのね?」
何かを察したように、うんうんとうなずくリーシャさん。
彼女の中で、俺は一体どういう扱いになってるのだろう?
ちょっとばかり問い詰めたい気分になったが、今はそれよりも杖だ。
ガドモンさん、早く戻ってこないかなぁ。
そう思っていると、さっそく奥の部屋から足音が聞こえてくる。
「お待たせいたしました! こちらが、今回用意させていただいた杖でございます」
「これが……ずいぶんと、古い感じの杖ですね」
ガドモンさんが手渡してきたのは、沈んだ銀色をした金属製の杖だった。
材質はミスリルか何かだろうか。
見た目の割には軽く、何となく手にしっくりと来る。
綺麗な装飾こそないが、質実剛健としたなかなかよさそうな杖だ。
「へぇ、いいじゃない! 似合ってるわよ!」
「ありがとうございます。それでガドモンさん、これのどこが訳ありなんですか?」
『わらわがいるからじゃの』
「わっ!?」
いきなり、どこからか女性の物と思しき声が聞こえた。
思わず杖を落とすと、彼女はさらに怒鳴ってくる。
『こら、落とすでないわ! 傷がついたらどうする!?』
「え、ええ!?」
「杖が……しゃべってる?」
「はい。こちら、世にも珍しいしゃべる杖でございます。ただしその――」
『わらわは半人前の小童になど、絶対に仕えぬからな!』
ガドモンさんの言葉を遮り、何やら宣言する杖。
なるほど、なかなかに気難しい性格をしているらしい。
これでは、多少性能が良くても買い手は現れないだろうなぁ。
「遺跡から掘り起こしてからというもの、ずっとこの調子で。我々もほとほと手を焼いているのです」
「杖の言葉なんて無視して、無理やり使っちゃえばいいんじゃないの?」
「それが、認めない者が使おうとすると魔力を逆流させてくるなどして抵抗するのです」
「また面倒な……」
「しかし、性能は確かなのです。未知の古代金属が使われておりまして、世界樹の杖よりもさらに頑丈かと。あとは、こいつの人格を従わせることさえできれば使えるのですが……」
杖を見やりながら、申し訳なさそうな顔をするガドモンさん。
まぁでも、俺が杖を従わせればいいことだしな。
ここはひとつ、やれるだけやってみようか。
「ま、俺が何とかしますよ」
『ふん、わらわはそう簡単には従わぬぞ』
「まぁまぁ、そう言わずにさ。頼むよ」
『わかった。では、調べるだけ調べてやろう』
杖がそういうと同時に、全身をしびれるような何かが走った。
この感覚、恐らくは魔力だな。
どうやらこの杖、俺の身体を調べようとしているらしい。
そうしてしばらくしたのち……。
『……うむ。舐めた口を聞いて大変申し訳ありませんでした、どうかこのボロ杖リーフォルスを末永く使ってやってくださいませ』
何か、態度が激変したぞこいつ!?