第九話 ガドモン商店
「あれ? 依頼書が全然ないわね?」
ドラゴン討伐から数日後。
俺とリーシャさんがギルドを訪れると、掲示板の依頼書が激減していた。
昨日まではびっしりと隙間なく貼られていたというのに、今日は穴だらけだ。
しかも、今ある依頼書はどれもこれも街の中でこなせる雑用系ばかり。
いったいどうしたというのだろうか?
「あ、シーナ! これはどういうこと?」
カウンターに姿を現した受付嬢さんに、すかさずリーシャさんが質問をした。
すると受付嬢さんは、申し訳なさそうに笑う。
「実はあのドラゴンが正式に変異種と判明しまして。安全が確認できるまで、森が立ち入り禁止になったんです。それで今朝方、森に関連する依頼をすべて撤去しまして……ふわぁ」
眠気をこらえきれなかったのか、あくびをしてしまう受付嬢さん。
よくよく見れば、その目の下には隈までできてしまっている。
俺たちが持ち込んだドラゴンのせいで、ここ最近はずいぶんと忙しかったようだ。
何だかちょっと、俺たちばかり休んだのが申し訳なくなってくるな。
まぁ、俺はともかくリーシャさんの方が「頼むから休みましょう!」と言っていたから仕方ないのだけど。
「すいません、俺たちのせいで」
「いえいえ、とんでもない! むしろ、大事が起こる前に異変を察知出来て良かったですよ!」
「でも、困りましたね。せっかくランクが上がったのに」
ドラゴンの一件で、俺はFランクからDランクへと昇格していた。
マスターの話によれば、もっとランクを上げようという話もあったらしいが……。
ギルドへ登録してまだ一日しか経っていないということで、二階級にとどまったらしい。
それでもかなり珍しいことで、カードを処理してくれた受付嬢さんは興奮していたのだが。
「今のうちに、装備でも整えられたらいかがです? こういうのはなんですが、ノエルさんのそれって普段着ですよね?」
「言われてみれば。あなたの装備、整えた方がいいわね」
揃って俺の服を見る受付嬢さんとリーシャさん。
女性二人にまじまじと見つめられて、ちょっとばかり恥ずかしくなる。
「そうですね。お金もできましたし、買いましょうか」
「それがいいわ。どうせなら、ガドモン商店で一番いい奴を買いましょ!」
「ガ、ガドモン商店って! 超有名店じゃないですか!」
ガドモン商店というのは、この魔導都市の中でも一番とされる武具店である。
幾多の名匠たちと独占契約を結んでおり、その品質は世界に名が知られるほど。
魔法学園でも、貴族組の生徒たちがここで購入した杖を自慢していたものだ。
「確かに、今の俺たちならお金は足りるでしょうけど……。あそこ、そもそも紹介がないと入れないんじゃ?」
「それなら大丈夫よ。私、前回の依頼でBランクになったから。入店を断られることはまずないわ」
「へぇ……Bランクってすごいんですね!」
「そうよ、冒険者の中でも上位数パーセントなんだから! って、あんたに言われると微妙な気分だけど」
そう言うと、どこか疲れたような顔をするリーシャさん。
こうして俺たちは、ガドモン商店へと向かうのであった。
――〇●〇――
「凄いな……! 武具がこんなに!」
「目移りしちゃうわね……!」
魔導都市の中心部。
商業地区の最も栄えた通り沿いに、ガドモン商店はあった。
その店内は実に広々としていて、ガラスを使ったケースの中にたくさんの武具が納められている。
しかも、その一つ一つが名の通った匠の鍛え上げた一流品。
特別に武具が好きというわけではないが、見ているだけで心が躍るような気分になる。
「私はここで剣を見てるわ。あなたはどうする?」
「俺はまずローブを買おうかな。次は杖」
「じゃあ、いったん別行動ね」
リーシャさんと別れて店の奥へと進むと、魔導師向けの装備が固まった一角に差し掛かった。
おお、さすがはガドモン商店。
魔導師向けの装備だけでも、店が作れてしまいそうなほどの品ぞろえだ。
俺は壁にかけられたローブを見ると、ひとまず触れて確認してみる。
「柔らかい。何の素材だろう? すっごく軽いし……」
「そちらはメタルスパイダーの糸で出来ております」
[わっ!?」
いきなり話しかけられて、変な声が出てしまう。
振り向けば、そこには見るからに仕立てのいい服を着た紳士然とした男が立っていた。
かなりスマートな印象で、黒縁の眼鏡が知的に見える。
「驚かせてしまいましたね。私は店主のガドモンでございます」
「あなたが! どうも、よろしくお願いします!」
「ああ、頭を下げずとも良いですよ。お客様なのですから」
そういうと、にこやかな笑みを浮かべるガドモンさん。
彼はそのまま、滑らかに商談へと話を切り替える。
「お客様は、見たところ冒険者のようですね。であればそちらのローブよりも、こちらのローブの方がおススメですがいかがでしょう?」
「これは……何かの革ですか?」
ガドモンさんの差しだしてきたローブは、ずっしりとした重量感があった。
その黒い表面はつやつやとしていて、滑らかな光沢がある。
「こちらはワイバーンの皮膜を加工したものです。大変強度があり、人気の品物ですよ」
「へぇ……これが、ワイバーンのローブか……!」
魔法学園で、これまた貴族組の連中が良く自慢していた品物である。
俺も一度、着てみたかったんだよなぁ。
昔は高くてとても手が出なかったけど、今なら何とか買えるはずだ。
「おいくらですか?」
「五十万ゴールドでございます」
「うっ……か、買います!」
「かしこまりました。ほかにお求めの品はございますか?」
「あとは杖ですね。出来るだけ、頑丈なものをもらえますか?」
ガドモンさんの眼が、すうっと細くなった。
あれ、変なこと言ったかな?
「頑丈、でございますか。もしかして、杖を鈍器としてもお使いになられるおつもりで?」
「いいえ! その、前に使っていた杖が……いきなり爆発しちゃって」
賢者様が村を去るときに渡してくれた杖。
俺はずーっとそれを大事に使っていたのだけれど、急に爆発しちゃったんだよな。
それからはずっと「お前は壊すから」ということで、杖を買ってもらえずにいた。
そのせいで魔法学園でも、杖も買えない貧乏人って馬鹿にされてたんだよなぁ……。
だから、頑丈さというのは最優先だ。
「杖が爆発……聞いたことのない現象ですな。もし、その杖の残骸をお持ちでしたら見せていただけませんか?」
「ああ、はい! ありますよ! ガドモンさんには、見せるのが恥ずかしいぐらいの杖ですけど……」
念のため持ってきていた杖の残骸を、アイテムバッグから取り出す。
真っ二つになってしまった杖は、もともとが木を削っただけのものということもあって、流木か何かにしか見えない。
しかしそれを渡した途端、ガドモンさんの顔色が変わった。
「こ、これは……!」
「ははは、ガドモンさんからしたら杖とも言えないものですよね」
「せ、世界樹だぁ!!!!」
「へっ?」
それ、そんな材質でできてたの!?
――〇●〇――
「参りましたな、学園長。ギルドがあのようなものを出してくるとは」
ラグーナ魔法学園の学園長室。
そこで学園長とその側近である数名の教師が、話をしていた。
話題はもちろん、冒険者ギルドが競りに出す予定の変異ドラゴンのことである。
「せっかく、わが校の生徒の名声を広く轟かせるチャンスだったというのに。コーヒーに泥を入れられた気分だ」
「まぁまぁ。そもそも、本当に変異種のドラゴンなんですか? 老年のワイバーンという可能性もあるのではないですかね」
「いや、それはない。ギルドが正式に王立研究所に確認を取ったそうだからな。あそこの知り合いにも連絡を取ったが、間違いないといっていた」
「ふむ……」
王立研究所というのは、この国で最も権威のある研究機関である。
その調査結果に異を唱えることは、いかに名門のラグーナ魔法学園と言えどできはしない。
変異種がドラゴンであるということは、覆しようがないようだった。
「それより、私としてはドラゴンを討伐した冒険者の方に興味がある。これも知り合いから聞いた話なのだが、件のドラゴンは強力な魔法で首を一刀両断されたようなのだ」
「ほう、魔法でドラゴンを!」
ざわめく一同。
ドラゴンというのは、魔法に対する抵抗性が非常に高い生物である。
その首を断ち切ることなど、この場にいる全員の力を束ねたとしても無理であった。
「それほど素質のある若者が、我が学園にもいれば……」
「ですなぁ。ジェイク君も悪くはないですが……」
「無いものねだりでしょう。我々はそれよりも、姫様ですぞ」
「うむ。賢者祭をご観覧なさる姫様に、我が学園へ興味を持っていただき、可能ならばご入学いただく。それが我々の最優先事項だ」
そう言って、話を区切る学園長。
それに教師たちも、深々とうなずいた。