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プロローグ 進級試験

 意識を集中し、手に魔力を込めていく。

 ラグーナ魔法学園二年次進級試験。

 これに合格するため、俺はどうしても中級魔法を成功させなければならなかった。

 本来ならば、それは決して難しいことではない。

 事実、不合格者はここ十年ほど出ていないそうなのだが――。


「中天に座すもの、闇の底より出づるもの。我が掌に集い、輝きとなれ! 紅の拾参、劫火球!」


 唇がすり減ってしまうほどに、唱え続けてきた詠唱。

 一言一句正確に紡がれたそれは、しかして、効力を発揮することはなかった。

 手のひらに集まった魔力はポンッと音を立てて霧散し、風がそよぐ。

 ――完全な失敗。

 あまりのことに、全身が震えた。

 呆然自失としていると、監督をしていた学園長が近づいてくる。


「ノエル君」

「はい」

「我がラグーナ魔法学園に留年という制度がないことは存じているね?」

「……もちろんです」

「大変残念なことではあるが、昇級試験に合格できなかった君は退学処分となる。早急に荷物をまとめ、一週間以内に寮室を空けるように」


 驚くほど淡々とした口調で告げる学園長。

 その目に浮かぶのは、微かな憐れみと大きな侮蔑。

 そして、どこか憑き物が取れてほっとしたような調子であった。

 一年も魔法学園に通いながら、中級魔法すら使えない落ちこぼれ。

 下手をすれば学園自体の評判を落としかねない問題児を追い出せて、存外気分がいいのかもしれない。


「まぁ、仕方のない判断ですな」

「ノエル君のためにも良かったでしょう」

「中級も使えんようでは、魔導師として生きていけませんからな」

「そもそも、どうしてあのような者が我が学園に入ったのだか……」


 学園長の判断に、同意を示す教師陣。

 俺の退学について異論を唱える者は、一人としていなかった。

 たちまち向けられる、冷ややかな視線。

 それに耐えかねた俺は、深々と頭を下げる。


「……失礼いたしました」


 逃げるようにして、その場を後にする。

 背中越しに、大きな笑い声が聞こえた。


 ――〇●〇――


 ――おぬしには、唯一無二の魔導の才がある。


 村を襲ったワイバーンを倒し、鮮やかな魔法を見せつけた旅の賢者様。

 彼が俺に対してこんなことを言ったのは、ちょうど五年前のことだった。

 それを真に受けた両親や村の人々は、必死にお金を集めて俺をこの学園に入学させてくれた。

 魔導師として華々しい活躍を遂げれば、学費ぐらい倍にして返せるだろうと。

 しかし、現実は厳しかった。


「賢者様は、どうして俺に才能があるなんて……」


 確かに俺は賢者様に教わった初級魔法を使いこなし、村では「魔法の大先生」で通っていた。

 けれどその程度では、このラグーナ魔法学園では全くと言っていいほど通用しなかった。

 そんな俺のどこに、唯一無二の魔導の才なんてものがあるのだろうか。

 ワイバーンを一人で倒してしまうほどの賢者様のことだ。

 何かあるとは思うのだけれど……。


「聞いたぞ。とうとうお前、退学決定だってな!」


 無遠慮に部屋の扉を開け、話しかけてくる少年。

 俺の同級生――いや、正確に言うと元同級生のジェイクだ。

 彼は自慢の金髪をかき上げながら、ニタアッと嫌らしい笑みを浮かべる。


「まさか、あの簡単な試験に落ちるやつがいるなんて。信じられねえなぁ、ほんと」

「……お前には関係ないだろ」

「そいつの学費を出したって言う、村の連中も哀れだぜ。いや、馬鹿って言うべきだな。どこの馬の骨とも知れないジジイの話を聞いて、能無しにホイホイ金出しちまうんだからよ!」


 そう言うと、ますます愉しげに目元をゆがめるジェイク。

 俺自身のことは、どれだけ言われようが構わない。

 けれど、村の人たちや賢者様のことを馬鹿にされては黙っていられなかった。

 俺はすぐに奴の方へと振り返ると、思わず手を伸ばしかけるが――。


「おっと、手を出したらどうなるのか分かってるのか?」

「ぐっ……!」


 質の悪いことに、ジェイクは貴族だった。

 それを平民である俺が殴ったら、ただでは済まない。

 下手をすれば、俺個人だけでなく家族にまで類が及んでしまう。

 加えて――。


「そもそもお前の力で俺をどうこうできるとは思えんがな。上級魔導師であるこの俺を」


 わざわざ上級の部分に力を籠めるジェイク。

 性格は最悪に近いが、その実力は確かなものだった。

 ラグーナ魔法学園の歴史に残る天才。

 俺とはまったくもって正反対のエリートだ。


「さてと、早く荷物まとめて出てってくれよ。この角部屋は、今日から俺が使わせてもらうから」

「ジェイクー、まだなの?」

「おう、来ていいぜ!」


 俺がまだいるというのに、ジェイクは構うことなく女を部屋に引き入れた。

 そして彼女をベッドに座らせると、すぐに自身もその横へと腰を下ろす。

 ジェイクの腕が、たちまち女の胸元へと伸びた。


「はんっ……!」

「お前! 人の部屋で何やってんだよ!」

「だから言っただろ。ここは今日から俺の部屋だって」

「そうかもしれないけどな……!」


 俺の抗議をよそに、行為をますます激しくさせていくジェイク。

 やがて女の身体がベッドに押し倒された。

 おいおい、マジで始める気かよ!?

 あまりのことに、思わず目が釘付けになってしまう。


「見てってもいいぜ。お前がこんな美人とヤれることなんて、絶対ないだろうからよ」

「それは言いすぎじゃない? お金貯めて、お姉さんでも買うかもよ?」

「ハハハ、ちがいねぇ! ほんとみじめだよな!」


 馬鹿笑いをするジェイクと女。

 俺はすぐさま荷物を手にすると、その場を後にした。

 ――もうここに、俺の居場所はない。

 数分前まで自室だった部屋から聞こえてくる嬌声。

 それに対して、俺はどうしようもないほどの情けなさと悔しさを感じた。


「……俺にもっと、まともな魔法が使えればな」


 寮を出て庭にたどり着いたところで、深々とため息をつく。

 するとちょうど、庭先にある大岩が目に入った。

 最後に一発、試し打ちをしていくか。


「紅の壱、火球!」


 青白い光が掌に生まれ、飛ぶ。

 直線を描いた火球は、そのまま大岩へと吸い込まれていき、爆発を起こした。

 衝撃。

 岩は大きくえぐれて、歩道にはみ出していた部分が綺麗に消失した。

 それを見た俺は、少しばかり気分がすっきりする。


「でも、ジェイクだったら木っ端みじんなんだろうな」


 そうつぶやくと、再び歩き出す。

 しかし、この時の俺は知らなかった。

 寮の前の大岩が、魔鉱石を大量に含んだ極めて硬いものであること。

 そしてそれを砕くことは、ジェイクどころか学園長の力をもってしても難しいということを――。


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