7・大人の階段
「わあ、意外と片付いているんだね」
部屋につくなり、清水がそう声を上げた。
「ま、まあな。部屋が散らかっているのはあまり嫌いじゃない。掃除はこま目にやっているつもりだ」
「そうなんだ、すごいね。男の人って、そういうの苦手なイメージあるのに」
「偏見だな」
清水は辺りをキョロキョロしながら、カーペットが敷いてある床に座った。
「どうしたの? 悠真君も座ったらいいのに」
「あ、ああ……」
しかし俺は立ったまま、その場から動けなくなってしまっていた。
——大人の階段、のぼっちゃダメよ?
先ほど、母さんに言われた言葉がどうしても頭にこびりついて離れない。
クソっ……母さん。変なことを言って。
首をかしげている清水の顔もまともに見られないではないか。
「ほらほら、悠真君。わたしの隣りに座りなよ」
「なっ……!」
「いや、そんな顔されるとわたしもちょっと傷ついちゃうな」
清水がすねたような表情を見せる。
……ダメだ。
抵抗力がなくなってしまっている。
清水のちょっとした冗談(?)ですらも、上手く流せなくなってしまっている。
大人の階段ってどういうことだ……?
なんて言うつもりはない。
高校生にもなれば、母さんの言わんとすることは分かるからだ。
「ねえねえ、悠真君。これじゃあまるでわたしが、ここの家主みたいだよ」
俺の方に手を伸ばす清水。
「ちょ、ちょっと引っ張——」
清水の手を振り払おうとした。
「うおっ!」
しかし……その際に力の加減を誤ってしまい、清水の方へ倒れてしまう。
「きゃっ」
彼女から短く小さな悲鳴が上がった。
すぐに両手を伸ばしたおかげで、俺が彼女にのし掛かることはなかった。
だが、代わりに俺がまるで清水を押し倒すような形になってしまったのだ。
「「……!」」
二人して顔を見合わせて、動きが止まってしまう。
清水の顔がすぐ近くにある。
少し動けば、唇と唇が引っ付いてしまいそうだ。
「悠真君……」
何故だか、清水は抵抗したりする様子はない。
——そんなに嫌じゃないのか?
いや、俺はなにを考えているんだ!?
そんなバカなことを考えてしまい、体が固まってしまっていた。
永遠とでも思えるような時間。
だが、終わりは突然訪れた。
「ゆう君、彩羽ちゃ〜ん。まだカステラ残ってたから持ってきたわよー」
と——ノックもせずに、廊下から母さんが入ってきたのだった。
「え……」
そうなったら、一見俺が清水を押し倒しているような光景もマジマジと見られるわけで。
俺達と母さんは目を合わせたまま、言葉も交わさず止まっていた。
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆう君が……」
「ちょっと待て、母さん。話を聞け——」
すぐに母さんを止めようと思ったが、時既に遅かった。
「ゆう君が大人の階段、のぼっちゃってるうううううううう!」
母さんは頬に手を当て、そう絶叫したのだった。
「だ、だから待てって、母さん!」
「大人の階段、のぼっちゃダメって言ったのに!? ゆう君が大人になってる!? 寂しいんだけどちょっぴり嬉しい母さんもいるみたいな? はっ私はなにを言ってるの!? ダメダメ。ゆう君と彩羽ちゃんには健全なお付き合いをしてもらいたいし……」
早口で捲し立てる母さん。
「落ち着いて!」
俺はすぐに立ち上がり、母さんを押さえる。
……一応言っておくが、断じて俺は清水になにもしていない。
ただ転んでしまっただけである。
「ゆう君が、ゆう君が……大人になっちゃったよおおおおお!」
その後、母さんに説明するのに少なくない時間を使ってしまったのであった。
「ご、ごめんな、清水。母さん、ちょっと早とちりするところがあるから」
「ううん、大丈夫」
くすくすと笑う清水。
ちなみに母さんはあの後、
『早とちりしてごめんね。今度は二人の時間を邪魔しないから……!』
となにか決意を込めたような目をして、部屋から出て行った。
本当に誤解は解けたのだろうか?
「ねえねえ、悠真君」
考えていると、清水が急に俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
「悠真君はやっぱり女の子とえ、えっちなこととかしたいの?」
突如、見上げるような形で清水が問う。
それを聞いた瞬間、俺は心臓が止まりそうなくらいの衝撃を受けた。
えっちなことがしたいかだって?
俺も健全な男子高校生だ。思春期真っ盛りだ。
したくないと言われれば嘘になる。
だが。
「……無闇やたらにはしたくないな。こういうのは相手があってのことだと思う。さっきのように不慮の事故で押し倒してそのまま……というのは俺の方もどうだろうと思う」
「そっか……うん、変なこと聞いてごめんね。やっぱり悠真君は優しいね」
そうか?
「……でもわたしは別にあのまま先に進んでてもよかったんだけどな」
「ん? なにか言ったか?」
「ううん! な、なんでもないっ!」
ぷいっと俺から視線を逸らす清水。
そして自分を落ち着かせるかのように、何度も耳に髪をかけていた。
「「…………」」
そして再び訪れる沈黙の時間。
さっきのこともあり、少し余裕が出てきた俺は清水の隣りに座れている。
こういう時、女の子となにを喋ったらいいんだ?
ダメだ、経験が少なすぎて分からない。
手持ち無沙汰に俺は部屋に視線を彷徨わせていると。
「あっ」
とあるものを見つけた。
「清水、ゲームしないか?」
「ゲーム?」
「ああ」
俺はそのゲーム機を引っ張り出してくる。
十年以上も前、俺達が子どもの頃によくやっていたゲームである。
「わあ、懐かしいね。昔は悠真君としてたよね」
「だな」
ゲーム機とテレビにケーブルを繋いで、早速電源を入れてみた。
しかし。
「……つかないな」
テレビ画面は真っ暗なままである。
「あっ、わたしに貸してみて」
清水が横から顔を出し、カセットを抜いて口を近付けた。
「ふー、ふー」
カセットに息を吹きかける清水。
その姿が健気でとても可愛らしかった。
「えいっ」
清水がカセットを差し、再度電源をつける。
すると。
「おっ、今度はついたな」
「やった!」
彼女がピースサインを作る。
今にして思えば映像も荒く、ゲーム性もそこまで高いものではない。
しかしこれには子どもの頃のわくわくが存分に詰められていた。
「三勝先取でいくか」
「わたし、負けないよ」
俺達は時間も忘れるくらいにゲームに没頭した。
カセットふーふーが分かる人はいるのだろうか……?




