第二話 二人の忘れ形見
あれから三日後。
ファリナは村の外の小川で一人、釣りをしていた。
黒装束の男の言うことは確かに気になる。
しかし明らかに怪しい。
「…けど」
確かに黒装束の男は気になる。
自身の両親のことを知りたい。
それに単なるいたずらであんなことをするとは思えない。
一体どうするか悩むファリナ。
と、その時…
「よッ!ファリナ!」
ファリナに声を声をかけたその青年。
それはカケスギたちと共に旅をした、かつての少年。
立派に成長したケニーだった。
姉のマリスが経営する、クレセントコーツの村にある商店。
そこで現在は働いている。
「あ、ケニーさん!」
「ちょうど隣町から戻ってきたんだ。土産もあるぜ!」
ケニーは主に周辺の集落からの商品の仕入れを担当している。
少し遠くの集落にまで出かけることもよくあるという。
村の者から牛や馬を借り、移動手段兼荷物運びとして使っているのだ。
とはいえ、今日は山二つを越えた隣町に行っていただけ。
なので大きな荷物を背負っているだけだが。
「コーツさんの好きな酒も持ってきたぞ!」
十年前の戦いの後、ケニーはこのクレセントコーツの村に定住した。
そしてコーツに一通りの戦闘術を習っていた。
剣術、格闘術、戦闘時の精神的な駆け引きなど。
上げればキリが無い。
確かに平和になったとはいえ、犯罪者がいなくなったわけでは無い。
魔物だってまだ根絶できていない。
「お米のお酒だ!おじさんの好きなお酒!」
「あの人には世話になったからな」
平和な世とはいえ力は必要だ。
自分を。
そして守るべ者の身を守れるだけの力を。
仕事の傍ら、ケニーはコーツの元で修業を続けた。
魔術、剣術、格闘術、学問など。
さすがに全盛期の『勇者コーツ』程とはいかないものの、そこそこの技能は身に付けていた。
「ノートさんには珍しい食材、ファリナには…ほら!」
「わぁ!ネックレス!」
「ジンカイトと瑪瑙石のネックレスだ!物々交換で貰ったんだ」
「ありがとう!」
「大切にしろよ」
「うん!」
「じゃあ俺はもう行くよ。姉さんの店に品を運ばないとな」
そう言ってその場から去るケニー。
村には彼の姉が経営する店がある。
しいれた物はそこで売られるのだ。
品物を届けたらコーツとノートにも土産を渡していこう。
そう考えるケニー。
そして…
「ファリナのヤツ、なんか様子が変だったな」
彼は気づいていた。
話しかける前、ファリナが妙に複雑な表情をしていたことに。
さすがにその原因までは分からない。
しかし、何か嫌な予感がする。
彼の直観がそう告げていた…
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約束の時間になった。
日が沈みかけ、辺りは夕焼け色に染まっている。
しんと静まりかえる旧石切り場跡。
ファリナは指定された場所へとやってきた。
大昔には多くの労働者で賑わっていたであろうこの地。
しかし今では人はほとんど来ない。
現在は放棄された場所だ。
「来ましたか…」
物陰から現れたのはあの男だった。
黙って頷くファリナ。
自身の親がどのような人物だったのか知りたい。
ただその一心だった。
「本当に知っているの?あたしの両親を…」
「ええ、とてもよく知ってますよ」
その男の言葉と共に、別の黒装束が現れた。
そしてあっという間にファリナを囲む無数の黒装束。
ざっと十人はいるだろうか。
「な、なに!?なんなの!?」」
「我らと共に来てください、そこで教えてあげますよ」
「ゆ、誘拐?」
「いいえ違います。ただ我らと共に来てほしい。それだけです」
ファリナはこんな辺境の地にいるべき人物では無い。
もっと輝ける場所がある。
それがこの黒装束たちの組織。
だから共に来てほしい。
その男、『バーツ』はそう言った。
「この私『バーツ』と共に」
「い、いや…」
後ずさりするファリナ。
当然だ。
いきなりそんなことを言われついていくものなどまずはいない。
「しょうがない、ならば力ずくでも…」
この場所にはほとんど人は来ない。
多少手荒にしても誰にも邪魔されることの無い。
バーツはそう考えたのだろう。
しかし…
「ファリナ!大丈夫か!?」
そう言って現れたのはケニー。
彼は昼間の彼女の様子が気になっていた。
夕方になり、村はずれに行く彼女を心配になり追っていたのだ。
もうすぐ日も暮れる。
なにも無いはずの旧石切り場に行く意味など無いはずだ。
そう考えて追ってみたら案の定、という訳だ。
「ファリナから離れろ!」
小剣を取り出し構えるケニー。
普段の彼ならば自衛用の剣を持っている。
盗賊などに襲われた時に使うためのものだ。
しかし今は持っていない。
さすがにこんなことになっているとは予想できなかったのだ。
「ケニーさん…!」
「ちっ、邪魔が入ったか」
仲間の黒装束たちの一人から剣を受け取る。
当然、この場で邪魔者となるケニーを始末するためだ。
そしてゆっくりと剣を引き抜く。
「どうぞ」
「彼女を逃がすな、大切な女性だ。手荒にはするなよ」
「わかりました」
黒装束にファリナの腕を掴み、逃亡を阻止するよう命令を下すバーツ。
小剣しか持たぬケニーではさすがに分が悪い。
人数も多い。
「何が目的だ!?なぜファリナを狙う!」
「あの方の遺志を継ぐため!」
その言葉と共にケニーに斬りかかるバーツ。
小剣のみではさすがに歯が立たない。
避けようとするも先読みされ、その斬撃を受けてしまった。
「うぐッ…!」
「ケニーさん!」
腕を掴まれたファリナが叫ぶ。
反射的に避けたため致命傷でこそない。
しかし一撃で身体を切り、彼の鮮血が噴き出す。
ファリナは拘束こそされてはいない。
だが強い力で握られているため逃げることができない。
「あの方…」
「そうだ!十年前、悲運の死を遂げた『勇者キルヴァ』の!」
「なんだって!」
「あの方が残したたった一人の娘!それがあのファリナ様だ!」
そのことはケニーも知っている。
当然だ。
十年前の革命の際、一通りのことは教えてもらっていた。
あの時の赤ん坊。
それがキルヴァとミーフィアの娘だということを。
しかしそれに一番の衝撃を感じたのは…
「あ…たしが…?」
その言葉を聞いたファリナ。
彼女だった。
キルヴァとミーフィア、その二人の名は知っている。
革命前に存在した稀代の悪党。
そう習っていた。
「あの方の遺志を継ぎ、再び国を我らのものとする!そのためにはファリナ様が必要なのだ!」
嘘だと信じたかった。
しかしバーツのその言葉を聞き疑惑は確信に変わった。
自身がキルヴァとミーフィアの娘。
だからあのバーツという男はここまでのことをしているのだ、と。
「だからなの…?」
最近どうにも感情のコントロールがつかない。
ちょっとしたことで怒ってしまう。
まるで人が変わったように。
激情を押さえようとしても抑えきれない。
身体の内側からくる『何か』がそれを掻き立てるのだ。
その何かの正体。
それはあの二人の血…?
「だからファリナ様を渡せ!そうすれば命まではとらん!」
「だ、誰が渡すか!」
斬撃を受けながらもなんとか抵抗するケニー。
しかし明らかに劣勢だ。
このままでは彼は殺されてしまう。
それを見たファリナは行動を起こした。
自分の手を掴んでいる黒装束が身に付けていた短剣を奪ったのだ。
「そ、それを返せ!」
「返さない!」
あの二人がどれだけの悪事を働いていたかは知っている。
そして今目の前で傷つくケニー。
もし自分がいなければ、彼もこんなことにはならなかったはず…
「このッ…」
「近づかないで!」
自身の胸にその短剣を突き立てるファリナ。
それが何を意味しているのか、バーツには…
いや、その場にいる者すべてが理解していた。
「止めろーーー!」
バーツが叫ぶ。
しかしその言葉はは届かない。
先ほど聞いた言葉が事実であるのであれば…
「あたしなんか…」
小剣で自身の身体を貫くべく力を込める。
あのキルヴァとミーフィアの娘。
それが自分。
そんな自分が生きていていいわけが無い。
「ごめんね、おじさん、おばさん…」
「間に合わッ…」
拘束を振り切りファリナへと走り向かうケニー。
しかし
と、その時だった。
空気を引き裂く一筋の音。
「ッ!?」
ファリナの持っていた小剣。
それを何かが弾き飛ばした。
地面に叩き落される小剣。
それと共に地面に突き刺さる一枚のカード。
緑色の金属板に掘られた竜の紋章。
そして『Z・Crusaders』の文字…
「間に…合った!」
その声の主。
ケニーはそれを知っていた。
かつて自身が送りだしたあの少女。
十年前、大陸へと旅立っていったあの…
「ソミィちゃん!」
かつて行動を共にしていたあの少女…
常にあの人の後ろにいたその少女…
そんな彼女が、一人の戦士としてこの地に戻ってきた。
黒く長い髪。
それを風に靡かせて。
「久しぶり!ケニーくん!」
凛として、それでいて清廉としたその佇まい。
それはどこか、神話の英雄のようにも感じられた。
そんな彼女を前にうろたえと困惑を隠せぬ黒装束たち。
「ちッ…邪魔が入ったか…」
バーツが小声で呟いた。
予想外の出来事に、彼自身も困惑を隠せずにいたのだった。
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