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第九十四話 動き出した時間

 

 船が出発して数日。

 これまでコロナは国を出たことが無かった。

 水平線の向こうにあるであろう故郷の国。

 そしてその正反対の水平線にあるであろう大国。


「…月かぁ」


 時は深夜。

 空に輝く月。

 それを眺めながらコロナが一人呟く。

 眠れず甲板に上がり景色を眺めていたのだ。

 他の者は誰もいない。

 船内で寝ているのだろう。

 と、その時…


「よぉコロナ」


「カケスギか、眠れないのか?珍しいな」


 そう言いながら壁に寄りかかるカケスギ。

 そのようなことを言っているが、どうやら彼も眠れないらしい。

 慣れない長い船旅だからだろうか。


「寝つきは悪い方だからな。前にも言っただろう」


「そうだったか?」


「ああ。確かにお前に言ったぞコロナ」


 カケスギのその言葉。

 たしかに言われてみれば、そんなことを言われた気もする。

 いつだったかは思い出せないが…


「慣れない海の上だ。最近は熟睡できるようになったんだけど…」


「ほぉ、前までは熟睡できなかったのか」


「そりゃあ当然だ。少し前まではな…」


 あの数年前の出来事、キルヴァたちの裏切り。

 あれ以降まともに眠れたことなどほとんど無かった。

 浅い眠りの中でうなされ悪夢を見る。

 寝汗と激しい動悸。

 思い出したくも無いものを思い出してしまう。


「悪夢にうなされたり、突然目が覚めちまったり…」


「そう言えばいつだったか、俺が見てる前でいきなり起きたことあったよな」


「…あぁ!旅の初めの頃か!」


「確かルーメのヤツを拾ったときだったな」


 二人が出会い旅を始めた最初期。

 そんなこともあったと語る二人。

 それを切っ掛けとして、これまでの戦いの記憶を語り合っていく。

 新聞記者のルーメ、魔術師ニーファ、鷲剣のミーグル…

 オリオン、パンコ、シンバー・ホーンズ…

 ケニー、マリス、コーツ、ノート…

 いろいろな者と出会ってきた。


「変なヤツだったなルーメって」


「ハハハッ!いままであってきたヤツは殆ど変なヤツだったじゃないか」


「そう言われてみるとそうだな…」


 コロナが特に変だと思った人物。

 それは革命軍と通じ合っていた騎士レイスだった。

 表向きは騎士として。

 裏では怪しい仮面をつけ、自称西方の生花商売業者として活動していた。

 酒場でその仮面の状態で出会った時のことは今でも思い出せる。


「レイス、あいつが一番変なヤツだったかな…」


「あんな仮面で変装した気になっているのだからな」


 カケスギは初見でその正体を見抜いていた。



「ごめんカケスギ、俺は気付けなかった…」


「えぇ…」


「他にもいろんなヤツらとも戦ったよな」


 ノリン、ミーフィア、キルヴァ…

 シラク、アレックス、そして『王』…

 多くの者たちと戦ってきた。

 そしてそれらを全て下してきた。


「ああ、そうだな」


「護人だった頃よりもよっぽど濃い時間だった気がするよ」


「どれだけの者と刃を交えたか…」


 そう言ってカケスギが取り出したのは聖剣。

 初代勇者カーシュの持っていた剣だ。

 カーシュからコーツ、そしてキルヴァへと受け継がれていた。

 しかし途中で革命軍のパンコが奪取。

 そして革命後にカケスギが彼女から譲り受けたのだった。


「聖剣か」


「コロナ、お前にオレの出自を話したことはあったか?」


「いや、無いな。話してくれるのか」


「ああ」


「アンタが…珍しいな…」


 カケスギが自分からそう言ったことを語るとは意外だ。

 コロナはそう思った。

 初めて出会ったときは無愛想な男だ、というのが正直な感想だった。

 しかし今は違う。


「お前には話しておこうと思ってな」


 そう言いながらカケスギはその場に座り込む。

 そして同じく座り込んだコロナに対して語り始めた。

 内容は以前、コーツに話したものとほぼ同じ。

 さらに内容を少し詳しくしたものだ。


「オレの先祖は…」


 極東の島国。

 そこからやって来た侍、汐之香宗。

 またの名を初代勇者カーシュ。

 彼と同じように、カケスギも極東からこの国にやって来た。

 この一連の流れを…

 そしてそれを聞き驚くコロナ。


「…マジか」


「ああ」


「じゃあアンタは初代勇者の血筋の者なのか…?」


「まぁそうなるな。ついでにこの聖剣の正体も教えてやるよ」


 勇者の聖剣。

 それ自体に特殊な能力が無い、というのは既に承知の事実。

 この剣は、あくまで権力の象徴であった。

 勇者の証であり、強いて言うならばその威光が特殊能力といえるかもしれない。

 その聖剣の正体、それは…


「オレの故郷の島国では大昔、西洋剣が流行ったことがあってな…」


 その流行に合わせ、西洋剣を真似て作られたもの。

 大昔に作られた西洋剣の模造品。

 カケスギは聖剣の正体をそう説明した。


「つまり単なるデッドコピー品…?」


「そうだな」


 聖剣は見たことの無い金属で作られているといわれていた。

 当然だ、極東の技術で作られた合金なのだから。

 製法もこの国や周辺国の物とは違うといわれていた。

 当たり前だ、極東で作られた物なのだから。


「俺の先祖がたまたま持っていたのがこの剣だった、というわけだ」


「なるほどなぁ…」


 聖剣は所詮、単なる剣。

 扱う者によっていくらでもその性質は変わる。

 そのことを改めて思い知るコロナ。


「…なぁカケスギ」


「どうしたコロナ?」


「オレ、アンタに会えたことを本当にうれしく思っている」


 いつになく透き通った瞳でそう言うコロナ。

 それも当然だろう。

 元々、コロナはあの最悪の環境で死ぬのを待つだけだった。

 それがカケスギとの出会いでここまで変われたのだから。


「俺は切っ掛けを与えただけだ。コロナ、お前が行動したから今のお前がある」


「アンタがくれた、その『切っ掛け』が嬉しかった…!」


 そう言いながら、コロナはカケスギにある物を投げ渡した。

 小さな酒瓶だ。

 よく見る、とコロナの手元にも同じものがある。


「少ししかないけどな。呑むのに付き合ってくれよ」


「…ああ、わかった」


 真夜中の静かな海上。

 月の光の下での小さな酒宴。

 それは酒が飲み干される間…

 少しの間だけ続いた…



次回最終話です。

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