第九十三話 旅立ち
あれから数週間後。
コロナたちはクレセントコーツの村を後にしていた。
マリスやケニーたちとはそこで別れた。
訪れていたのは西の港町だ。
「カケスギ、ソミィはどうした?」
「マリス達に預けてきた」
「よく納得したな、ソミィのヤツ」
「納得しなかったよ。だが…」
これから戦いはさらに激しくなる。
今までのようにはいかないだろう。
そんな中にソミィを連れて行く訳には行かない。
マリス達の店に預けてきた、というわけだ。
ソミィはまだ幼い少女。
もう戦いの中に身を投じる必要も無い。
彼女には彼女の未来があるはずだ。
「革命軍からもらった金も持たせてある」
ソミィを預けたコロナとカケスギ、そしてレービュ。
現在は三人で行動している。
三人がこの街にいる理由。
レービュから受けた依頼。
それを受けたからだった。
「海の向こうにあるという大陸、そこでは今でも戦乱が続いている」
海の向こうにあるという大陸。
そこには強大な力を持つ帝国が存在する。
しかし今では魔王軍の攻撃を受け、国内で戦乱が続いていると聞く。
レービュはその国からやってきたのだ。
共に戦ってくれる『仲間』を探すために。
「私はその国からやって来た。共に国を取り戻す仲間を探すために」
港を行き来する船。
それに目を移すレービュ。
革命前は国外からの来訪者はとても少なかった。
半ば鎖国的な状況だったのだ。
しかし今は違う。
「オレ達だけでいいのか?」
「人員では無い、『将』が必要なんだ」
「将…か…」
港から水平線を眺めながらそう話す三人。
コロナ、レービュ、カケスギ。
大陸に存在した強大な帝国軍。
しかし現在は魔王軍に侵攻され、帝国軍が壊滅。
残党軍が各地でゲリラとして戦っているという。
「国を盗った二人の男、そんな奴が来てくれればとても頼りになる」
旧帝国軍側の残党。
各地で民間からの支援を受け、なんとかゲリラ活動を続けてはいる。
しかしやはり戦力、そして士気が足りない。
有力な将が欠けているのだ。
「まぁいいさ。どうせ行く当ても無いしな」
「いいのかい?結構誘いがあったんだろアンタ?」
「いいよ。だって…」
そう言うコロナ。
実のところ、全く行く当てが無かったという訳でもない。
レイスやパンコ達からは共に働かないかとの誘いがあった。
将軍マルクからは新たな軍の将校への誘いが。
マリスとケニーからは共同経営の言葉もかかった。
ルーメやオリオン、シンバー達からも。
しかしコロナは全てを断った。
「俺は『仲間殺し』だぜ?いまさらカタギになんか戻れないだろ」
「ハーハハハ!そりゃそうだな!仲間三人ぶっ殺したんだよな!」
「ハハハハハ、そうだ。ノリン、ミーフィア、そしてキルヴァを…」
復讐の果てに殺した、かつての仲間三人。
ノリン、ミーフィア、そしてキルヴァ
幼馴染を水底に沈め、護るべき対象であった聖女の精神を壊した。
そしてキルヴァを打ち倒した。
まるで後悔しているような言い方にも聞こえた。
しかし、あっけらかんとコロナはこう言い放った。
「ま、それがアイツらの運命だったんだろうけどな」
後悔などしていない。
やられたことをただやり返しただけだ。
その結果がこれ、というだけ。
レービュは次に、カケスギに話しかけた。
「カケスギ、アンタもよかったのか?コーツ達に引き止められてただろ」
「まぁな。だが、もうこの国にいる意味も無い」
そう言いながら腰に掛けた長物の鞘に手をかける。
カケスギの愛刀、五光姫狐では無い。
革命のどさくさの中で手に入れた聖剣…
いや、カケスギの先祖である汐之香宗の剣だ。
「こいつも手に入ったしな」
「勇者の聖剣か」
「ああ。国盗りももう意味が無くなった。先人の墓も尋ねた。目的は全て果たした」
確かに剣としてはそこそこの物だ。
しかし特筆した能力があるという訳でもない。
革命前ならば聖剣の威光もあったが、今となっては全く意味をなさない。
ただの大昔の剣、というだけだ。
「だが、なんで俺たちだったんだ?」
「最初は勇者サマのところへも行ったさ。だが…」
話によると、レービュは半年以上前にこの国を訪れていた。
その時はまだキルヴァたちが生きていた。
真っ先にレービュはキルヴァの元を訪れてはいた。
しかし…
「腕は立ちそうだったが、見るからに怪しかったからな」
「ハーハハハ!」
「周りのやつらもウザかったし止めておいた」
「まぁわかるぜ。日頃から自分を勇者だと名乗ってる奴は怪しいよな」
「ハーハハハハハハッ!」
「フハハハハハッ!」
「ヒャーハハハハハッ!」
そう言いながら笑うカケスギとコロナ、レービュ。
確かにカケスギの言うとおりだ。
常日頃から自分を勇者などと名乗っている人物ほど怪しい者などいない。
真の『勇者』とは、危機の時にその力を発揮さえすればよいのだ。
それ以外の時は、鍛錬を怠らずに暮らす。
名を乱用するなどもってのほか。
「…さて」
「ああ」
「…そろそろ行くか」
そう言うレービュ。
一通りの準備は人に任せてある。
かつて旧政府が使っていた船。
だが今では民間の輸送船として利用されている。
それに便乗させてもらう、という訳だ。
その航路の途中、小舟を使い大陸に上陸する。
「行くか、大陸へ…」
「やはり大陸か」
「!?」
「いつ出発する?私も同行させてもらおう」
「エリム、そしてシルト・シュパーベイン…!?」
驚くコロナの前に現れたのは、女騎士エリム。
そして魔法剣士のシルト・シュパーベインの二人。
大きな荷物を持ったエリム、そして彼女を乗せた馬を駆るシルト。
エリムはいつもの鎧では無く、珍しく私服姿だった。
馬から降り、三人に歩み寄るエリム。
以前とは異なり、敵意は完全に消えていた。
「何故ここに!?」
「クレセントコーツで話を聞いてな。追ってきたんだ」
革命後、コロナたちを捜しクレセントコーツの村へと向かったエリムとシルト。
入れ替わりとなってしまい、村で会うことはできなかった。
しかしコーツ達からこの港町へ向かったと話を聞いた。
そして追ってきた、という訳だ。
「だが何故…」
「一度自分を見直したいと思ってな。鍛錬のし直しだ」
ここ数年、彼女は妄信的になりすぎていた。
キルヴァの言葉を信じ、国の中を見ようとはしなかった。
もし立ち振る舞いを間違えていたら、革命の中で殺されていたかもしれない。
新たに自分を見直したい。
そんな彼女はまるで憑き物が落ちたようだった。
「目の前に救わねばならぬ人々がいる。今度こそ、私は…」
大陸の人々を救いたい。
その気持ちに嘘は無かった。
それがエリムの目的。
しかしもう一つ理由がある。
それは…
「それに大陸には私が会いたい女がいる。そいつは…」
「ハクア・K・ミーグル…」
「ッ!?」
カケスギの言い放った女の名前。
ハクア・K・ミーグル。
またの名を『鷲剣のミーグル』…
以前の革命の最中、カケスギと対峙した女の名だった。
「なぜそれを…」
「以前会った女の名を適当に言っただけだ」
「どこで会った?」
「この国だ。革命の最中にな」
「そうか。やはり情報と一致している」
ミーグルを追うこと。
それも彼女の目的の一つらしい。
特に因縁がある、という訳でもないのだろう。
単に剣を交えたいというところか。
ここは一人でも強い者が欲しいところ。
エリムがついてくることに異議を唱える者はいなかった。
「アンタはどうするんだい?」
「いや、やめておく」
「そうか」
残された魔法剣士のシルト・シュパーベイン。
彼に対してもついてくるか尋ねるレービュ。
しかし彼は断った。
彼にも日々の生活がある。
益の無い戦いに自ら身を投じる必要も無い。
「エリム隊長、お元気で…!」
「もう隊長じゃない。それに今はオフだ。『いつも通り』でいいさ」
「わかった、『姉さん』…!」
「ふふふ、じゃあな!」
そう言いながら船に乗り込むエリム。
そして港から一行を乗せた船が出発した。
見送りはシルト・シュパーベイン一人。
以前までならばケニー、マリス達がいた。
だが、今はそうでは無い。
ソミィも彼女たちに残してきた…
「ソミィ…」
カケスギが小声でそう呟いた。
今まで共に旅してきただけに、寂しさもあるのだろう。
と、その時だった。
積んであった荷物が崩れ、転げ落ちた。
その中の一つの木箱が割れる。
そして…
「痛たたたた…」
「ソミィ!お前どうしてここに!?」
「お、追ってきたの」
そのままついていく、といってもカケスギは絶対に納得しない。
クレセントコーツを彼らが発った後。
ソミィはこっそりついてきていたのだ。
そして荷物に紛れ密航していた、といわけだ。
「ソミィ!おい、船を…っ!?」
カケスギが叫びかけるも、既に船は港を離れている。
ここからソミィだけを戻すわけにもいかない。
よく見ると彼女は大きなかばんを背負っている。
たくさんの荷物も詰めてあるようだ。
コロナが彼女に問う。
「そのかばんは?」
「け、ケニーくんに手伝ってもらった…」
「あいつかぁ」
「あとこれ、預かってたお金…」
カケスギがマリスに渡した金。
それをそのまま持ってきた。
どうやせマリスたちが持たせたらしい。
改めてカケスギがソミィの顔を見る。
単についてきたわけでは無い。
彼女にはそれだけの覚悟があってついてきた。
彼女の顔を見て、それを瞬時に理解した。
「ついてく」
「…わかった!だが辛いこともあるかもしれんぞ」
「…わかってる!」
仮にここで叩き落してもソミィはついてくるだろう。
無理矢理にでも追ってくるかもしれない。
それに彼女ももう単なる子供では無い。
これまでの旅の中でソミィなりに成長してきたのだろう。
それならば…
「よし、行くか!」
「うん!」
「新たなる戦乱の中へ…な…」
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