第九十二話 勇者の血統
霧の谷を抜けた先にある小さな村。
小高い山の中にある『クレセントコーツ』がそれだ。
山岳地帯に作られた村。
しかしかつては元々は何もないような土地だった。
そこをとある者達が開拓したのだ。
彼の名は『コーツ』、かつて勇者と呼ばれた『先代勇者』だ。
そして『ノート』、先代の聖女だ。
もう数十年前の話になる。
「ええ、そこにおいて。よし!」
「これでいい、姉さん?」
「そうそう」
クレセントコーツの村の一角。
そこに新しい商店が誕生していた。
そこにいたのは、以前偽勇者と偽聖女として活動していた姉弟。
マリスとケニー。
偽物稼業で稼いだ金と革命後にオリオンから受け取った謝礼金。
それを使い古い小屋を買ったらしい。
そしてそこを改装し、商店を始めようというのだ。
「他の街からいろいろなものを仕入れてここで売るのよ」
「もう偽勇者をしなくても…んんッ!?」
「しッ!もうそれはいいから…」
「う、うん…」
革命のどさくさで多数の品物を安価で仕入れたというマリス。
しばらくは王都で仕入れた品物を売っていくらしい。
商売が軌道に乗ってきたら、さらに周辺の街から品物を仕入れていく。
元々会計は得意だ、自身はあるらしい。
「よーし、一儲けするわよー!」
マリスとケニーの店。
少し離れた位置にある、村の中心から少し離れた場所。
そこにある小さな家に彼らは居た。
先代聖女のノート、そしてコロナだ。
「どうぞ、お茶よ」
「ありがとうございます、ノートさん」
コロナたちはしばしの間、クレセントコーツにあるコーツの家で世話になっていた。
いろいろと積もる話もある。
そして『これから』のことも。
それが決まるまで、この村に滞在することにしていた。
「いきなり押しかけてしまって申し訳…」
「いえいえ、こちらの無理を聞いてもらったんだからこれくらいは、ね」
そう言ってノートが隣の部屋を覗き込む。
いたのはソミィともう一人。
彼女の抱えている手元には…
「ふぇ…ふぇぇぇぇぇ!」
「あ、泣いちゃったぁ…!」
ソミィに抱えられていた者。
それはあの時の赤ん坊、ミーフィアの子どもだった。
あの時、コロナは子供を殺してはいなかった。
ミーフィアが気絶した後、その場に食用の豚の血をばら撒いておいたのだ。
それを見たミーフィアはまんまと勘違いした、というわけだ。
「ミーフィアの子どもをどうするかで国の方も迷っていたみたいでしたから…」
革命が終わったとはいえ、今はまだ混迷の時期。
ただでさえ国が安定していないのだ。
そんな中、生まれて間もない子どもを処刑したとなれば世論が荒れる恐れがある。
だからといってミーフィアとキルヴァの子どもをそのまま生かすこともできない。
それでも世論は納得しないだろう。
存在を隠す、情報を操作するにしても限界がある。
そこで…
「あの時、あなた達に話してよかったわ」
革命が成功した後日。
コーツとノートはコロナたちの元を訪ねていた。
キルヴァとミーフィアの元に子供が…
一人の『娘』が生まれていると聞き、その処分を聞きに来ていたのだ。
そしてコーツとノートの二人は訴えた。
その少女を預からせてほしい、と。
「俺もあの子をどうするべきか分からなかった。あなた達が育ててくれるのであれば安心できる」
表向きには国外へ追放したということにする。
それで世論の大半は納得するだろう。
しかし実際にはコーツとノートの元で暮らすことになる。
仮にこの赤ん坊を悪用しようとする者がいても、国外追放で目を欺くことができる。
しかし、だからといって問題がすべて解決したわけでは無い。
もしあの赤ん坊がキルヴァたちのようになってしまったら…
「仮に『何か』があったのならば、このノートとコーツが命を賭けて止めて見せます」
「…お願いします」
「あの人たちは道を間違えてしまった。あの子を真っ当に育てることでそれを証明したい」
そうノートは言った。
命を賭けるというその言葉に嘘偽りはない。
もちろん、そんな状況にならないことが一番なのだが。
と、その時…
「コロナ、ちょっといいか」
そう言いながら現れたのはレービュ。
普段の彼女とはどこか違う。
神妙な表情をしていた。
「どうしたんだ、レービュ?」
「カケスギのヤツはまだ戻っていないか…」
「ああ。けどどうしたんだ?」
「お前たちに頼みがあるんだ。とても、大事な…」
一方その頃…
クレセントコーツの村の外れにある丘。
霧の谷の深部を見下ろせる位置にあるその場所におかれた一メートルほどの岩。
それはとある人物の墓。
初代勇者である『カーシュ』の墓だ。
その墓前で手を合わせる一人の男。
カケスギだ。
「安らかに眠れ。勇者よ…」
「やはりキミか…」
カーシュの墓前に花を手向けるカケスギ。
そんな彼にコーツが話しかけた。
コーツは以前から気になることがあった。
何故、カケスギがカーシュのことを知っていたのか。
今では知る者すらほとんどいなくなったカーシュのことを…
「我が師カーシュ、彼は偉大な男だった。まさに勇者と呼ぶにふさわしい存在…」
「だろうな、知っている」
「今の時代、師匠のことを知っている者は珍しい。どこでその話を?」
「それは…」
霧の谷を覗き込むように、崖の上に座るカケスギ。
コーツはそんな彼を黙ってみていた。
この男の掴みどころのないこの態度。
それに妙な既視感を、彼は感じていた。
「勇者カーシュの本当の名…」
「いきなり何を…」
「シオノ・カーシュ…いや、『汐之香宗』…!」
「…ッ!」
カケスギが言ったその名前。
『汐之香宗』、その名をコーツはかつて一度だけ聞いたことがあった。
それは遠い昔の日。
後に師匠となる男と初めて出会ったあの日…
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幼き日の少年勇者コーツと幼き聖女ノート。
十歳前後で二人は旅に出された。
そして二人は旅の途中、一人の青年と出会った。
どこか優しげな眼つきの、長い髪をした不思議な出で立ちの青年。
藁で縫われた笠、藍色の染料で染められた着物。
片刃の剣…いや、刀。
「あなたの名前はなんていうの?」
「どこから来たの?」
幼き頃の先代聖女ノートと先代勇者コーツ。
彼女の問いに対し、その青年はそう答えた。
「僕は汐之香宗、遠くの国から来たんだ」
「かしゅ…かー…」
「この国の人には発音がし辛いみたいでね。みんなは『カーシュ』って呼んでるよ」
「かーしゅー…カーシュ!」
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コーツの記憶が鮮明に蘇る。
そうだ。
あの時、師匠は確かに言った。
その名前を『汐之香宗』と…
「何故、アンタがその名を…!」
「俺は最初、この国を盗るためにやってきた…」
カケスギの目的。
それは国盗りだった。
腐敗した政治、困窮する人々。
勇者の名のもとに権力を振りかざす者。
そんな国などこの世にはいらない。
新しい国として作り変えるために『国を盗る』、カケスギはそう考えていた。
しかし…
「この国には『変わろうとする意志』があった。俺はそれに乗った」
「…ッ!」
「かつて『我が先祖』が命を賭けて救ったというこの国を…」
テルーブ王国には現状を良しとしない者達が多く居た。
革命を成し遂げようとするもの。
復讐のために勇者を討とうとするもの。
命を賭けて真実を報道し続けるもの。
「今度は俺も『救って』みたくなった」
「まさか…」
「まぁ、曲がった国が真っ直ぐになるのはいつか分からないけどな」
カケスギのその眼。
それは以前までの荒々しい彼の物とは少し違っていた。
どこか優しげな眼つきの穏やかな眼だ。
目の前にいるこの青年に、コーツはかつての師の姿を重ねた。
そして…
「アンタの…アンタの名前は…?」
「俺の名はカケスギ、汐之賭椙だ」
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