表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/101

第九十一話 『罪人』ミーフィアの最期

 

 キルヴァの子を妊娠している、コロナたちの前でミーフィアはそういった。

 それを聞き、コロナはその場で彼女の命を絶つことを躊躇してしまった。

 復讐を果たすため、コロナはここまでやってきた。

 しかし彼女を殺せば、その子の命までも奪ってしまう。

 彼はその場でその決断をすることができなかったのだ。


「ふふ…お馬鹿なコロナ…」


 革命成功から数か月。

 王都から少し離れた場所にあるとある施設。

 そこにある対魔術師用の牢獄にミーフィアは放り込まれていた。

 数日前、彼女はキルヴァの子を無事出産していた。

 身体に負担もあるはずだが、彼女は腐っても勇者パーティの一員の聖女。

 既に日常生活が可能なくらいには回復していた。


「それに比べてかわいい私の子…」


 布にくるまれ、すやすやと眠る赤ん坊。

 ミーフィアの子だ。

 キルヴァもノリンも死んだ。

 今となってはこの子がミーフィアの全てになっていた。

 自分が愛した男との間に生まれた最愛の我が子。

 本来ならばキルヴァと共に名をつけたかった。

 しかし今となってはそうもいかない…


「ふふふ…」


 赤ん坊の頭を軽く撫でるミーフィア。

 出来れば今すぐにでもこの牢獄を抜け出したい。

 この牢獄内では魔法は使えない。

 だが、上手く抜け出すことができればチャンスはある。

 看守の一人でも丸め込むか、なんとか脱出経路を作るか…


「ハハハ…」


 コロナはあの場で手を下さなかった。

 それを考えれば少なくとも、すぐに殺されることは無いということ。

 時間さえあれば、いくらでも再起の道はある。

 牢獄を脱出。

 当初の目的通り国外へと逃亡。

 自身の死を偽装できればより完璧だろう。


「この子も一緒に…ね…」


 最後に残ったキルヴァとの愛の証。

 その子を抱きしめながら狂気的な笑みを浮かべる。

 もしここを出れば…

 いつかは成長したこの子と共に復讐を…


「ハッハハハハハ!」


 ミーフィアの狂気的笑い声が牢獄に響き渡る。

 やがて成長したこの子にはちゃんとした教育をしよう。

 父であるキルヴァの偉大さをこの子に伝えよう。

 たくさん、たくさん、たくさん…

 自分たちをこんな目に合わせた者達への恨みを子守り唄にでもしよう。

 そう考えていた。

 と、その時…


「随分と元気そうだな、ミーフィア」


「コロナ…ッ!それとあの時の東洋人!」


「カケスギだ」


 その場に現れたのはコロナとカケスギだった。

 牢獄の鉄柵越しにそう言う二人。

 あの革命のとき以降、コロナとミーフィアは顔を合わせていなかった。

 しかしそれでもはっきりとわかる。

 若干やつれ気味になっても、未だミーフィアの眼の光が消えぬことが。


「何をしに来たの!?私を殺しに…?」


 赤ん坊をギュッと抱きしめるミーフィア。

 まだ名前も決めていないこの子。

 その成長を見ずに死ぬわけにはいかない。


「いや、そうじゃないさ」


 牢獄を覗き込むコロナ。

 彼はとても冷たい目をしていた。

 いままで見たことも無いような、とても冷たい眼。

 その眼にどんな感情がこもっているのか、まるで読み取れないほどに。


「じゃあ一体何を…」


「それは…」


「そらっ!」


「あッ!私の赤ちゃん!?」


 コロナと話していたミーフィア。

 そのせいで彼女は気が付かなかった。

 牢獄の中にカケスギが入って来ていたことに。

 彼女から赤ん坊を奪い取るカケスギ。


「あぅッ…」


 慌てて駆け寄ろうとするも、軽く蹴り飛ばされてしまった。

 そのまま牢獄の壁に叩きつけられるミーフィア。

 脱出する最大のチャンスだったが、よほど慌てていたのだろう。

 それを行動に移すことをミーフィアはしなかった。


「お前はこの場では殺さないよ」


「ほら、コロナ」


「…ありがとう」


 カケスギからミーフィアの赤ん坊を受け取るコロナ。

 随分と騒いだにも関わらず、相変わらず赤ん坊は眠ったままだった。

 すやすやと寝息を立てながら。

 神経の図太さは親に似たのか…


「…」


 左手で赤ん坊を抱くコロナ。

 そして軽く頭を撫でる。

 右手で彼は腰の剣に手を伸ばした。

 それを引き抜くコロナ。

 曇り一つない剣。

 それを見てミーフィアは絶句した。

 これからコロナが何をするのか…

 それを察してしまったからだ…


「ミーフィア…いや、聖女様」


「まさか…」


「あなたの命の代わりに、この赤ん坊の命をもらうことにするよ」


 ミーフィアは確信した。

 この場で赤ん坊を殺す気だ、と。


「やめて!子どもは…子どもは関係ないでしょ!」


「お前のお腹から出てきたんだ、それはもうお前だろう」


「そんな意味の分からない言葉が通用する訳ないでしょ!私の…私の赤ちゃんを…!返して!」


「やだよ」


 この場であの子を失う訳には行かない。

 今となっては、自身の全てといっても過言では無い。

 ミーフィアの全て、それがこの赤ん坊だ。

 まだ名前も付けていないのに、それを奪われるなんて…


「なんでもするから…なんでもするから返して!私の大切な…」


「ミーフィア…」


 牢にしがみつき、床に手を突きながら泣きながら訴えかけるミーフィア。

 母親として、ねじ曲がっているとはいえ子に対して愛情は持っているのだろうか。

 しかしだからといって子を返すわけにはいかない。

 そんなミーフィアの前にコロナがしゃがみ込む。

 そしてゆっくりと語りかけた。


「もう、無理なんだ。あきらめてくれ」


「その子だけは…その子だけは助けて!」


「その言葉…『俺の時』にも言って欲しかったよ…」


 三年前のあの日。

 コロナがノリンに刺され追放されたあの日。

 もしミーフィアがそう言っていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 あんな事件が起きなければ…

 もし事前に、聖女であるミーフィアが今のようにキルヴァを止めていたら…


「じゃあな、ミーフィア」


「待って!私の子を返して!」


「もう会うことも無いだろう。あんたの処分もすぐに決まるらしいから…」


「私の!私の…」


「うるさい!静かにしていろ!」


「うげッ!」


 牢獄の鉄柵越し泣き叫ぶミーフィア。

 そんな彼女に対し、カケスギが手刀を叩きこんだ。

 それを受けその場に倒れこむミーフィア。

 手刀と精神的なショックから、彼女は気絶してしまった…










 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 ミーフィアは再び牢獄の中で目覚めた。

 牢の中には赤ん坊に巻かれていた布が放り込まれていた。

 起きると同時にそれを拾い上げるミーフィア。

 しかし…


「あぁ…ああああああああああああああ!」


 布を見て泣き叫ぶミーフィア。

 その布は染められていた。

 …赤い血によって。


「私の…私の…」


 その布だけでは無い。

 牢獄の外。

 コロナが立っていた場所付近にも赤い血が飛散していた。

 それを見てミーフィアは確信した。


『コロナがこの場で赤ん坊を殺していった』


 …と。

 あの剣で赤ん坊の身体を貫き、裂いたのだ。

 かつてノリンがコロナにしたように。

 その光景が、ミーフィアには容易に想像できた。


「私の…私の…あか…」


 泣くこともできなかった。

 そのままミーフィアはその場に崩れ落ちた。

 自分の全てだった赤ん坊。

 それを失ってしまった。

 絶望と悲しみ。

 今の彼女には、それらに抵抗できる心は残されていなかった。


「わた…しの…」


 もはや自我を保てているのかもわからぬ状態。

 彼女はそのままほぼ廃人同然と化してしまった。

 たまにいなくなった赤ん坊を探す素振りを見せた。

 だが、すぐにあきらめ頭を抱え奇声を上げる。

 そんな日々が続いた。



 一か月後、そんな中で彼女の処分が決まった。

 それは『死刑』だった。

 それを黙って受け入れるミーフィア。

 もはや抵抗する気力も、できるだけの精神力も残されていなかった。

 死刑の宣告を受けたミーフィア。

 最後の最後、彼女はただ一つのことを希望した。


「あの人と…一緒のお墓に…」


 残された精神力を振り絞ったミーフィア。

 せめて自らが愛した男、キルヴァと共に眠りたい。

 そう言った。

 それくらいの願いはかなえさせてほしい、と。


 しかし、それは叶わなかった。


 処刑場へ運ばれる最中のことだった。

 他の罪人と共に馬車で運ばれるミーフィア。

 その途中で事故が起こったのだ。

 馬車の荷台部分、罪人を乗せた御者台が崖下へと落下していったのだ。

 とても深い崖下だった。

 落ちれば確実な死、まず助からない。


「これでは誰が誰かもわからんな」


 後に発見された御者台の残骸からは原形を留めぬ亡骸たちが発見された。

 完全に潰され、誰が誰かも分からなくなったその遺体の数々。

 放置されていたせいか動物に荒らされた後もあった。

 結局、回収されることも無くその場で残骸ごと燃やされてしまったらしい。


 ミーフィアは最後の願いすら叶えさせてはもらえなかった。

 自らが愛した男、キルヴァと共に眠りたい。

 それすらも…



もしよろしければ、ブックマークやポイント評価などお願いします。

また、誤字脱字の指摘や感想などもいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] おいこら 御者たちが可哀想だろ
[一言] 勇者の墓なんかそもそもなさそう
[一言] 個人的に強姦殺人犯の血を引く赤ん坊は将来的に クズ勇者の子だからという理由で担ぎ出される 可能性があるから赤ん坊であっても殺してほしいですね 豊臣秀頼の子も報復や担ぎ出されるリスクがあるから…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ