第八話 知略の騎士
次の村に向かうため、コロナたちは山の中を進んでいた。
あの仮面との戦いから数日。
更なる刺客が来るかとも思ったが、今のところは来てはいない。
地図を見ながら歩くコロナとその後ろにつくカケスギ。
荷物を持つソミィ。
「次の集落まであと少しみたいだ」
「そうか」
「ルーメの知り合いがいるらしいから、そこで少し世話になろうぜ」
地図と横を流れる川を見ながらそう言うコロナ。
山の中だからか激流になっている。
落下して巻き込まれたら大変なことになるだろう。
「あの女の知り合いか、どんな奴か聞いているか?」
「いや、あまり詳しくは聞いてないな。でも少しだけなら…」
以前に町を出る際に、ルーメから知り合いについて聞かされていた。
山を抜けた少し大きな集落に有力な仲間がいると。
反政府組織のメンバーであるため、コロナたちの力になってくれるはず。
ルーメはそう言っていた。
「…コロナ」
「どうした?」
「最近機嫌がいいな」
そう言うカケスギ。
最初であった時よりもずっと態度が軟化している。
随分と機嫌がいい。
カケスギはそう言った。
とはいえ、コロナ自身は特に意識はしていなかったらしい。
「そうか?」
「お前もそう思うだろ、ソミィ」
「最初よりもずっと、いいよ」
ソミィもそう言った。
あの町での生活よりも、ずっと人間らしい生活を送っていたためだろうか。
元来の彼の性格に少しずつ戻っているのかもしれない。
「そうかなぁ?変わらないと思うけど…ん?」
姿は見えたが、何者かの雰囲気を感じたコロナ。
それはこの近くに置かれた倒木からした。
おそらく材木として斬られたまま放置されているのだろう。
とはいえ、特に深い意味などは無く、単に片付けていないだけだ。
特に仕掛けなども無い。
その影から飛び出す影。
一瞬の内にコロナの元へと飛び掛かり、速攻を仕掛けた。
「いきなりか!」
その影の攻撃を受け流すコロナ。
剣を引き抜くことなく、鞘のみでその影の蹴りを受け流した。
攻撃を受け流され、距離を取りつつ着地する影。
その正体は…
「一撃で始末してやろうと思ったが、なかなかやるようだ…」
物陰から飛び出したのは騎士『レイス』だった。
不意打ち気味にコロナの頭を蹴りで狙うも失敗。
そのまま構えを取り、彼を睨み据える。
「お前は?」
「僕はレイス、君たちのことを調査するために派遣された」
レイスはまだ少年であるが、縮地法の達人でもある。
王都とこの辺境の地を僅か数日で移動できるほどの腕だ。
以前、コロナたちと戦った白仮面から話を聞き、この付近を調べていたという。
「市将であるバレースさんを倒したのは…キミ達か?」
「そうだ。まぁ、正確には俺じゃないがな」
コロナがその視線をカケスギに移す。
彼はそのまま黙って頷いた。
「そうか…」
コロナたちから一旦距離をとり、安定した足場へと移る。
朽ちた材木が転がるこの森では戦い辛い。
そう判断してのことだろうか。
剣を引き抜き、コロナに向け構える。
「君たちの名前を聞きたい」
「…名乗る名前など無い」
コロナの名前を出して警戒をされたくない。
そう考えての回答だった。
それと共に彼はアイコンタクトでカケスギに問う。
『一人でやってもいいか?』と。
頷くカケスギ。
そして…
「そうか。なら仕方がない」
一気に距離を詰めコロナに再び蹴りを放つレイス。
それを避け拳での反撃を放つコロナ。
しかしその攻撃は虚しく空を斬る。
攻撃を受けるはずのレイスが避けたわけでは無い。
…もともと当てる気は無かったのだ。
「ずあッ!」
その反撃は本命の一撃では無い。
二段目の攻撃となる『斬れぬ剣』での打撃にあった。
「鞘から抜かずに剣を…!?」
鞘に入れたままの剣で殴りかかるという奇行。
コロナの攻撃がレイスにはそう見えた。
しかし何の考えも無くそんなことをするはずがない。
そう考えた彼はその攻撃をギリギリで回避した。
あえて攻撃を鎧で受け流し反撃…
ということもできたが、『してはいけない』と直感が告げていた。
「チッ…避けたか」
もしこの攻撃が当たっていれば、鎧は砕けレイスには大きなダメージが入っていただろう。
コロナの『斬れぬ剣』は非常に重く打撃武器としての威力が高い。
それを彼の力で振り回せば、軽い鎧程度なら中身事砕いてしまうほどに。
「剣技が見えない。自己流か?」
「当たり前だ。俺は平民出身だからな。お前らみたいなお行儀のいいお座敷剣技なんか知るか」
「そうか、そういう風に考えていたのか…」
話を続けつつも、すり足で間合いをとるレイス。
彼の狙いは一撃必殺の刀撃。
相手の攻撃を受け流しつつ、刀による攻撃で相手に大ダメージを与える。
互いに相手の距離を測り、様子を見る二人。
数秒間の膠着。
そして…
「そらっ!」
「速い…!」
先に動いたのはコロナだった。
間合いを一気に詰めレイスへ手刀を放つ。
先ほどの一撃で、斬れぬ剣はこの男には役に立たない。
そう理解したのだろう。
しかしそれは、攻撃を受けるレイスからすればあまりにも単純な動き。
軽く避け、体勢を立て直す。
「けどッ!」
「な、避けられ…」
その言葉をコロナが言い切るまでに、剣を鞘から引き抜き大きく振り上げる。
同時に彼の後ろへと回り込み、首筋を狙う。
一閃で首を落すために。
「ッ…!」
「なに!?」
そしてそれで斬り付ける。
達人でも数秒は必要なこの一連の動作。
しかしこの男、レイスはそれをたった数秒で行うことが出来る。
彼が一撃必殺にこだわるのは、この決闘戦術に絶対的な自信を持っているからだ。
「どうだッ…!」
刃がコロナの首を捕える。
その瞬間、彼は勝利を確信した。
もう何回、この方法で勝利してきたか。
ワンパターンな戦法。
だがそれゆえに研ぎ澄まされ、回数を重ねるごとに死角は無くなっていった。
相手は対策を取れない。
騎士レイス、彼のこの一連の攻撃を喰らい、勝った者はいないのだから…
「通るか…?」
「いや、まだだ!」
しかし、それは覆された。
コロナによって。
剣が当たるその直前だった。
突然レイスの身体が後方へと吹き飛ばされたのだ。
彼が咄嗟に放った衝撃波だった。
「ずあッ!」
そう言ってコロナが再び斬撃波を繰り出す。
今度は両手から放たれた二つの斬撃波がレイスを襲った。
何とか二発目を避けるレイス。
だがその隙を突き、コロナが一瞬で間合いを詰める。
そしてレイスの腹に強烈な一撃を叩きこんだ。
「ウヘェッ…」
腹を押さえ、その場に手をつくレイス。
「なかなかやる…なぁ!」
コロナの放つ衝撃波は確かに厄介だ。
近接戦闘に持ち込んだとしても、純粋に彼の身体能力が高いため直接的な解決法にはならない。
そして遠距離戦ではその衝撃波を警戒しながら戦わなければならない。
さらに衝撃波を放つコロナ。
「はッ!」
「うッ」
その身は倒れていた材木へと叩きつけられる。
確かにこの戦術はレイスの必勝戦法。
だがそれはあくまで『訓練』や『模擬戦闘』において。
実戦では無い。
首を落としたことも、実は数える程度しかない。
「お座敷剣技になんか負けるかよ」
そう言いながらレイスへと近づくコロナ。
彼は今、先ほどの衝撃で剣を手放している。
剣は少し離れた位置にはじき飛ばされてしまった。
この隙にとどめを刺す。
妙なことをされぬよう、ゆっくりと歩み寄る。
「ふふふ…」
「え?」
二人が立っていた地面の一部にひびが入り、コロナの片足がそのひび割れにはまった。
咄嗟のことに対応しきれず、彼は身体のバランスを崩しその場に倒れる。
この地面も実は朽ちた大木だったのだ。
その不安定な足場で戦っていた二人。
戦いの最中から、地面となっている朽木に異常な力を加え続けられていたのだ。
それが今になってひびという形になってあらわれたのだ。
「ぬおッ!?」
その隙を見逃すレイスでは無い。
咄嗟に剣を拾い上げ態勢を整える。
手刀を再び突きつけようとするコロナ。
だが、それがさすがに二回目は通用しない。
「グッ…」
「なかなかやりますね」
二人が距離を取り、朽木の上で対峙する。
張りつめた空気、ギリギリの戦い。
しかしそれに水を差す者が現れた。
「おい、そこから離れろ!」
カケスギの声が森の中に響く。
それとほぼ同時だった。
…その朽木が砕け散り、足場としての役目を果たさなくなったのは。
「しまった!」
咄嗟に別の足場に飛び乗り難を逃れたコロナ。
カケスギの言葉から危険なにおいを感じ取り、その場を一旦離脱。
結果助かることができた。
だがレイスにはそれができなかった。
「うおッ!?」
「あいつ落ちやがった!」
崩れた足場と共に、レイスは川の激流の中に落下。
そのまま消えて行った。
「…ふん。勘を取り戻してきたか?」
「まぁ、少しな…」
「そうか」
そうとだけ言うカケスギ。
敵がどうなろうと知ったことでは無い、そうとでも言うかのように。
いや、それだけでは無い。
彼はある『違和感』を感じていた。
あのレイスという男から感じたものを。
「(あの男からは殺気を一切感じなかった…)」
確かにレイスは一撃必殺の技こそ使ってきた。
だが、その中にはどこかコロナが『避けるであろう』という予測があったようにも感じた。
そして先ほどの足場の崩落。
あの程度ならばコロナと同じように避けることもできたはず。
「(何を考えている…?)」
戦いを挑み、コロナとある程度の勝負をする。
そして姿を消した。
謎の騎士レイス。
その行動に、カケスギは妙な『違和感』を感じざるを得なかった…
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