第八十一話 鷲剣のミーグル
テルーブ王国の王都クロス。
今日、その街は戦乱と怒号に包まれた。
ついに革命が始まったのだ。
これまで多くの不満を貯めこんでいた民衆たち。
その勢いはもう止まらない。
「このまま城を落とすか…」
「カケスギさん!」
「お前たちはオリオンのところの…」
王城を目指すカケスギ。
コロナたちとはそれぞれ別ルートを進んでいく。
王都の道筋は事前に地図を記憶しておいたおかげである程度は把握している。
裏道を走るカケスギに対し、オリオンの仲間の革命軍の同志が合流した。
武装した民衆の数人も一緒だ。
「お供します!」
「露払いくらいはできるはずですから!」
軽量の肩当てをし、サーベルを持った革命軍の戦士。
そして槍で武装した民間兵数人。
彼らがカケスギに合流。
共に王城を目指す。
どうやらオリオンからカケスギの護衛を任されたらしい。
コロナやレービュ、レイスの元にも同じように同志が合流しているようだ。
「…感謝する!」
王国軍兵士との交戦で無駄な消耗はできるだけ避けたい。
恐らく城には王の親衛隊がある程度残って警備をしているはずだ。
その王城での決戦のためにもある程度の体力は温存しておきたい。
ここで仲間を得ることはできたのは幸運と言える。
「道はここであっているよな」
「はい、このまま道なりに行けば城の近くの広場に付きます」
「そうか」
裏道の商店街を抜けていくカケスギ一行。
普段は多くの人だかりができる場所だが今日は別。
殆どの店が閉じられており、人っ子一人いない。
店頭から品物は下げられ、露店はたたまれている。
「誰もいないな」
「ほとんどは大通りで王国軍とぶつかっているみたいです」
「状況は?」
「大通りの方はこう着状態、他の建物は打ちこわしをしているとのことです」
聖剣を持ったパンコとシンバー・ホーンズ。
その二人が率いる大通りの革命軍本隊。
多くの武装した民衆を味方につけ、進軍していた。
勇者の聖剣を持ち『革命の乙女』として振る舞うパンコ。
そして民衆人気の高いシンバーだ。
『聖剣はこちらにあるっす!正義はウチらにありっすよー!』
『そうだ!今こそ民衆の怒りを爆発させろ!アイツらの腐った体制をぶっ壊せ!』
『おおーーー!』
『聖剣はこっちにある!進めー!』
『おおおおお!』
しかしそこに王国軍が立ちはだかった。
互いに武装をしている状態。
数で勝る革命軍。
武器の質と戦闘経験で勝る王国軍。
互いに迂闊に交戦はできない。
そのままこう着状態が続いていた。
『…ほとんどの兵をこっちに回してきたって感じっすね』
『打ちこわしや火事場泥棒は完全に無視ってか』
他の場所に回すべき兵士。
それをほぼ全てパンコとシンバーの勢力を潰すために投入しているらしい。
カケスギ達が他の王国軍兵士と出会わないのはそれが理由だ。
「カケスギさん、恐らく九割の兵士は大通りの革命軍本隊の鎮圧に回されています」
「そっちの鎮圧を最優先に回したか」
悪くは無い手だ、カケスギはそう考えた。
主力部隊がいない今、王国軍側の戦力が不足している状態。
そんな状態の軍を王都各地に分散させるのは愚行。
まずは大通りの革命軍本隊の鎮圧を最優先させる。
それが片付き次第、王都各地の小規模な暴動の鎮圧に回す。
これが王国軍側の作戦なのだろう。
「なるほど、いい手だ」
「カケスギさん?」
「このまま進むぞ、お前たち」
「はい!」
そのまま商店街を進んでいく一行。
特に兵士と出会うことも無く抜けられそうだ。
と、その時…
「あれは…!」
カケスギが足を止めた。
同じく、彼に合わせて革命軍の同志たちも。
「なんで止まったんですか?」
「少し下がっていろ」
「は、はい…」
商店街の外れにある小さなカフェ。
露天の席がある、女性に人気のある小洒落た店だ。
閉店しているはずのその店の席。
そこに座っている者がいた。
「お、人が来たか」
そう言って席を立ち、カケスギに近づいていく。
上半身がビキニと黒いロングコートのみ。
白髪に黒い烏羽根の髪飾りをつけるその少女。
単なる一般人、という訳ではなさそうだ。
「おい青年、この街は今日は祭りか何かなのか?」
「なに?」
「人も居ないしあちこちで騒ぎ声がする。変わった祭りでもやっているのか?」
祭りでもやっているのか。
その言葉に民兵の一人がキレた。
生活を賭けて行っている革命を『祭り』だと言われたのだ。
今の自分たちの行為を踏み躙られたような気がしたのだろう。
「祭りだと!?」
「おい、やめろ」
「相手は子どもだぞ!手を上げていい相手じゃない!」
カケスギと革命軍の男が彼を止める。
だが聞こうとはしない。
力ずくで止めるしかないか…?
いや、そんな必要は無かった。
「痛てて!」
「祭りじゃあないのか。それはすまなかった」
「うッ」
「この国に来てまだ日が浅いんだ。勘弁してくれ」
そう言って男を突き飛ばす少女。
カケスギはこの少女が何者かを知っていた。
彼女は単なる一般人では無い。
その正体は…
「何をしに来た?五剣聖の一人、『鷲剣のミーグル』!」
「なんだ、私を知っているのか。青年」
「知らない方がおかしいだろう」
二人の声と共に通りに舞台を移し、互いに距離をとる。
その動作、僅か一秒。
ミーグルとカケスギ、両者がいつでも戦闘態勢に入れるように構えをとっていた。
何が起きたのかわからず、困惑する革命軍の同志たち。
「僅か十七歳にして北東の大陸で最強と呼ばれる剣士、だろう」
「最強かどうかは知らないが、みんなはそう呼んでる。私のことを」
「オレも刀で飯を食っている身。強さには自信がある…」
世界最高峰の腕を持つ少女。
鷲剣のミーグルこと『ハクア・K・ミーグル』。
鷲というよりは烏に近いその身なり。
案外本人としても鷲剣と呼ばれるのは苦手なのかもしれない。
しばし沈黙のまま対峙する二人。
「どうする青年?」
「このまま戦うか…」
「それとも…?」
「ふふふ、そうだな…」
そう言って刀に手を伸ばすカケスギ。
五光姫狐、カケスギが持つ最高の刀。
それで攻撃を仕掛けるつもりか…?
いや、違った。
そのまま刀から手を放し、戦闘態勢を解除した。
「ここで戦う理由も無い」
「なるほど」
「そしてそれは互いにだろう、ミーグル」
それを聞き同じくミーグルも戦闘態勢を解除する。
彼女は戦いたくてこの地に来たわけでは無い。
もともと彼女には放浪癖があるのだ。
たまたま、タイミングが悪く革命中のテルーブ王国にたどり着いたらしい。
「この店の料理が美味いと聞いて来たんだが…」
「悪いが今日は閉店だ」
「どうしてだ青年」
「今、この国は革命の最中にある」
カケスギは説明した。
この国が革命により変わりつつあることを。
ついに革命が始まった。
これまで多くの不満を貯めこんでいた民衆たち。
その勢いはもう止まらない、ということを。
それをきき頷くミーグル。
「なるほど、今日は諦めるか」
「それがいいさ」
「なあ青年」
「どうした?」
「革命後も、この店はやっているかな?」
「ああ、多分な」
「そうか、それならばまた別の機会に食べに来ることにしよう」
そう言ってミーグルはその場から去っていった。
もしここで戦いになっていたら消耗どころの騒ぎでは無い。
大きな被害を出していただろう。
革命など関係ない、一対一の決闘ならそれでもいい。
しかし今は革命の最中。
そんな戦いをしているわけにはいかない。
「鷲剣の…いや、ハクア・K・ミーグル…」
「カケスギさん、あの少女は…」
「放っておけ、お前たちがどうこうできる相手では無い」
僅か十七歳にして北東の大陸で最強と呼ばれる剣士。
そして世界最高峰の腕を持つといわれる少女。
ハクア・K・ミーグル。
こんな状況でなければ一度手合せしてみたい。
そう思いカケスギ。
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