第七十八話 それぞれの思惑
東洋の侍カケスギと先代勇者コーツ。
二人の戦いから一夜が明けた。
コロナたちは早々にクレセントコーツの村を後にしたらしく、その姿はもう無かった。
コーツとノートは普段の生活に戻った。
まるで何も無かったかのように。
決闘に負けた以上、深追いなどもしなかった。
「行ってしまったか…」
しかしコーツ達がコロナたちと出会ったのは事実。
決闘で負けたコーツが彼らに対して何かを言う権利は無い。
家で茶を飲みながら、カケスギとの決闘をコーツは思い出していた。
久しく味わっていなかった限界の戦い。
負けはしたが、とてもよい勝負だった。
「あのコロナという男とも戦ってみたかったな」
「もうあなたは老体なのよ。無理はしないで」
「ああ。わかってるよ。ノート」
机に向かい合って座るノートに対し、そう言うコーツ。
自身が全盛期をとうに過ぎていることは理解している。
しかしそれでも心が求めるのだ。
かつてのような戦いを。
しかし…
「彼らは『国が変わる』と言っていたな…」
「ええ。決闘の最後に」
「何をするつもりなんだ…?」
革命軍にでも合流する気なのか。
しばらく考えてみたが、恐らくはそんなところだろうと結論付けた。
人々の大いなる意志によって国が変わる。
カケスギはそう言っていた。
「ねぇあなた…」
「どうした?」
「国にはなんて報告する?この伝書鳩も帰さないと…」
コーツ達の返事を受け取るため、返信用の伝書鳩が来ていた。
返信用の手紙を受け取るために待っていたのだ。
差出人が希望しているのは、当然コーツの勝利だろう。
しかしコーツは負けた。
「そのまま伝えればいいだろう。ありのままを」
「あなたが負けた、と…?」
「ああ。頼む」
「…わかったわ」
そう言ったノート。
彼女はコーツの敗北を知らせる手紙を伝書鳩に渡して飛ばした。
伝書鳩は飛んでいく。
青い空に。
コーツの敗北を知らせるため…
「いったわ」
「そうか…」
「ねぇ、あなた…」
「どうした?」
「明日、お師匠様のお墓詣りに一緒に行きましょう?」
「そうだな。久しぶりに二人で…な」
「お師匠様、寂しがり屋だったから…」
芋の粉の入った器を取り出すノート。
彼女がそう言った。
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一方、既にクレセントコーツの村を出発したコロナ一行。
このまま進めば近日中には王都へとつくだろう。
ミーフィアがいるであろう王都へと。
そして以前、革命軍のリーダーであるオリオンから譲り受けた手紙。
そこに書かれている古い民家を暫し拠点として使っていいというものだ。
「とりあえずその家をしばらく使わせてもらおうぜ、カケスギ」
「そうだな、コロナ」
そう言いながら進む一行。
クレセントコーツの村で物資をそろえることができた。
そのため、一行の荷物が少し増えていた。
コロナとカケスギは武器も調整できた。
レービュは技の強化を。
「王都に着いたらまずどうするんだ?そのままそこで過ごすってわけでもないだろう」
「ああ、レービュ。とりあえずは革命軍と話をしてみようと思う」
カケスギの目標は国を盗ること。
コロナの目標は国とミーフィアへの復讐。
それを成し遂げるためには革命軍の存在は絶対に必要となる。
積極的に干渉はしないが、力を貸すくらいはできるだろう。
「なるほどな。わかった」
レービュはそうとだけ言った。
しかし今の彼女には、今の問いよりも気になることがあった。
それは…
「お前たちはどうするんだ?マリス、ケニー?」
ケニーとマリス、二人はただ何となくついて来ただけだ。
もともとは偽勇者稼業で小銭を稼いでいた二人。
安住の地を探すという目的は持っているらしいが…
「私は王都の近くで仕事を探してみようかと…」
「どうせなら大きな町の方が住みやすそうだからな」
「なるほどな」
二人の目標もどうやら王都のようだ。
しかし王都はこれから戦乱に巻き込まれるかもしれない。
そんなところで二人は過ごせるのか。
いや、意外と大丈夫なのかもしれない。
偽勇者と偽聖女として立ち回ったその手腕自体は本物なのだから…
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その数日後、王都クロスにて。
伝書鳩から手紙を受け取る聖女ミーフィア。
コーツに出したコロナたちの討伐の依頼。
その手紙は彼女が出したものだった。
「そんな…先代の勇者コーツが負けた…?」
いくら老体の先代とはいえ、全盛期はキルヴァよりも強いと伝えられていた男。
そんな男の敗北に驚きを隠せなかった。
「コーツでも倒せなかった…」
コロナはノリンとキルヴァを、殺している。
直接的にではないが、その原因を作ったのは間違いなく彼。
あの時のメンバーで最後に残っているのは…
「私…」
いっそのこと、このままどこかへ逃げてしまおうか。
財産をかき集めるだけ集め、どこか遠いところへと。
しかし今の彼女にはそうもできない事情があった。
「くッ…」
今のミーフィアは城に軟禁されているような状態。
民間には秘匿されているが、勇者キルヴァの死は予想以上に国に対しても衝撃を与えていたのだ。
ミーフィアの立場も、何とか王城で衣食住を確保してもらっている程度。
以前のように権力を行使することはほぼできなくなっていた。
「このままじゃ私は…!」
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同じく王都クロス。
その城下町のとあるカフェ。
少しオリエンタルな雰囲気のその料理店。
その店先で食事をする三人がいた。
あの黒魔術師の少女だ。
そしてその部下の荒野の盗賊ウルフリーと魔人少女メイヤ。
「ごめんねメイヤ。わざわざ厚手のローブなんか着せちゃって…」
「いえいえ、わざわざ買っていただいて嬉しいかぎりですよ」
「王都の貴族は魔人に対して厳しいからなぁ…」
珍しくメイヤがローブを纏っていた。
全身を覆う厚手のものだ。
それも仕方がない、ウルフリーの言葉通り王都の貴族は魔人に対して厳しい態度をとる。
かつての魔族との戦いの際に根付いた差別意識がいまだに残っているのだ。
魔人族と商売上の取引をする民間人や、純血の魔物を知っている者は特にそう言った差別意識はあまり持たないのだが…
「そういえばご主人様ぁ、以前かけていただいた魔法が結構まえからとけてるんですが…」
「あ、俺も俺も」
黒魔術師の少女がメイヤとウルフリーに賭けた魔法。
隷属の紋様だ。
どうやらその効力が消えていたらしい。
しかし二人には反抗の気配はない。
「…ああ、いいよいいよ。もう大したものでも無くなったから」
「そうなんですか?」
不思議そうに顔をかしげるメイヤ。
二人からすれば、荒野で盗賊を続けるよりも今の状況の方が得なのだ。
隷属の紋様無しでも素で従っているのだろう。
それを確認しつつ、ある事を二人に問う。
「そうそう、メイヤ、ウルフリー。以前言ったものは持ってきた?」
「もちろん持ってきましたよぉ、ご主人様ぁ」
メイヤとウルフリーが持ってきた物。
それは大きな箱。
以前リブフートで二人に用意させたものだ。
かなり丈夫そうな物であり、中にはさらに丈夫な箱が入っているという二重構造。
大柄なウルフリーでも運ぶには少し難しいほどの箱。
黒魔術師の少女は思わず、無意識のうちに鼻を手で押さえてしまった。
注意しているはずが、やはりこの臭いは慣れない。
「とりあえず拠点の廃宿に運んでおこうか」
「ですね」
「仕上げはウルフリー、キミに任せるよ」
「…まぁ、やりますよ。臭いけど」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
この箱はさほど重要なアイテムという訳では無い。
動乱を煽り飾り立てるアクセサリーに過ぎない。
しかし…
「この大嵐はもう止まらないよ…!」
国を揺るがす人々の意志。
それに対する最後の一押し。
この国の現体制を打ち壊すための…!
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