第七十六話 コーツの選択
酒場で旅人達と別れたコーツ。
久しぶりに気のいい相手と呑めた。
見知らぬ旅人と酒の盃を交わす。
そしてそのたびの話を肴に呑む。
これほど美味い呑み方は無い。
「さて、次は夕食だ」
愛する妻であるノートが夕食を作り待っているのだ。
時刻的にはちょうどいい具合だ。
自宅へと戻るコーツ。
しかし…
「これは…国からの手紙…?」
「ええ。さっき伝書鳩が来て…」
慌てた様子でコーツに駆け寄るノート。
老いたとはいえ、彼女は先代の聖女。
その彼女がこれほど慌てた様子を見せるのはとても珍しい。
まだ明るいうちに伝書鳩が来て手紙を渡していった。
ノートはそう言った。
「これは…!」
国から届けられた手紙。
小さなメモ程度の小さな紙。
しかし、そこに書かれていたのは衝撃の内容だった。
「勇者キルヴァを殺害した男とその関係者の討伐…!?」
国からの依頼など一体いつぶりになるだろうか。
かつて勇者として活躍した後、コーツはこの地に移住した。
報酬金のほぼ全てを寄付したコーツが受け取った数少ないもの。
それがこの付近の土地と僅かな金だった。
そして年月をかけ山間をノートと共に開拓。
この『クレセントコーツ』の村を作った。
「ぬぅ…」
「なぜ今更あなたにそんなことを…?」
普段は祭事などには、稀に呼ばれることもある。
頻繁に、という訳では無い。
だがそれ以外の国からの仕事は基本的には無い。
ノートも困惑を隠せずにいた。
「わからん。だが…」
手紙の裏には探している男の特徴が書かれていた。
そしてもう一枚の紙。
そこには小さな紙に描かれた似顔絵が同封されていた。
「この男は…!」
「知っているの?」
「先ほど酒場で見かけたあの男!」
神に描かれていた似顔絵。
コーツはそこに書かれていた顔に見覚えがあった。
先ほど酒場にいたあの二人の男のそれだったのだから。
「この村に来てたのね…」
「そうか…」
「待って、あなた」
「どうしたノート」
「こんな要請、受ける必要ないわ」
勇者キルヴァがどれだけの悪行を重ねてきたか。
コーツ達は例の新聞でしか知らない。
しかしコーツ達がキルヴァと初めて会ったときの感覚は覚えている。
おおよそ『勇者』と呼ぶにはふさわしくない男だということを。
態度や言動を見れば人なりがわかる。
あの新聞が事実であり、国の発表が間違いなのだ。
キルヴァの性格を見れば、国を信じろ、というのが到底無理な話だ。
「あの少年がどんな人間かはあなたも理解しているでしょ」
「ああ。知っているさ。勇者と呼ぶにはふさわしくない男だ」
「因果応報だったのよ。受ける必要なんかないわ。それに…」
勇者キルヴァを殺害した男とその関係者の討伐。
その要請を断るように言うノート。
報復を受けて当然の人間だったのだ。
因果応報。
しかし、コーツは…
「いや、受けようと思う」
「どうして…」
「『勇者』が倒された、それは『勇者を倒す力を持つ者』が存在しているということだ」
国の人々は平和を求めている。
勇者を超える力を持つ者が姿を隠し徘徊している。
今の現状はまさにそれだ。
何処で燃え上がるかもわからぬ炎。
そんなものが放置されているのだ。
そうなっては、人々の心に不安の影が忍び寄る。
「その力を持つ者が人々に危害を加えぬとも限らない…」
「けど…」
「人々が安心して暮らせる世界のために…」
人々の不安の種は取り除かねばならない。
例え理由はどうであれ。
それがコーツの考えだった。
しかし…
「今のこの国の様子をお師匠様が見たらどう思うかしら…」
ノートのその呟き。
それを聞き、かつての師匠であり初代勇者であるカーシュのことを思い出す。
彼はこの国を愛していた。
今のように荒れる前のこの国を。
「…少し時間が経ってから行こうと思う」
そう言いながら自室へと戻っていくコーツ。
後に残されたノート。
一人椅子に腰かけ、自分で用意した食事を口に運ぶ。
「余っちゃったわね…食事…」
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コーツが行動を開始したのは、それから数時間後だった。
既に時刻は深夜へと移り変わっていた。
剣を手に取り、家を出る。
かつて自身が使っていた聖剣はキルヴァに渡してしまった。
今、彼が持っているのは後年に用意した別の剣だ。
「本来は盗賊や魔物の撃退に使うものだが…」
まさかこんなことに使うとは、コーツ自身も思いもしなかった。
この村に宿泊施設は少ない。
先ほどの旅人は恐らく酒場にそのまま宿泊しているはず。
コーツはそう考えた。そしてその予想は見事当たっていた。
「…」
既に店は閉店している。
当然だ、深夜なのだから。
コーツは店の裏に回り、店内へと侵入する。
もちろん中にいるコロナとカケスギに気付かれぬためだ。
一切の音を立てず、彼らのいるであろう宿泊部屋へと歩いていく。
「ッ…」
気配を最大限に殺し、部屋を覗くコーツ。
そこには彼らがいた。
酒場で話し、似顔絵に描かれたあの二人だ。
どうやら既に眠りについているらしい。
壁を背に座りながら寝ているカケスギ。
床で毛布に入るコロナ。
ベッドで寝ている子ども…
「いた…」
ゆっくりドアを開け、部屋に入る。
部屋にはもう一人、子供が寝ていたがそれは無視する。
気配を消し忍び寄り、剣に手をかける。
ここで二人を殺してしまえばすべて解決する。
しかし…
「ぐぅッ…」
ノートから言われた言葉。
それが脳裏によぎった。
『今のこの国の様子をお師匠様が見たらどう思うかしら』
この二人は勇者キルヴァを殺したと聞いた。
だが悪事を働いていたのはキルヴァの方だ。
もちろん、彼らも完全な善人では無いのかもしれない。
しかし…
「くッ…」
「う~ん…」
「はッ…」
その場に寝ていた子ども…
ケニーの寝言。
それを聞き思わず剣から手を離すコーツ。
「子どもの前で…」
彼はここでの暗殺を止めた。
しかしその代わり、宿泊部屋に置いてあったペンと紙を使い簡単な手紙を書いた。
それを目立つ場所へと置き、彼はそのまま去っていった。
来た時と同様、気配を殺しそのまま夜の闇の中へと消えていった。
「…ふん」
「帰ったみたいだな」
そう言いながら目を開けるカケスギとコロナ。
コーツがこの部屋に近づいた時点で、僅かな気配を感じていたのだ。
すぐにでも交戦できるよう、両者共に構えをとっていた。
毛布の下で。
「コーツは何を置いていった?」
「この手紙だ」
「ど~れ見せてみろ手紙」
「ほらよ」
カケスギに手紙を渡すコロナ。
そこに書かれていたのは決闘の日時と文。
そう、これは決闘の申込状というわけだ。
添えられた簡単なメッセージ。
最後にコーツのサインだった。
「ほう…」
コーツが残した決闘の申込状の内容。
『明日の夕方、村の裏の空き地で待つ』
そう書かれていた。
相手はカケスギかコロナのどちらかとなっている。
「俺かコロナ、どちらかというわけか」
「しかし何故コーツが…」
「一応あの男も国側の人間だ。そう言うこともあるだろう」
カケスギはそういって深くは詮索しなかった。
確かに彼の言うとおり。
先代とはいえ、彼は勇者。
コロナたちとは違う、国側の人間なのだ。
彼の真意は分からない。
しかし…
「決闘か」
「キルヴァの時と同じくオレが…」
「いや、待て!」
珍しくカケスギが声をあげた。
それに反応したのか、寝ていたケニーが少し起きかけてしまった。
カケスギもこれはまずい、と思ったのだろう。
しばらく口を閉じ黙り、再び彼が眠るのを待つ。
幸いなことに、ケニーはそのまま眠りについた。
「…俺が行く」
「カケスギ、お前が…?けど何故わざわざ…?」
「先代勇者コーツ。俺がどうしても戦いたい相手だからだ…!」
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