第七十五話 先人が眠る村 クレセントコーツ
霧の谷で魔術師の少女ニーファと出会ったコロナ。
迷っていたところ彼女に救われた。
彼女を魔物の襲撃から救うため、その場で出会った女騎士エリムと一時共闘。
霧が晴れ、コロナは二人に別れを告げ霧の谷を出た。
そして先行していたカケスギ達を追っていった。
「…で、この村で追いついたと」
「ああ。十日待つって言ってたからな、カケスギ」
「ふん」
霧の谷を抜けた先にある小さな村。
小高い山の中にある『クレセントコーツ』がそれだ。
山岳地帯に作られた村。
カケスギたちはそこでコロナを十日間待つことにしていた。
そして七日目にようやく彼が到着したのだ。
「いつも通り酒場で滞在してるのは分かってたからな」
旅人が利用できる酒場の宿泊部屋。
カケスギ達はいつも通りそこにいた。
コロナが店に入ったちょうどその時、カケスギはマリスと二人で遅めの昼食をとっていた。
「二人とも何喰ってんの」
「日替わり。今日はポトフだって」
「一番安かったので…パンとサラダもつきますよ」
「なるほど」
そういうカケスギとマリス。
値段はあまり気にしないが、特に食べたいものも無い。
二人が食べているものと同じものを注文し、コロナは席に座った。
「他の奴らは?」
「レービュのヤツは村の外れで特訓してる」
クレストコールの街でのアレックス・サンダーとの一戦。
あの一戦は同じような能力同士での勝負だった。
互いに増幅魔法を用いての戦い。
それに負けたのがよほど応えたらしい。
以前からあった新技の構想を研究中だとか。
「ソミィとケニーは?」
「外で遊んでいるみたいですね。どうやら現地の子に知り合いができたみたいで…」
「そっか、あいつらも遊び盛りだしなぁ」
マリスの言葉にコロナはそういいながらそう頷いた。
旅の中ではまともに遊ぶこともできないだろう。
そう考えると、少しの間とは他者と交流を持つのはいいことかもしれない。
「カケスギ、刀は?」
「ちょっと手入れ中だ。しばらく粗く使いすぎたからな」
カケスギが持つ名刀『五光姫狐』、それが彼の腰から消えていた。
奥の部屋になかったので、てっきり彼が持っていると思ったのだが。
どうやら手入れに出しているらしい。
もちろん、旅の中でカケスギ自身がある程度手入れをしてはいる。
しかし限界がある。
「ちょうどこの村に刀匠がいると聞いてな。預けてきた」
以前のクレストコールの戦いの後、ゴタゴタのまま街から出てしまった。
無駄な事後処理や追手を避けるためだ。
そのため、どこかでゆっくり手入れをしたかったらしい。
「カケスギ、今日は酒を飲まないのか?」
「ん…?ああ、そうだった。すっかり忘れていた…」
珍しくカケスギが酒を飲んでいなかった。
いつもなら酒場ではほぼ安酒を飲んでいるのだが。
当の本人もすっかり忘れていた、という表情だ。
彼がこんな顔をするのは珍しい。
慌てて酒とつまみを注文した。
「カケスギさん、あなたが来るまで酒は飲まないって…」
「あっ…」
「ふん。飲む相手がいないとつまらんからな」
そう言うカケスギ。
それと共に丁度、注文した酒が出てきた。
よく彼が飲んでいる安酒。
いつもはそれとは個別に酒を注文することが多いコロナ。
だが、今日はカケスギの酒を貰うことにした。
「来たぞ酒、一緒に飲むか?」
「ああ。いただくよ」
つまみと共に酒を呑む二人。
マリスは酒はあまり呑まないのでそのまま食事を続けていた。
と、その時…
「あ、いらっしゃい」
「いつものを頼む」
「はいよコーツさん」
店内に来客。
入ってきたのはコーツだ。
その名を聞き、一瞬反応を見せるカケスギ。
だがコーツは特にそれに気付いている様子は無い。
そのまま店主の中年女性と話を続けていた。
「実は今日、珍しいことがあってな」
「どうしたんだい?」
「いや、師匠の墓に白い花が手向けてあったんだ」
「カーシュさんの墓にかい?珍しいねぇ」
その話を聞いていたマリス。
食事をしながら、彼女はふとあることを思い出した。
それは…
「お墓ってさっきの村の隅の…カケスギさんが置いた花?」
マリスの呟いた言葉。
朝方にカケスギが花を探していたのを思い出したのだ。
珍しいこともある者だ、とマリスもそれを手伝った。
それを聞いたコーツが彼女の元へとやってきた。
「…君たちはさっきの旅人!」
「え…?」
「師匠の墓に花を置いてくれたのは君たちか…?」
「置いたのは俺だ」
このまま黙っている理由も無い。
そう思ったのか、コーツにそう言い放つカケスギ。
それを聞いたコーツは軽い笑みを浮かべ、礼を言った。
「ありがとう」
「このクレセントコーツの地に偉大なる先人が眠ると聞いたからな…」
「クレセントコーツ…そうか…!」
クレセントコーツにあるという墓。
それを聞いてコロナは思い出した。
この地に初代勇者である『カーシュ』が眠っている、ということを。
数年前、護人時代に一度この村を訪れていたことも。
「あの、どういうことですか?」
唯一状況を掴めぬのはマリスだった。
無理も無い。
一般人からすれば、初代勇者はすでに忘れ去られた過去の存在。
知らなくても無理はない。
小声でそっとコロナに尋ねた。
「ここには初代勇者のカーシュの墓があるんだ」
「初代…勇者ってたくさんいたんですね」
「ああ。キルヴァが三代目だな」
それを聞き頷くマリス。
彼女は、勇者と言えばキルヴァしか知らなかった。
勇者が代替わりするものということも。
「じゃあ、もしかしてこの方は…」
「初代勇者のカーシュの弟子、コーツだ」
「二代目の勇者か」
そう言ってコロナたちのテーブルに同席するコーツ。
彼を見たカケスギがふと笑った。
そしてある事を彼に尋ねた。
「『湯治の村』、『魔人ジャイアント・フリッパー』、覚えているか?」
「ああ。懐かしいな。随分と昔のことだが、昨日のことのように思い出せる…」
かつて約百年前に討伐された魔王軍。
その残党、或いは生き残りの子孫か。
数十年前、魔人ジャイアント・フリッパーがとある町を荒らしていた。
当時はまだ国の軍が弱く、まともな対抗手段も持ち合わせてはいなかった。
しかしそれを当時の勇者と聖女が討伐した。
コーツとノートだ。
村人の願いを聞き入れ、魔人討伐を行った。
そして魔人ジャイアント・フリッパーを聖剣の一刀のもとに倒した。
「酒場の店主のことは?」
「あの時の店主か!懐かしい、あの時はノートと一緒に三人で飲み明かしたなぁ…」
「実は店主に会って話を聞いたんだ」
以前、コロナたちは湯治の町を訪れた。
そこでカケスギはコーツの話を聞いたのだ。
コーツの戦いの記録、伝説、当時の噂話など…
それをカケスギは酒を呑みながら話した。
「もしよければ、『また会いたい』と店主は言っていた」
「…まだ同じ場所で店を?」
「ああ。当時と変わらず、と言っていたよ」
当時のことが昨日のことのように脳裏に思い浮かんでくる。
ノートと二人で旅をしたこと。
そのたびの中で様々な人々と出会ったこと。
勇者としての最後の戦い。
謝礼金や受け取った資産のほぼ全てを貧しい者に分け与えたこと。
その後、手元に残された僅かな金を受け取り旅立ったこと…
「よく知っているな、若いの」
「まぁいろいろとな」
そういいながら、コーツの持つ酒の器に酒を注ぐカケスギ。
どうやら二人ともまだ話したいことがいろいろとあるらしい。
互いのことだけでは無い。
初代勇者カーシュについてもだ。
「初代勇者カーシュはとても偉大な人物だと聞いている」
「ああ、そうだ。世俗的な欲もほとんど無く、彼は常に平和を考えて行動していた…」
今から半世紀以上も昔。
初代勇者であるカーシュはこの国を救った。
当時はまだ国の軍がまともに整備されていなかった。
そこを狙い、魔物の軍勢が襲ってきたのだ。
それと戦ったのがカーシュだった。
当時はだ幼い少年だったコーツと少女だったノート。
二人と共にこの国を救ったのだ。
「その後も師匠は各地を回り、身を粉にして平和に貢献した」
その活動はコーツが二代目勇者と呼ばれるその直前まで続いたという。
しかし、意外なことにカーシュの出自は明らかになっていない。
彼がどこから来たのかは誰も知らないのだ。
「風のように現れ、そして去っていった…」
「風のように…か…」
そう言って酒を呑むカケスギ。
伝説の勇者カーシュ。
その活躍はとても短時間で語りつくせるものでは無かった…
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それから数時間後。
酒場で旅人達と別れたコーツ。
彼は自宅へと戻る帰路についていた。
酒を呑んだとは言っても、酔うほどの量では無い。
愛する妻であるノートが夕食を作り待っているのだ。
時刻的にはちょうどいい具合だ。
「今帰ったぞ」
いつも通りの帰宅。
部屋からは夕食の匂いが漂ってきた。
スープか何かに昼間の燻製を使ったのだろう。
とてもいい香りだ。
しかし…
「あ、あなた!」
「どうしたノート?」
慌てた様子でコーツに駆け寄るノート。
老いたとはいえ、彼女は先代の聖女。
その彼女がこれほど慌てた様子を見せるのはとても珍しい。
彼女の手には、あるものが握られていた。
「これは…国からの手紙…?」
「ええ。さっき伝書鳩が来て…」
まだ明るいうちに伝書鳩が来て手紙を渡していった。
ノートはそう言った。
彼女の手からそれを受け取るコーツ。
「これは…!」
国から届けられた手紙。
そこに書かれていたのは衝撃の内容だった…
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