第七十四話 先代勇者コーツ
霧の谷を抜けた先にある小さな村。
小高い山の中にある『クレセントコーツ』がそれだ。
山岳地帯に作られた村。
しかしかつては元々は何もないような土地だった。
そこをとある者達が開拓したのだ。
ある晴れた日の静かな正午過ぎ。
クレセントコーツの村の外れにある丘。
霧の谷の深部を見下ろせる位置にあるその場所におかれた一メートルほどの岩。
それはとある人物の墓。
そしてその墓の前で手を合わせる初老の女性が一人…
「…」
眼を閉じ、かつての師との記憶に思いを馳せる。
齢六十を過ぎているが、その深く刻まれた皺中にもの美しさはいまだ健在。
風に靡く薄金色の髪、白い肌。
その女性こそ、かつての勇者パーティで聖女として旅をした先代聖女。
聖女『ノート』だった。
「お師匠さま…」
墓の下に眠るのは彼女の師匠。
そして初代勇者でもある勇者『カーシュ』だ。
カーシュが愛したこの国。
そして豊かな自然。
王都から近く、自然の豊富なこの地に彼女たちがカーシュを埋葬したのだ。
…もう半世紀近くも昔の話になる。
「いつも通り、お団子を置いていきますね」
そう言ってノートは、墓に備えるための小さな団子を一つ取り出す。
かつて師であるカーシュが好きだった芋の粉から作った団子だ。
この小さな団子を墓に備えるのが、彼女の毎日の日課となっていた。
「…あら」
墓の前におかれた石の祭壇。
そこには先客が置いたであろう白い花が供えられていた。
白はカーシュが好きだった色。
それを知っているのは、今となってはほとんどいない。
先代聖女であるノート。
そして…
「あの人かしら、珍しい…」
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「ぬぅ…」
大きなクマの死体を背負い歩く一人の初老の男。
二メートル近くあろうクマを背負いながら歩くその姿。
服の下から僅かに覗く鍛え抜かれた身体。
その姿はまさに、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の戦士そのもの。
濃藍色の髪に浅黒い肌、堀の深いその顔、伸びた髭…
それらには、どこか野性的な雰囲気も感じる。
「ふぅ…」
そしてクマの死体をクレセントコーツの村にある肉屋へと持っていく。
裏山にクマが出たというので倒してほしい、との依頼を受けていたのだ。
そのまま放置するよりは肉屋に持っていき解体。
食肉にした方がいい、と考えたのだろう。
「おお、これはこれは…」
「また解体を頼むよ」
慣れた対応でクマを受け取る肉屋。
獣肉を猟師から受け取ることは多いが、これほどの物は久しぶりだ。
「この歳になっても、やはり解体は慣れなくてね…ハハハ…」
「ははは、『勇者様』にも苦手なモノがあるんですね」
「勇者か…昔の話さ」
肉屋の言葉にそう答える『勇者』と呼ばれたその男。
しかし勇者と言ってもキルヴァでは無い。
先代の勇者として活躍した男。
かつての勇者パーティで勇者として旅をした先代勇者。
勇者『コーツ』だった。
「そうだ、いつもとは違う木で燻製を作ってみたんですよ。持っていってくださいよ」
「それはありがたい。少しもらおうかな」
紙袋に入った燻製を受け取るコーツ。
クマの肉の礼というわけだ。
それを持ち、家への帰路へつく。
見慣れた道、村の建物。
しかし、一つ普段と違うものがあった。
「ん?旅人か…」
若者と子供数名で構成された旅人と思われる一行。
それを街角で見かけた。
この村に旅人とは珍しい。
昔は王都へ行くにはこの村を通る必要があった。
しかし、最近は王都への迂回の道が新しくできたのだ。
「珍しいな」
わざわざこのクレセントコーツの村を通るとは珍しい。
よほどのもの好きか、変わり者か…
そう思いつつ、家へと戻る。
村の中心から少し離れた場所。
そこに彼の住む家はあった。
「帰ったぞ」
特別大きくも無く、小さくも無い。
極々ありふれた作りの家だ。
扉を開け、中に入る。
「なんだ、まだ帰っていないのか」
燻製の入った紙袋をテーブルに置き、椅子に座る。
と、丁度それとほぼ同時に家の扉が再び開いた。
「あら、先に帰っていたの?あなた」
「ははは。こちらの方が速かったな、ノート」
手に小さな籠を持ったノートが帰ってきた。
墓参りのついでに買い物も済ませてきたらしい。
籠には食材と生活雑貨が数点入っていた。
茶を淹れ、コーツの対面に座る。
「はい、お茶」
「ありがとう。…ほら、これ」
そう言ってコーツは紙袋を渡す。
先ほど肉屋からもらった燻製だ。
中に入っていたのは肉の燻製が数点。
そして試作であろう野菜やチーズなど肉以外の燻製が数点。
「あらあら」
「料理に使えないか?」
「このまま食べるのもいいけど、いろいろ使えそうね」
燻製を眺めながらそう言うノート。
そして籠から買ってきた品物を取り出していく。
そのついでに、彼女はある事を尋ねた。
「ねえ、あなた?」
「どうした」
「今日、お師匠様のお墓に行ったの?」
「いや、行ってないが…どうしたんだ?」
「お墓に白い花が供えてあったから。あなたかな、って」
「師匠の墓に…?」
今の時代、カーシュが好きだった物を知るものは少ない。
なにしろ彼が活躍したのは半世紀以上昔のことなのだ。
供えられたものがたまたま白い花だっただけなのではないか。
コーツはそう言った。
「そういえば…」
コーツは先ほど、この村に旅人がいたことを話した。
子どもが二人、十代から二十代の男女が数人。
そこそこの人数だ。
子どもを連れていることから盗賊の類では無いと思われる。
「もしかしたら師匠のことを知る旅人だったのかもしれんな」
「あら珍しい。この時代に…」
「今や勇者と言えば、キルヴァとかいうあのガキだからな…」
コーツとノート、一応彼らもキルヴァとは一度会ったことがある。
いつかは忘れたが、何らかの祭典の時だった。
初代勇者であるカーシュとは比べ物にならぬ小物。
婚約者という女以外にも、別の女を連れていたのを覚えている。
「ふん…」
とはいえ実力はあるとのこと。
コーツはあの男が勇者として適正なのかを王に直訴したこともあった。
しかし人手不足と国からは説明を受けた。
王もそれで納得している、と。
そして今更先代であるコーツとノートが出ることも無い。
いろいろと仕方がないのだろう。
そう考えていた。
だが…
「そういえば、あの新聞に書かれていたことは…」
「国は否定しているが、あの小物ならやりかねんからな」
二人はルーメの新聞を読んでいた。
当然、そこに書かれていたキルヴァの悪行も。
国は否定しているが、二人はある程度真実を察していた。
とはいえ、国側がそれを素直に認めるわけにはいかない、というのも理解できないわけでは無い。
しかし…
「あなた…」
「わかっている。この国が今、混沌としているくらいはな…」
最新号の新聞には『藩将アレックス・サンダー撃破』との記事が掲載されていた。
最強の藩将であり、本来ならば人々を護る地位にあるはずの男。
悪行を働いていたアレックスとミュールス、そしてその部下たち。
それが民間人によって討たれた、と。
「昔はこんなに荒れてはいなかったわね」
「ああ…」
遥かな遠い昔…
それを思い出しながら物思いにふける二人。
かつて二人はカーシュと共にこの国を旅していた。
コーツとノート、二人の師匠。
そして、後に初代勇者と呼ばれるようになった伝説の男と。
「時代は移りゆくものね」
「ああ。そうだ。それに…」
「今の私たちにできることは何も…」
「ああ。老い先短い我らには…もう…」
そう行ってお茶を飲み干すコーツ。
せっかくの茶も不快な者達を思い出してしまい気分が悪くなってしまった。
「…少し酒場に行ってきてもいいか?」
「ええ。珍しいわね」
「ノート、お前も来るか?」
「今日はそんな気分じゃないわ」
「そうか…」
夕食前には戻る。
そう言うコーツ。
そして彼は酒場へと出かけて行った。
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