第七十三話 青く晴れる霧
コロナとエリム。
その前にいるのは二十体近くの魔物の群れ。
手負いだったエリムの血の臭いをかぎつけやってきたのだろう。
しかし相手は小型の魔物がほとんど。
戦いなれた二人の敵では無い。
「おい男、そっちは任せるぞ」
「引き受けた!ゴブリンどもは頼むぜ」
「おお!」
ゴブリンの相手はエリムに任せる。
小型獣型魔物どもはコロナが相手をする。
数では小型獣型魔物の方が多い。
だが、戦闘能力はゴブリンよりもこちらの方が低い。
「来るか…!」
『ウグゥゥゥゥゥゥゥ!』
その言葉とほぼ同時に小型獣型魔物がコロナに襲いかかった。
襲い掛かってきたそれらを数体、衝撃波で吹き飛ばす。
さらにその一連の攻撃を剣で受け流し相手のバランスを崩す。
別の一体が突進してくるも、それを軽くかわす。
「おっととと…危ないな…」
『ゲッギィィィィ…!』
一瞬の出来事に虚を突かれた小型獣型魔物。
だが、それを見て一斉にコロナに襲いかかる。
小型獣型魔物は本能的に集団戦闘が可能なのだ。
だが所詮は低級の魔物に過ぎない。
『ゲギィィィィ!』
「ぬッ…!」
そんなコロナの声など聞く耳を持たず。
再び襲い掛かる小型獣型魔物たち。
動きは速いがその攻撃はほとんど意味を持たない。
充分視認で対応できる範囲。
気さえ抜かなければ負けることは無い。
『ガァァァァァ!』
「いい加減止まれ!」
『グゥゥゥゥ…』
一瞬で間合いを詰め、一体の小型獣型魔物の前に立つ。
蹴りで一体を岩に叩きつけ抹殺。
再び三体の頭部を叩き割った。
その勢いのまま数体の頭部を貫く。
剣でその一体の頭部を潰す。
残り四体を手刀で切り捨てた。
逆の片手で数体の首の骨をへし折る。
「ずぇあッ!」
小型獣型魔物の腹に向け鋭い手刀を繰り出すコロナ。
攻撃の最中に放たれた、その一撃。
いくら反射神経に優れた小型獣型魔物でもこれは流石に避けきれない。
肉が裂かれ、小型獣型魔物の内臓器官にまで激しい損傷を与えた。
『ゥゥゥゥ…ッ!ゥゥゥ…ッ!』
あふれ出る鮮血、赤く染まる肉。
手刀で貫かれた小型獣型魔物は絶命。
そのまま息絶えた。
これで最後の魔物を倒し終えた。
「おわったか、遅かったな」
そう言いながら現れたのはエリム。
どうやら彼女の戦いは先に終わっていたらしい。
返り血を浴びてはいるが、本人に怪我は無さそうだ。
「やっぱり獣型はすばしっこくてな、苦手なんだ」
「そうか。手馴れているように見えたが」
「ははは。本業じゃないんだけどな。そう言われると嬉しいぜ」
「ふふ、そうか」
「ははは…!」
そう言ってハイタッチをする二人。
自然と笑みがこぼれてくる。
「ニーファさんにもう倒した、と伝えてくるぞ」
「ああ。頼むよ」
「死体の処理、任せてもいいか?」
「ああ。やっておく」
ニーファに戦いが終わったことを伝えるため、一旦屋敷へと戻るエリム。
一方のコロナは、倒した魔物の死体を一か所に集め処分することに。
放っておけばまた別の魔物や動物が死肉を漁りにやってくる。
そうしないためにもある程度の処分は必要だ。
「さてと…」
そう言って浅くて大きな穴を数個掘るコロナ。
そこにゴブリンの死体を放り込んでいく。
小型獣型魔物は後回しだ。
と、そこにエリムが戻ってきた。
報告が済んだのだろう。
「伝えてきたぞ」
「ああ。ありがとう」
「それと、霧の晴れるのがいつか分かったぞ」
どうやら今日の昼過ぎ頃から霧が晴れるらしい。
今日のような特に霧の濃い朝はそのような傾向がとても強いのだという。
旅話と魔物討伐の礼として食料を分けてもらうこともできたらしい。
後ほど屋敷で渡すという。
それをあることをしながら聞くコロナ。
「何をしているんだ?」
「肉をとってるんだよ」
「魔物のか?」
「ああ」
そう言って何かを差し出すコロナ。
それは紙にくるんだ肉だった。
先ほどコロナが仕留めた小型獣型魔物の肉だ。
エリムがそれを理解するのにそう時間はかからなかった。
真っ赤な赤い色をしており、脂肪のほとんど無い上等な肉。
少なくともエリムにはそのように見えた。
味の方は分からないが。
「魔物の肉ってうまいのかな?」
そうコロナに尋ねるエリム。
彼女が知らないのも無理はない。
魔物の肉というのは、市場にはあまり流通していな。
味の良いものが少なく、保存も難しい。
わざわざ狩猟する程の価値も無い。
「ああ。以前に友達からもらったのを喰ったんだが、結構うまかったぜ」
魔物の肉に関してはあまり味の知識は知れ渡っていない。
魔物狩りのハンターの間で、少し食べられている程度だと言う。
特にこの小型獣型魔物に関しては。
しかしコロナは知っていた。
以前の魔物狩りの際にカケスギが取った肉。
それを二人で調理して食べたことがあった。
「干し肉に加工しても美味かったな」
「へぇ、初めて知ったぞ」
「あんまり出回らないからな。仕方ない」
「うん」
「ただ普通の獣肉よりはいろいろと劣るから、魔物を狩ったついでに喰うってくらいだけどな」
濃い味付けをつけた干し肉ならば、ある程度肉質が劣っていても関係ない。
そのまま食べてもよし、スープに使ってもよし、焼いてもよし。
特にスープはソミィに好評だった。
コロナとカケスギは、アレ以降濃い味付けをつけて魔物の肉を食べるようにしている。
「少しもらってもいいか?」
「ああ。だけどこのまま焼いて食べるのはおすすめしないぞ」
「そうなのか?」
「臭いがキツイから…」
魔物の肉は臭いがキツイ。
ゴブリンの肉ほどではないが、小型獣型魔物もその傾向が強い。
そのため単にそのまま焼いただけでは食べるのは難しい。
食べるのなら香料なども使うといい。
コロナはそう言った。
「なるほど…」
「まぁどっちたにしろ、魔物の肉はあんまり取れないからな…」
そう言ってコロナは死骸からあるものを抜き取った。
それは小型獣型魔物の牙だった。
一部の村ではアクセサリーの材料などとして需要がある。
ある程度数を集めればそこそこの金になるのだという。
「牙もとるのか」
「まぁな」
「ゴブリンはどうするんだ?穴になんかいれて…」
「あっちは特に取るものも無いからなぁ…」
かつてコロナの友であるカケスギはゴブリンの肉を食べていた。
しかし匂いがきついため、このテルーブ王国ではゴブリンは食用では無い。
以前のカケスギも匂い消しのため大量の香草を使っていた。
コロナもゴブリンの肉だけはさすがに食べられなかった。
「オレの連れがゴブリンの肉を喰っていて驚いたよ」
「あんなもの喰うのか…」
小型獣型魔物の時とは違い、明らかに引いた様子を見せるエリム。
それも仕方がない。
この国ではそもそも食料として見なされていないのだから。
「よし」
主要な肉と牙を回収し終わったコロナ。
残った小型獣型魔物の部位を先ほどのゴブリンの死体の入った穴に放り込む。
そして…
「よっと!」
火魔法でその死体を燃やす。
とはいえまだまだ中途半端なもので戦闘用では無い。
そのため彼はもっぱら生活用の魔法として使用している。
燃え終わったら埋めてしまえばそれでいい。
「とりあえず、ひと段落ついたな」
「そうだな。一旦屋敷に戻るか」
「ああ、そうだな」
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その後屋敷に戻ったコロナ。
ニーファからの礼を受け、食事もご馳走になった。
そうしているうちに霧が徐々にはれ始めた。
コロナは最大限の礼を言い、霧の晴れた荒野を歩き始めた。
「行ってしまったか…」
「貴女も出発する?エリムさん」
「少し休んだら出発しようと思う」
そう言いながら、ニーファに対し頭を深々と下げるエリム。
もしニーファが居なければ、エリムはずっと霧の中で迷っていたかもしれない。
「ありがとう、貴女は命の恩人だ」
「いえいえ、そんな…」
「…そう言えば」
エリムはすっかり忘れていた。
さきほど共に戦った『あの男』、彼からその名前を聞くことを。
「先ほどの男、名を聞くのを忘れてしまったな…」
「レンという方よ。フルネームは聞かなかったけどね」
「レン、か…」
先ほど共に戦った…
一夜を共に明かしたあの男。
好意というほどの物ではない。
だが、少し気になるところもあった。
「気のいいヤツだった。いつかまた会えるかな…」
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