第七十二話 エリムの真意
起きてきたエリムを迎え入れるコロナ。
どうやら腹が減っていたらしい。
残っていた食事を彼女に渡す。
そして軽く笑いながら酒を飲むコロナ。
そのままエリムの話を聞くことにした。
「私がな、ここに来たのは…むむむ」
「喋りながら喰うなよ」
再び喉を詰まらせそうになっていた。
なので彼女に水を渡す。
それを飲み食事を流し込むエリム。
そして話を再開した。
「私がここに来たのは、『勇者キルヴァ』殺害の犯人を捜すためだ」
「…ッ!」
コロナの動きが一瞬止まった。
しかしエリムは特に警戒する様子などは見せていない。
どうやら彼女は『目の前にいる男』がその原因を作った男だとは知らないようだ。
一応、直接殺害したのはレイスとパンコだ。
だが、原因を作ったのは間違いなくコロナだ。
「どうした?」
「いや、勇者は国外で戦っている、と聞いたが…?」
勇者キルヴァが殺された、というのはあくまで新聞で出回っている都市伝説。
国の公式発表では、彼は『海の向こうの大陸で戦っている』ということになっている。
だが、エリムはそれを否定した。
元々そんな公式発表を信じている者など、ほとんどいないのだ。
情報のほとんど入らぬ田舎でない限りは。
「いや、彼は殺されたんだ。そして晒し者にされた…」
「そ、そうなのか…」
「ああ。公式では発表されていない話だ。驚いても仕方ないか…」
「なるほど、国の人が言うなら間違いないな」
そう言いながら酒を飲むコロナ。
キルヴァの首は晒し首にする。
確かに彼との決闘の後、パンコとレイスからそう聞いてはいた。
しかし実際に実行されていたと改めて聞くと、とても複雑な気分になる。
「しかしいいのかい?国の人がはっきりと『勇者キルヴァ』は死んだって言っても」
「調査のためだ。それに…」
エリムは言った。
キルヴァが国外で戦っている、と信じている者はほとんどいないのだ、と。
これまでエリムはいくつかの集落で聞き込みを行った。
王都に近い集落の者や、キルヴァが一度でも訪れた村の者など。
そのほとんどは、公式発表を信じていなかった。
「そうなれば、もう隠す必要も無いかなって…」
「そうか…」
「その殺害の犯人である男の名は聞いている」
「…どんな名前だ?」
「かつてのキルヴァの仲間だった男、『コロナ』というヤツだ」
それを聞き、内心驚きつつも平静を保つコロナ。
やはりいきなりその名前を出されると驚いてしまう。
しかしそれを悟られぬよう、ゆっくりと酒を飲む。
ここでコロナの名前が出た、ということはやはりミーフィア経由で伝わってきたのだろう。
それ以外のルートから知ったのであれば、レイスやパンコ…
あるいは『西方の生花商売業者のローザ』の名前が出るはずだ。
「その男は逆恨みで勇者キルヴァを殺したらしい!とても勝手なヤツだ!」
「…」
怒りの表情を浮かべながら叫ぶエリム。
この彼女の怒りを治めるのは難しい。
コロナはそう悟った。
ここで話題を少し『コロナ』から変えることにした。
「なぁ、アンタはなんでキルヴァを殺した相手を探しているんだ?」
「ん?」
「だってさ…」
探すだけならば、騎士団長がわざわざ出なくてもいい。
それこそ諜報員や調査員などを派遣すればいいのではないか。
そう言った。
「私も分かってはいる。それが最善だと。だけど…!」
コロナから酒を奪い取り、それを一気に飲み干すエリム。
彼女が自身で犯人を捜す理由。
それは…
「彼は私に女としての悦びを教えてくれた。その想いに答えるためだ」
「あっ…」
その言葉を聞き、察するコロナ。
エリムは騎士として修行の日々を送ってきた。
あまり異性と付き合う機会も無かった。
キルヴァが初めて関係を持った相手だったのだろう。
「彼の無念を晴らすため、どうしても体が動いてしまうんだ」
「なるほど…」
このエリムという人物。
良くも悪くも真面目な人物なのだろう。
しかし中々気難しそうな人物である。
ここで『コロナ』の名を名乗らなかったのは正解だったといえる。
もし名乗っていたら非常にややこしいことになっていただろう。
「よくは分からんが、まぁくよくよ悩んでいても仕方ないさ」
「恩人の言葉だ、素直に受け取っておこう」
「まだ酒はある。一緒に飲まないか?」
ニーファが飲みかけだった軽い酒。
それを取り出すコロナ。
黙って器を差し出すエリム。
「料理ももらうぞ」
「ああ。残されるよりずっといいさ」
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異変が起きたのはその翌日だった。
結局、広間で二人とも一緒に夜を明かした。
あの後も二人の対話は続いたが、先に進むにつれ酒が入りよく分からなくなっていった。
後半はあまり記憶も無い。
「ん…?」
何か妙な気配を感じたコロナ。
外から見えないよう、カーテンに身を隠し窓から外を覗く。
そこにいたのは二十体ほどの魔物の群れだった。
ゴブリン、オーク、小型犬型魔物。
知能をほとんど持たぬ魔物たちで構成された群れだ。
一体一体の戦闘能力は低いが、まとまると厄介だ。
「魔物の群れだ」
そこにちょうどエリムも現れた。
そして同じように外を見る。
「やはり奴らか…」
昨日のエリムの言葉を思い出した。
彼女はとある村の住人に依頼され、魔物を討伐した。
恐らくあの魔物たちはその復讐に現れたのだろう。
討伐された仲間に対する復讐だ。
「けど、何でこの場所が分かったんだ?」
「あいつら、小型犬型魔物を何匹か連れているんだ」
この霧では方角すらまともに分からない。
しかし小型犬型魔物を使えば進むべき道は分かる。
エリムの血の匂いを追ってここまでたどり着いたのだろう。
魔物の本能を利用した追跡法、という訳だ。
「クッ…」
「面倒だな。霧も晴れて絶好の出発日和だったのにな」
そう言うコロナとエリム。
せっかくの出発日和。
それを台無しにされ、あまり機嫌がよくないのかもしれない。
と、そこに…
「ニーファ…」
現れたのは屋敷の主である少女、ニーファ
一体何が起きているのか。
二人に聞きに来たのだ。
「あの魔物たちは…?」
「申し訳ない。私を追ってきた魔物だろう」
深々と頭を下げながら、そう言うエリム。
自分が取り逃がした魔物が仲間を連れてやってきたのだ。
とても申し訳ない気持ちになってしまった。
そしてエリムはある事を言った。
「私が倒してくる。二人は…っ」
しかしそう言いかけたその時、コロナが彼女の肩を掴んだ。
無言ではあるが、なにが言いたいのかは理解できた。
『俺も戦う』
ということなのだろう。
それを受け、軽く頷くエリム。
「…いくか」
「ああ」
そう言って屋敷から出る二人。
その前にいるのは二十体近くの魔物の群れ。
コロナとエリムが前に出る。
エリムは長めの剣を持っていた。
「私が呼び寄せてしまった魔物だ。始末はつける」
「宿代替わりだ。魔物払いくらいしないとな」
相手が魔物の群れ二十体近く。
それに対しコロナたちは二人。
数では負けているが…
「いくぞ!」
「おお!」
そう言って二人は魔物の群れに突撃。
攻撃を仕掛けた。
酔い覚ましの運動にはちょうどいい。
そう考えながら。
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