第七十一話 女騎士エリム、来訪
あれからすっかり日は落ち、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。
この谷は濃霧のせいで昼でも暗かった。
だが、やはり夜になるとさらに暗くなる。
そのため、このままで歩くのは危険だ。
コロナは霧が開けるまでの数日はこの屋敷に留まることとなる。
「ニーファさんには感謝しないとな…」
ベッドに寝転がりながらそう言うコロナ。
彼女の話によると、今行っている魔術の研究などは国からの支援などもあって成り立っているらしい。
研究結果や国からの依頼と引き換えに金や食料などを貰っている。
しかし屋敷の立地ゆえにあまり外出はしない。
そのため、彼女の手元にはどうしても金が有り余ってしまうと。
どうしても趣味に使ってしまうのだという。
彼女の場合、それが料理と旅人の話を聞く、ということなのだろう。
「確か食事は広間でだったな」
そう言ってベッドから降りるコロナ。
昼間に茶を飲んだ広間。
そこには、ニーファが腕を振るったであろう料理が並べられていた。
ポトフやフライ、サラダやパンなどだ。
その他小料理が数点並んでいる。
「ふふ、ちょっと張りきっちゃったわ」
「ニーファさんって料理うまいんですね」
「こんなところに住んでると嫌でもうまくなるものよ」
そう言いつつ、食器をとるコロナ。
普段はあまり上等な食事をとっていないコロナ。
それだけに、こんな上等な料理は随分と久しぶりだ。
しかし、二人が食事をとろうとしたその時だった。
「…ん?」
屋敷の中に乾いた木を叩く音が響いた。
数回ほど。
それは屋敷のドアを誰かが叩いたということだ。
しかしこんな辺境の地に一体誰が…?
「お客さんかしら…?」
「待って、ニーファさん。俺が出ます」
「え、ええ」
コロナの様に迷い人なのか。
あるいはもっと別の何かなのか。
盗賊の類か…?
或いは考えたくはないが、コロナへの追手か…?
とにかく、ニーファに出迎えをさせるわけにはいかない。
「一体誰が…」
そう言いながら屋敷の扉を開けるコロナ。
一応すぐに戦闘ができるように態勢を整えながら。
そこには一人の少女がいた。
年齢は彼とだいたい同じか少し下くらい。
気の強そうなその鋭い目つき。
必要最低限な部分のみを護るための軽量の鎧。
ショートに纏められた明るい銀色の髪。
疲労がたまっているのか、壁にもたれかけ肩で息をしていた。
「よかった…人がいた…」
「お、おい!大丈夫かよ!?」
コロナを見て安心したのか、その少女は突然気絶してしまった。
これでは食事どころではない。
彼女を屋敷に運び治療を施すことにした。
とりあえず空いた部屋のベッドに少女を寝かすことに。
「一体この人は何者なのかしら?」
ニーファが、彼女の身に纏っていた鎧を一旦脱がせ、肌着の身にする。
傷の手当てをし応急処置として包帯を巻く。
汚れていた身体をタオルで拭き、薬と薬を塗る。
あとはコロナの魔法で治療すれば大丈夫だろう。
怪我自体は軽いものだったが、疲労がひどいようだ。
「身なりからして旅の遭難者という感じ。貴方と同じくね」
「俺と同じ霧のせいで遭難したってわけか」
「しばらく安静にした方がいいわね。怪我よりも疲労がひどそうだから」
出血がひどいようにも見えるが、どうやら軽い切り傷らしい。
剣による傷などでも無く、尖った岩にぶつかったのかもしれない。
この辺りは視界が悪い。
慣れない者ではどんな怪我をするか分からない。
「ええ…」
「そうだ、お湯とタオルを持ってきてくれないかしら」
「あっちの部屋ですか?取ってきますよ」
魔法で怪我は治せるが、それにもある程度限界はある。
とりあえずしばらくは様子を見ることにした。
そしてコロナにタオルとお湯をとってくるように頼むニーファ。
清潔なタオルとお湯はいくらあってもよい。
薬などは幸いこの部屋に置いてあった。
と、その時…
「う、うぅ…」
「お、目が覚めたか」
「ここは…屋敷の…なかか…?」
少女が目を覚ました。
屋敷にやはり違和感を感じる少女。
だが、いまはそんなことを言っている場合ではない。
足を伸ばそうとするが傷のせいでうまく動かせないようだった。
痛みに顔を歪めながら、コロナたちに目を移す。
「さっきの男は…?」
「彼がここまで貴方を運んだのよ。もう少し寝てた方がいいわ」
ニーファの言葉を受け再び身体を寝かせる少女。
治療魔法を使っているとはいえ、まだ身体を起こせるほどに回復はしていないらしい。
と、そこにコロナがタオルとお湯、それと器を持って戻ってきた。
「あ、目ぇ覚めたのか」
コロナが器にお湯を張りタオルを浸す。
そしてそれを少女に渡した。
改めて、少女に話を聞くことに。
「ところで、あなたは一体何者なの?」
「王都の騎士団に所属している、エリムという者だ」
「騎士団ッ…!?エリッ…?」
その名を聞き驚くコロナ。
それもそのはずだ。
かつて一度だけ、コロナは彼女と会ったことがあったからだ。
とはいえ、数年前に互いに軽く挨拶をした程度。
名を出さなければ気づかれないだろう。
もしかしたら、ミーフィアが放った追手か、とも考えた。
しかし、この様子ではそれは違うようだ。
「どうしたの?」
「いえ、何も…」
「ところでエリムさんはなんでそんなボロボロの姿で…?」
「それは…」
エリムはこれまでに何があったかを語り始めた。
彼は数日前、とある魔物の集団を狙ってその巣に強襲をかけた。
付近の村を襲っているらしく、道中でその村人に退治を依頼されたのだ。
しかし…
「気をつけて行動したつもりだったが、この霧に飲まれてしまって…」
一匹の魔物を運悪く取り逃がしてしまった。
それを追っているうちに霧に飲まれてしまったのだと言う。
若干の方向音痴癖がある彼女。
ニーファの屋敷にたどり着けたのは幸運と言ってもよいだろう。
「そうだったのか。そんなことが…」
「あなた達には命を救われた。感謝してもしきれない」
そう言ってエリムは眼を閉じて眠りに入った。
よほど疲労が溜まっていたのだろう。
「一応、横の机に食事と水を置いておくわ」
「目が覚めたら食べるだろう」
ひとまずエリムを寝かせ、二人は再び広間で食事をとることに。
下手に横に付き添うよりは一人にしておいた方が気も休まるだろう。
怪我よりも疲労と空腹が原因のようだったからだ。
「この付近に魔物は…?」
「ええ。確か霧の外の荒野にいると聞いたことがあるわ」
「ここまで来る可能性はありますか?」
「さすがにこないと思うわ」
そう言いながら食事をすすめる三人。
深く考えても仕方が無い。
人の命を救えただけでもよしと考えるべきだろう。
「それより、また旅の話を聞かせてもらえないかしら?」
「ええ。えっと…前回はどこまで話したか…?」
ニーファとコロナ。
二人の話は夜遅くまで続いた。
意外と盛り上がり、途中から少し酒も入るようになった。
普段はカケスギやレービュに付き合っているため深酒をすることが多いコロナ。
しかしこの日は軽く飲む程度にした。
ニーファの呑む量に合わせたのだ。
「う、少し酔っちゃったみたい…」
「大丈夫ですか?」
「あんまりお酒は飲まないから…早めに寝ることにするわ…」
そうとだけ言ってニーファは自室に戻っていった
広間に一人残されるコロナ。
使用した食器の大半はすでに片づけてある。
テーブルの上には少しの料理とつまみ、飲みかけの酒が残されていた。
「残りは片付けておくか…」
「ちょっといいか?」
「え…?」
コロナがそう言って食器に手を伸ばす。
とその時、彼に話しかける者がいた。
少女の声だがニーファでは無い。
エリムだ、時間が経って眠りから覚めたのだろう。
鋭い眼光でコロナを睨み付ける。
やはりミーフィアの追手なのか…?
そう思い、気づかれぬよういつでも反撃できるように少しずつ移動するコロナ。
しかし…
「は、腹が減ってしまって…それもらってもいいか…?」
「え、あ、うん」
「ありがとう…」
どうやら杞憂だったらしい。
残り物となっていた料理とつまみ、パンを彼女に渡す。
よほど腹が減っていたのだろう。
勢いよくそれらを食べ始めた。
「いやぁ助かったよ!ずっと迷っていて食事もまともに取れなかったからな」
「それにしてもよく食うなぁ」
「まぁな…むぐぐ…」
「ハハァ…」
軽く笑いながら酒を飲むコロナ。
そのまま彼女の話を聞くことにした。
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