第七十話 主の少女ニーファ
王都クロスへ向かうコロナ一行。
治水の都市『クレストコール』を出発したが、その道中でコロナが道を外れてしまった。
先の町で追いつく、そう誓い別行動をとることに。
そんな中、コロナは霧の谷の開けた土地に謎の屋敷を見つけた。
屋敷の奥へと進んでいくコロナ。
ため息が出るほど広い屋敷。
だが人の気配は無い。
「人の気配が全然しないぜ…」
「私の屋敷に、何か用でしょうか?」
「ひゃッ!」
コロナの後ろにいきなり現れた声の主。
それは彼と同じくらいの年ごろの長身の少女だった。
青みがかかった白色の長い髪。
青を基調とした少し地味な色合いのルームドレス。
それはどこか上品な風格を漂わせていた。
「実は道に迷ってしまって…」
「さきほど扉の前で叫んでいた方ですね」
「ははは。そうです…」
いきなり屋敷に入ってきたコロナ。
そんな彼に対してもフレンドリーな態度で接するこの少女。
おっとりとしたその表情の奥にある鋭い眼光。
コロナに攻撃の意志がないと見抜いているのだろうか。
「私は『ニーファ』、この館の主です」
「いきなり入ってしまい申し訳ない。俺の名は…」
そう言いかけたその時、コロナは考えた。
ここで自分の名前を名乗っていい物か、と。
今、『コロナ』の名がどれほど知られているのか。
それがはっきりとは分からないからだ。
助けてくれた相手に嘘をつくのはさすがに申し訳ない気分になる。
しかし…
「ん?」
「お、俺はレンっていいます」
ここにいる間だけ偽名を使わせてもらうことにした。
ニーファを信頼していないわけでは無い。
しかし余計な揉め事は避けたい。
「レンさんね。少し張り切っちゃうわ。久しぶりのお客さんだからね」
ニーファに案内され、奥の広間へと通されるコロナ。
広間に置かれた長いテーブル。
それを囲むように配置されたイス。
ゆうに数十人は座ることが出来るだろう。
とはいえ、あまり使われた気配はない。
「もしよければ一緒にお茶でもどう?ちょうど暇だったから」
「いや、そこまで気を使ってもらわなくても…」
「うふふ。いいからいいから」
高級そうなテーブルと椅子。
見たことも無い観葉植物の植えられた鉢。
部屋の壁にある、鏡の破片でできたモザイク絵。
単なる成金とは違う、奇妙な風格の漂うこの屋敷。
なんでこんな人里離れた場所にこんな屋敷があるのか、それが気になって仕方が無かった。
「ニーファさん、なんでこんな場所に屋敷が…?」
「それはお茶を飲みながら話しましょう。紅茶でいいかしら?」
「あ、はい」
コロナはずっと旅をしてきた。
そのため、パサパサのパンと水、濃い味付けの保存食しか食べていなかった。
同じような食事の連続に飽き飽きしていたところだったのだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カップに淹れられた熱い紅茶。
そしてドライフルーツのパウンドケーキ。
パウンドケーキを食べながら先ほどの話の続きをするニーファ。
保存食と同じくパサパサではあるが、あまりの美味さに思わず驚きそうになる。
ケーキを食べつつ、コロナは先ほどの話の続きをした。
「広い屋敷ですね」
「住んでるのは私一人だけどね」
「え?」
ニーファの話によると、この館には今は彼女しか住んでいないらしい。
数週間に一度、行商人が訪れその際に食料などを買うという。
掃除などは魔法で済ませているらしい。
「なんでこんな辺境の地で…?」
「魔法の実験をしているのよ」
「魔法ですか」
「ええ。人が来ないところの方がやりやすいからね」
その後の話によると、ニーファはいわゆる『高等魔術師』の一人であるという。
高等魔術師は国にほんの僅かしかいない特別な魔術師。
地位では無く、単なる階級やランクに近い。
かつてノリンを旅へと誘った魔術師や藩将コーリアス、ミーフィアなどがそれに該当する。
逆にアレックス・サンダーやノリンなど…
彼らのような限定的な魔法を使う者は当然だがこれに該当しない。
レービュのような国の組織に所属していない者も該当しない。
「さすがに詳しいことは言えないけどね…」
ニーファは国からの依頼で特別な魔法具を作ったり、特殊な魔法の研究をしている。
このような辺境の地に住んでいるのも過激な実験をすることがあるからだ。
万が一の時に周囲に被害が出ないようにしているのだ。
「なるほど…」
「ねぇ、あなたはなんでこんな辺境の地へきたの?」
軽く笑いながら頷くニーファ。
口に紅茶を含みをそれを飲み干す。
この辺りは人などめったに通らない。
行商人が時々通る程度だ。
そんな辺境の地へ来たコロナが彼女にとってはとても珍しく思えたのだろう。
「え、ええ。いろいろと理由がありまして…」
「そうだ、あなたって旅人でしょ?」
「え、ええ」
「もしよければ、今までの旅の話を聞きたいわ」
ニーファの願いから、今までの旅の話を始めたコロナ。
とはいえ、全てをそのまま話すわけにはいかない。
カケスギと魔物を狩った話やこれまでに訪れた街の話。
ルーメやレービュとの出会いなどを話した。
「大型獣型魔物の討伐をしたときにその肉を食ってみたんですけど…」
「どんな味だったの?」
「あんまりおいしくは無かったです。味をつけて干し肉にしました…」
「ふふふ…」
そう言って別の菓子を取りに行くニーファ。
かごに入った豆と共に数店の物品を持ってきた。
しかしなくには生活雑貨なども入っている。
いまいち統一性が無いようにも思えた。
「最近、行商人から買ったものなの。ちょっと整理を…」
どうやら行商人から買ったものを纏めて持ってきただけらしい。
その中には…
「これは…!」
ニーファが持ってきたもの。
その中に混ざっていたのはルーメの新聞だった。
こんなところにまで流通しているのか、そう思いつつそれを手に取る。
そこに書かれていたのは『アレックス・サンダー敗北』の記事だった。
革命軍と協力者により不正を働いていた藩将、市将の二名が撃破されたとのこと。
コロナたちの名前は出ていなかった。
それに対して内心安堵するコロナ。
「ひどい人ね…信じられないわ…」
「最強の藩将、撃破される、か」
「藩将アレックス・サンダーは『この国で最強』って聞いていたけど、そんな人が不正をしていたなんて…」
「この国で『最強』か…」
若干暗い話題になったが、別の話にすぐ切り替える二人。
そして話し始めてから既に二時間ほどが過ぎていた。
途中でいれてもらった三杯目の紅茶もすっかり冷めてしまっている。
「とりあえずここまででいいかしら。また後で話を聞きたいわ」
「そういうばニーファさん、外の濃霧はどれくらいで晴れるんですか?」
「そうね、だいたい、二日か三日に一度ってところね」
それを聞きコロナの表情が曇る。
できれば早めに抜けたかったへと行きたかった。
だが、ここで足止めを喰らってしまうとは思いもよらなかった。
そしてその間の宿も問題だ。
さすがに三日もこの屋敷にいるわけにはいかないだろう。
「三日か…」
「その間は私の屋敷にいるといいわ」
「そんな、悪いですよ…」
「宿泊代の代わりにもう少し旅の話を聞かせてくれたら…ね?」
濃霧で迷ったのはコロナの責任だ。
それで他人に迷惑をかけるにはいかない。
そう思うコロナだがニーファは笑って答えた。
こんな辺境の地での一人暮らしでは人と話すこと自体が稀。
ニーファはしばしとはいえ、話し相手ができたことがうれしかったのだろう。
「二階に使っていない客室があるわ。もしよければ使ってちょうだい」
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