第六十九話 霧の谷
王都クロスへ向かうため治水の都市『クレストコール』を出発したコロナ一行。
住民たちからの礼を受け取り、しばし滞在することにしたルーメと別れた。
しかし、出発から数日後…
「まずいな…」
「迷ったか…」
困惑の表情を見せるコロナとレービュ。
山の一本道をずっと進んでいた一行だった。
だが、途中小さな丘を乗り越えショートカットをしようと目論んだ。
しかしそれが間違いの下だった。
道を見失い、迷ってしまったのだ。
「下手に動くと余計に迷うだけだぜ、どうするカケスギ」
「あまり動かない方がいいな」
「クソッ…霧まで出てきやがったぜ」
今、一行がいるのは霧の深い谷。
歩けど歩けどもその光景を抜けることが出来ない。
完全に迷ってしまったようだ。
「レービュ、魔法で霧を飛ばせないか?」
「できないよそんなの」
歩いているうちに辺りは白い霧に包まれていた。
ただでさえ方向感覚が狂いやすいこの場所でこれは致命的だ。
動かないで待つか、それでも進むか…
「ねぇコロナの兄ちゃん」
「どうしたケニー」
「傷はもう大丈夫なの?」
「ああ。一応な」
まだ痛みは残っている。
しかし日常生活が送れる程度には回復した。
改めて治癒魔法のありがたみをその身で感じていた。
「あのアレックスってヤツすごい強かったよなぁ」
「ああ。俺が出会ってきた敵の中で間違いなく最強だったよ…」
三年前の旅の中で出会ったどんな魔物よりも。
かつて勇者と呼ばれた男、キルヴァよりも。
あのアレックスという男は強かった。
もし全力のカケスギと戦っていたらどうなっていたのか。
コロナの気になるところではある。
「アレックスより強いヤツってこの国にいるのかな?」
「あいつより強いヤツかぁ…」
そう言ってコロナは真っ先にその視線をカケスギにうつした。
以前のアレックス戦でのカケスギは連戦によるダメージと毒によりボロボロの状態だった。
全力の彼ならばアレックスに勝てるのかもしれない。
最も、コロナは彼の全力の戦いを見たことが無い。
なので断定はできないのだが。
「なぁレービュ、アレックスより強いヤツって誰がいると思う?」
「私。全快なら負けなかった」
「だってさ、ケニー」
「他の藩将とか軍の人ではいないの?」
「う~ん…」
アレックス・サンダーは最強の藩将と呼ばれている。
それより強い者となると、それはつまり『勇者キルヴァより強い者』と同義。
しかしこの国にそんな者が多くいるとは思えない。
「じゃあ、アレックスがこのテルーブ王国で『最強』ってことかな?」
「たぶん…な…」
「じゃあ兄ちゃんたちは『最強』を倒したんだ!すげぇ!」
そう言うケニー。
確かに、アレックス以上の強さを持つ者がこの国にいるとは思えない。
魔物の長は三年前に討伐した。
キルヴァは死んだ。
カケスギは味方。
そう考えると、アレックス以上の戦士がこの先現れるとは考え辛い。
「あ~…でも…」
「どうしたの?」
「そう言えば親衛隊の騎士団に腕の立つ女騎士がいたような…?」
「強いの?」
「う~ん…?」
コロナの言う女騎士、それはエリムのことだ。
数年前、まだコロナが勇者パーティだった頃。
式典で彼女とキルヴァの勝負を一度だけ見たことがあった。
その時の勝負はキルヴァの勝ちだったが…
「あの時の女騎士…」
「お?」
「いや、でもキルヴァに負けてたしなぁ…」
あれから鍛えたとしてもさすがにキルヴァ以上、ということは無いだろう。
やはりこの国にはアレックス以上の強さを持つ者はいない。
まだ全力を見せていないカケスギ以外…
「たぶん、アレックス以上の力を持つ奴はこの国にはいないんじゃないか…?」
「じゃあ『アレックス・サンダー』が『最強』かぁ」
「おいアホ共、話してばかりいるとおいていくぞ」
そう言いながら進むカケスギ。
一番良いのは動かずに、霧が晴れるのを待つことだったのかもしれない。
しかし、一行は進んだ。
アレックスを倒したことで面倒な追手が来るかもしれない。
そう考えていたからだ。
そして…
「うおッ!?」
「あッ!コロナの兄ちゃんが!」
「落ちた!」
コロナの叫びに反応するケニーとソミィ。
コロナが足を踏み入れたとともに足場が崩れ落ちたのだ。
狭い岩場を通ろうとした矢先だった。
一気に高い岩場から下へと落下してしまった。
下までは十五m以上はありそうだ。
「いてて…」
「おーい大丈夫かー?コロナ?」
「大丈夫だーレービュー!」
幸い軽症で済んだ。
単なる落下では無く滑り落ちたおかげだろうか。
だがこの高さではそう簡単には上がれそうにない。
水場が近いらしく、岩が少し湿っている。
のぼるのは難しそうだ。
ロープがあればいいのだがそんな物も無い。
しかし…
「ん?これは…」
落ちた先でコロナはあるものを発見した。
それは古びた看板だった。
元々は上の道におかれていた物だったのだろう。
時がたち、下に落下してしまっていたのだ。
「おい!看板があったぞ!下に落ちてたみたいだ!」
「何の看板だよ?」
「ああ、それは…」
コロナが見つけた看板。
それはこの先の集落への行き方を示した看板だった。
今カケスギやレービュ達がいる上の道をそのまま真っ直ぐ進む。
そうすれば集落にたどり着くらしい。
コロナはそう言った。
「みんなー!先に行っていてくれ!」
看板を崖上に投げながらそう言うコロナ。
後で必ず追いつく。
「コロナ、先の町で十日待つ」
「ああ、ありがとうカケスギ」
「十日を過ぎたら置いていくぞ」
「わかった」
このままではらちが明かない。
一旦別行動を取り、後に合流することに。
崖下を歩くコロナ。
下は岩場になっており、谷野より深い部分に落ちたと言うことがわかる。
そんな中…
「ん…?」
コロナは霧の中にある物を見つけた。
それは谷の開けた地の中に立つ、古い屋敷だった。
建築されてからかなりの年月が経っているであろうその屋敷。
しかし壁面は純白に塗られ、屋敷を囲む鉄柵も綺麗な銀色をしていた。
一切の錆なども見当たらない。
よほど手入れが行き届いているのだろう。
「随分ときれいな屋敷だな…」
中の者に道を聞いてみることにした。
恐らく誰かはいるだろう、そう考え門をくぐり屋敷の敷地中へ入るコロナ。
屋敷の庭園には不思議なことに、一切植物が植えられていなかった。
しかしよく考えてみれば、こんな僻地では手入れの手間もかかるというもの。
下手に植えるよりは何も植えない方がいいかもしれない。
植物の代わりに石畳が敷き詰められていた。
「だれかいますかー!」
日が出ているのか沈んでいるのか。
それすらも分からないほどにこの霧は濃い。
体内時計までも狂いそうなほどに。
コロナも今が朝なのか夕方なのか、それも分からなくなっていた。
まるでこの世界とは違う異世界にでも迷い込んだような感覚。
「お、扉が開いた」
誰かが反応したのか、扉がゆっくりと開いた。
屋敷の中には灯りがついていた。
一般的な灯りなどでは無く、壁などがおぼろに輝きを放っている。
それが灯りの代わりとなっているのだ。
「床と窓以外の全部が光ってるのか…」
壁と天井が全て『照明』になっているのだ。
壁が灯りの役割を同時に果たしている。
火との気配はしないが、そのまま屋敷へと足を踏み入れるコロナ。
ふと靴が汚れている、ということに気が付いた。
山の中を歩き回っていたのだ、当然だろう。
「拭いておくか」
持っていた布で靴を拭き汚れを落とす。
そしてすこし不気味に思いつつも、屋敷の奥へと進んでいくコロナ。
ため息が出るほど広い屋敷。
だが人の気配は無い。
「人の気配が全然しないぜ…」
突然、霧の中に現れた謎の屋敷。
ここには一体何があるのか…?
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