第六十四話 雷光を切り裂け、五光姫狐!
「カケスギさん!」
マリスが投げた刀剣。
その中からたった一本を掴むカケスギ。
それを妨害しようとアレックスが追撃を仕掛けた。
二本の剣でそれを受け止めるが、限界を迎えバラバラに剣が砕け散った。
そしてそれと同時だった。
カケスギが鞘から『刀』を引き抜いたのは。
「これだ、間違えるわけが無い!この『五光姫狐』を!」
マリスから受け取ったカケスギの刀。
名刀『五光姫狐』。
その刀から発生した衝撃がアレックスの雷撃を再び切り裂いた。
カケスギから離れた位置で発生した衝撃だ。
先ほどのように感電することも無い。
「貢物の中にあったヤツか。気にいってたんだがな…」
「刀、返してもらったぞ」
いつもソミィが運んでいるその刀。
長い刀身、美術品の様に美しいその刃。
鞘にまで美しい草のような模様の装飾が入っている。
そしてカケスギの剛刀捌きにも対応できる強さ、しなやかさを持つ。
この五光姫狐はまさに彼のために作られた刀と言ってもいいだろう。
最高の相性の刀だ。
「さぁ、続きをしよう」
「ぬぅ…」
愛刀をその手に取りもどしたカケスギ。
その途端、アレックスはより警戒心を高めた。
この男がこれほどにまで求めた刀なのだ。
先ほどのなまくらとはわけが違う。
「たかが刀一本、という訳でもなさそうだな」
「当然だ。ふふふ…おぅ…がッ…」
五光姫狐を手にしたカケスギ。
しかしそれと同時に彼の疲労はピークに達しようとしていた。
普段の彼ならばこんなに早く疲労が溜まったりはしない。
その原因は…
「まさか毒が!?」
ケニーが叫ぶ。
先ほどの毒使いテズリーとの戦いでカケスギは多量の毒を受けた。
あの時は無理矢理に体を動かしテズリーを倒した。
しかし、それは痛みで毒の苦しみを紛らわせただけ。
毒が抜けたわけでは無い。
「こんな時に…また…」
何とか視線をアレックスにうつそうとする。
だが身体が言うことを聞かない。
もはや痛みも感じづらくなってきた。
意識が遠のいていくのがはっきりとわかる。
「毒だと…!まさかテズリーの…!」
毒と聞き、アレックスはテズリーがカケスギと戦ったことを理解した。
そしてテズリーが敗北したことを悟った。
怒りと共に、彼は驚嘆の感情も抱いていた。
このカケスギという男に対して。
「あの毒を受けて何故立っていられる…?」
テズリーの毒はとても扱いやすく、そして即効性が非常に高い。
魔物を狩る際に用いられることがあるという。
時間が立てば体内で分解されるとはいえ、瞬間的な効力はとても高いのだ。
それを多量に受けた人間が立っていられるなど、とても考えられなかった。
「そんなことどうでもいいだろうッ!」
そう言いながら攻撃を仕掛けるカケスギ。
地を蹴り彼との距離を詰める。
一瞬のことでアレックスも対応しきれないほどの速度だ。
だが既にその動きは精彩を欠いたものになっている。
やはりケニーの想像通り、毒が回っているのだろう。
「まあいい。すぐに始末しッ…」
「てあッ!」
「ぬッ!?速い!」
精彩を欠いているとはいえ、その攻撃は鋭く速い。
電撃を使わせる暇もないほどに。
先ほどの二本の剣の時とは比べ物にならない。
「このッ…!」
「…ッ!」
「うっ…」
カケスギに攻撃をしようとした瞬間。
アレックスは無意識のうちにその足を後退させた。
自身でも何故下がったのかは分からない。
本能的に下がってしまった。
カケスギがこの状態においてもなお放っているその威圧感。
そして強力な戦意に圧倒されてしまったのだ。
「この男…!」
「くぅ…!はぁッ…はぁッ…」
「この眼…なぜこんな眼ができる…!?」
テズリーの毒だけでは無い。
十数人の部下相手の連戦。
魔物やそこらの盗賊とはわけが違う、手慣れの兵士だ。
疲労が来ないはずがない。
そしてアレックスが先ほどレービュに対して放った電撃。
カケスギは彼女をかばうためそれを受けた。
「なぜ戦える…」
いくら衝撃を消したとはいえ、電撃をほぼ直撃で受けたのだ。
ダメージが無いわけが無い。
それなのになぜ戦えるのか。
もはや気力だけで戦っているのだろうか…
「だが俺は運がいい…」
もし仮にカケスギが全快の状態…
そして最初から名刀『五光姫狐』を持っていたのであれば…
アレックスは彼に勝てなかっただろう。
そのまま刀の露となっていたのかもしれない。
「く…」
しかし、この状態ならば話は別。
カケスギは攻撃を受け続け消耗している。
多量の毒と連戦による疲労、そして電撃の直撃。
意識を保つことすら難しいこの状況。
この状態ならば…
「ここで確実に殺してやる」
カケスギの命を確実に絶つ。
絶対に反撃されない様に、一撃で。
アレックスの大きな手がカケスギの首を掴もうと手を伸ばす。
このまま首の骨を折り絶命させる。
そのために。
しかし、予想外のことが起きた。
「貴様…!」
「勝手に人の体調を判断するなよ」
身体をわざとよろめかせ、攻撃を受け流す。
そのまま返す刀でアレックスの胴に斬りかかった。
致命傷にこそならなかったものの、深々と一文字の傷が刻まれる。
あふれ出る鮮血。
そしてその一撃は攻撃を受けたアレックスを驚かせるには十分すぎた。
「ぬう…ッ!」
傷を撫で流れ出る自らの血を見るアレックス。
目の前にいるのは毒と電撃を受けたボロボロの男。
それなのに何故、これほどの攻撃ができるのか。
彼にはそれがわからなかった。
大人しく倒れていれば苦しむことも無いだろうに。
そう考えていた。
「この俺に傷を…」
「くッ…首を狙ったんだがな。外れてしまったか…」
そう言いながら、尚も刀を構えるカケスギ。
もう視点もまともに定まらないような状態。
だがその闘志は全く衰えていない。
「こいつ…!」
このボロボロの状態。
これですら実は演技なのではないかとすら思えてくる。
油断を誘うための演技なのではないか、と。
しかし違うのだ。
実際にカケスギは毒を受け、連戦をし、電撃の直撃を受けた。
そしいさらに攻撃を仕掛けた。
「ぬぅ…」
「その毛皮が無ければ発電もできんだろう」
「貴様ッ…」
カケスギが刀を構えた。
そしてアレックスの左手の毛皮のリストバンドを切り裂いたのだ。
両腕についているうちの一つ。
だがこれで右手からしか電撃を放てなくなった。
これからの戦いが有利になる、そう考えて。
だが…
「うぐッ…」
「当然だ、あの毒を受けてまともに動ける方がおかしい…」
「まだ…ま…」
そう言いかけると同時にカケスギは倒れた。
とうの昔に限界は超えている。
いま動けたことの方が奇跡に近いのだ。
いくら切られたとはいえ、所詮はリストバンドだ。
替えは効く。
「驚かせやがって…」
再びアレックスの大きな手がカケスギの首を掴む。
このまま首の骨を折り絶命させるため。
今ここで確実に殺さなければならない。
この男は…
その時だった。
アレックスの屋敷の門が勢いよく開いた。
門が勢いよく叩きつけられ、乾いた重低音が辺りに響き渡る。
「あッ…?何者だ…?」
アレックスは一旦カケスギへの攻撃を中断。
彼を投げ捨てた。
もうこの男は動けない、いつでも殺せるだろう。
彼の関心は門の方へと移った。
視線を移した先、そこにいたのは…
「随分と遅いじゃないかコロナ」
「カケスギ…!お前がなんでそんな…」
「来る途中にちょっと毒虫を踏んでしまってな。なに大したことは…」
改めて周囲を見るコロナ。
その場に倒れ、水路に浮かぶ大勢のアレックスの部下たち。
噴水に叩きつけられ、倒れる幹部と思われる男。
破壊された屋敷の壁。
壁に寄りかかり座るレービュとそれに付き添うケニー。
そしてカケスギ…
「そうか…」
それ以上は聞かなかった。
もうまともに体が動かぬはずのカケスギ。
今まで無理矢理に動かし闘ってきたがさすがにもう限界が来ていた。
彼を護るようにコロナがアレックスの前に立つ。
かつては聖女ミーフィアを護っていたコロナ。
そんな彼が、今は東洋の侍カケスギを護っている。
それはどこか不思議な感じがした。
「アレックス・サンダーというのは…お前か?」
「ああそうだ。お前は?」
「こいつらの…ルーメの仲間だ…!」
コロナはそうとだけ言った。
レービュはやられた。
カケスギは毒による消耗と雷撃の直撃のダメージが深刻。
今、戦えるのは彼しかいない。
「次から次へと…」
「くぅ…」
「何も知らねェ旅人風情が!いい加減にしろ!」
「避けろコロナ…!」
叫びながらコロナに攻撃を仕掛けるアレックス。
回避を促すカケスギの言葉が届いたのか。
いや、その言葉を聞くまでも無く、アレックスの攻撃を回避するコロナ。
思い切りバックへと跳び、拳を構える。
彼の腹部へ全力の拳を叩きつける。
先ほどカケスギが一文字の傷を入れた箇所だ。
「ぬぅッ…」
アレックスの顔が痛みで歪む。
コロナを捕えようとするが、軽快に動き攻撃を続ける彼を捕えるのは至難の業。
そしてコロナはアレックスの攻撃の反動の反動を利用。
彼の頭部に蹴りを叩きこんだ。
だが…
「ふん」
「ぬぉッ…?」
スピードに重点を置き、攻撃力を犠牲にしたコロナのその一撃。
それはアレックスには通用しなかった。
頭部への蹴りではあったが、ほとんどダメージは無いに等しかった。
「随分と固い相手みたいだな」
「ツァッ!」
この男を…
藩将アレックス・サンダーをどう倒すか。
それを頭の中で考えていく。
戦いを続けながら。
「よし、いくか!」
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