第四話 速攻のカケスギ
荒くれの兵士から町人を助けたコロナ。
兵士たちを嗜めたのは初老の兵長だった。
なにやらわけありなこの男。
これはちょうどいい。
この初老の兵長から、この町にいる王国軍の兵士についての話を聞くことにした。
いろいろと詳しく聞けそうだ。
一旦、先ほどの酒場へと戻り、この初老の兵長から話を聞くことに。
「俺はそんなもの聞かんぞ。散歩してくる」
「わたしも」
「行くぞソミィ」
「うん」
カケスギとソミィはそういって出て行った。
カケスギは元々そう言う性格、ソミィはただ単に彼についていきたいだけだろう。
難しい話が嫌い、というのもある。
荷物はルーメが取ってくれた二階の宿泊部屋に置いてある。
それを見送り、後に残ったのはコロナとルーメの二人。
そして初老の兵長だ。
「ラムを一杯くれんか?」
酒場に入るなりカウンターに座る初老の兵長。
先ほどの様子からして、恐らくは仕事中なのだろう。
にもかかわらず酒を注文した。
「いいのかおっさん、酒なんか注文して」
「いいんだよ。どうせ仕事なんか何も無いんだ…」
コロナの静止も気にせず、酒の入ったコップを手に取る。
そして悲しそうな眼をしながら酒を飲む兵長。
「…何があったんだ?」
「仕事なんて…何も…」
酔いながらではあるが、彼と店長から話を聞くことができた。
元々彼は、平民出身の一兵士からこの町の市将の地位にまで上がった男だった。
市将は町を納める将のこと。
平民の意見を積極的に取り入れる良将だった。
「何もできない…何もさせてさせてもらえないんだよ…」
しかし上層部からはその出身や主張を疎まれ実質的な降格。
今では監視役という飾りの役職で飼い殺し状態。
市将の座は別の人間が今はついている。
しかし先ほどの兵士を放置するようなどうしようもない者だという。
「飼い殺しってわけか…」
「ああ…」
コロナにはこの兵長の思いが痛いほどよく分かった。
人のために働きたいのにそれをさせてもらえない。
そんな自分にどれほど怒りを、悲しみを、無力感を覚えたのだろうか。
仕事という誇りを奪われ飼い殺しにさせられる。
権力に蹂躙されていく…
「うぅ…」
そう言いながらうなだれる兵長。
やはり本人にも思うべきことがあるのだろう。
涙を浮かべながら、悔しそうな声で。
「店長」
「なんだ?」
「このおっさんの酒代、オレが出すよ。好きなだけ飲ませてやってくれ」
そうとだけ言うと、コロナも二階の宿泊部屋に荷物を置き店を出た。
ルーメもそれを追い外に出る。
しばし町の雰囲気をその身で感じる。
どこかどんよりとした、停滞した空気を感じた。
「あんまり複雑なことは分からないけど、ちょっとかわいそう…」
「おっさん、悔しかっただろうな。市将にまでなったっていうのに…」
そう言うコロナ。
ふと目を裏道にやる。
するとそこではカケスギとソミィが先ほどの兵士たちに絡まれていた。
「旅の男!滞在費を払ってもらおうか」
「この町ではそんなものが必要なのか?」
「うるせぇ、さっさと払え!コイツを殺すくらいはできるんだぞ」
「いや…」
「黙ってろ!」
そう言ってソミィに槍を剥ける兵士。
しかし…
「誰を殺すって?」
「へ?」
そう言って槍を掴んだのはカケスギだった。
そのまま槍を奪い兵士の腕に槍の先を刺した。
僅か数秒のカケスギの早業。
兵士はその眼で捕えることができなかった。
「痛いッ!」
「さっさと退け。次は腕を落とすぞ」
カケスギの鋭い眼光。
それを見てその場に崩れ落ちる兵士。
残る数人の兵士たちはもはや戦意を喪失していた。
その場から一目散に逃げ出した。
「随分と派手にやるものだな、カケスギ」
「ふん」
「王国の兵士を見てると昔を思い出すんだよ…」
ノリンとミーフィアに裏切られ、キルヴァに追放させられたその後の話。
コロナは当然そのことを味方『だと思っていた』王国軍に話した。
しかし誰も話を聞こうとはしなかった。
護人コロナは死んだ、その一辺倒だった。
「人のことを好きなだけ利用しやがって…!」
「最後まで気づかないお前が愚かなだけだ」
「当時はそれが正しいと思ってたんだ。まぬけな話さ」
自嘲気味に言うコロナ。
王国側としては平民であるコロナの活躍が気に入らなかったのだろう。
彼の努力は平民に勇気を与えることになる。
貴族出身のキルヴァを勇者とする。
それで『平民は貴族に守られている』とアピールする目的もあったのだろう。
今更考えても、もうどうしようもないのだが。
「それで、女まで奪われたと」
「ふん、まぁな。バカな子供だったよ」
そう言うコロナ。
と、そこに…
「あ、あの。さきほどはありがとうございました」
そう言ってきたのは、先ほど兵士にいびられていた男だった。
これはちょうどいい。
彼からこの町にいる王国軍の兵士についての話を聞くことにした。
「最近、税が増えてやってられないんですよ」
「増税に何か理由があるのか?」
「上の奴らの気まぐれでしょう…」
それを聞いて笑みを浮かべるカケスギ。
随分と嫌な笑い方だ。
決していいものでは無い。
「おいコロナ」
「ん?」
「お前の目的は『自分を陥れた奴ら』への復讐だよな?」
「ああ」
「俺の目的は国盗り…」
「おお」
「ならばすることは…?」
「…乗り込むのか」
「当然だ。…明日にな」
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翌日、コロナに敗れた兵士は基地に召喚されていた。
その前には筋骨隆々の大柄な男が椅子に座っている。
この基地のトップの男。
市将『バレース』だ。
あの降格させられた初老の兵長に代わり、新たに市将になった男。
彼は近くにいた自身の部下に耳打ちをした。
それを聞いた部下の男は兵士を別の部下と共に捕獲した。
「な、なにを!?」
「俺の部下にガキに負けるような弱小者はいらねぇんだ!」
「そ、そんな!ゆ、許し…」
「あの兵長のジジイにでも殺させるか!誰かコイツを牢に入れておけ!」
バレースが石壁を叩きながら叫んだ。
その際の衝撃で壁一面ににひびが入る。
兵士は別室に連れて行かれた。
バレースだけが部屋に残され、妙なほど部屋は静かになった。
「チッ…しばらくは税を上げるか…」
そういって手元に書類を用意する。
税率を上げるために適当な理由をでっち上げるためだ。
しかしそのバレースの行為を遮るかのように、基地内にコロナの声が響いた。
「出てこい!殴り込みに来てやったぞ」
「鍛え方が甘いな。これでは実戦なぞできんぞ」
その声と共にカケスギが基地内に現れた。
基地の外側を守っていた衛兵をカケスギが倒した。
二人は基地内に侵入したのだ。
「お前がトップか?」
「そうだ、それにしても思っていた以上に若いな」
カケスギの歳は二十より少し上、といったところだ。
とはいえ、彼はかなりの実力者。
それくらいはバレースにもわかる。
「それにしても俺の部下共はお前たち二人に全滅させられたというわけか…」
「そうだ、お前も今ここで負ける。次は無い」
「ハハハ、面白い冗談だ」
そういうと、バレースは部下に指令を出した。
この勝負に対し、あらゆる干渉をするな。
静観せよ。
という命令だ。
「じゃあさっさと始めようぜ」
まずは小手調べとばかりに、バレースはカケスギに殴り掛る。
しかしその拳は受け流され、カケスギの後ろの柱にめり込む。
大きな柱はその部分からヒビが入り、音を立てて崩れ落ちる。
その力はとても人間業ではない。
しかし、それとは対照的にカケスギはとても冷静だった。
「どうした?俺に攻撃を当てないのか?」
「チッ…!」
そういうと再び攻撃を続けるバレース。
しかしそれもことごとく無意味。
カケスギは二本の指でそれらを全て受け止めていた。
さらに拳を繰り出し続けるもすべて見切られている。
カケスギに当たることは一切無い。
「何の面白味も無い戦法だな」
「あッ!?」
「ただ拳を振り回すだけか。もう十分だ。飽きたよ」
「なに!?」
「は、つまらん」
そう言うと、カケスギはバレースの左腕に手を伸ばす。
それと同時に、間接を砕き筋を切り裂く。
バレースの左腕が通常とは全く違う方向に曲がる。
「うぎゃあああああああッッっ!!??」
「ふぅん」
「お、俺の腕が…」
「さっさと降参すれば命くらいは助けてやるが?」
「誰が命乞いなど…するかぁ…!」
バレースが叫ぶ。
半ばヤケクソでカケスギへ特攻するバレース。
しかし、そのような攻撃は当然通用するはずもなかった。
軽く避けられてしまう。
その連撃全てが。
「うッ!?全部を避け…」
「愚者は嫌いだ」
バレースの腹へカケスギの強烈な拳が叩き込まれる。
その攻撃を受け、バレースは完全に沈黙した。
その場にバレースの巨体が転がる。
「そ、そんな!」
「バレース様が負けた!」
「逃げろ、とても勝ち目など無い!」
そう言うと、バレースの部下たちは蜘蛛の子を散らしたように退散していった。
時間にしてわずか数分だった。
と、そこに…
「こ、これは…」
「こういうことだ。国家反逆罪…かな?」
そこに現れたのはあの初老の兵長だった。
バレースが倒れたこの光景を目の当たりにして驚きを隠せない。
そしてカケスギの言葉にも。
確かにこれは立派な国への反逆だ。
「こ、コイツらを捕まえろ…俺に反逆したこいつらを…」
微かに意識の残っていたバレースが兵長に言う。
他の部下が全員逃げた今、彼には頼れるのは兵長しかいない。
しかし…
「お前がみんなに迷惑をかけたからだろうに!」
そう言いながらバレースの頭を警棒で叩く兵長。
たいした威力では無かったが、今の彼の意識を奪うには十分すぎた。
「今回のことは上に報告させてもらうよ。『バレースの不当な税金搾取』をな」
「…いいのか?どうせ揉み消されるぞ」
そう言うカケスギ。
確かにこれまでのことを考えれば、バレースの悪事など当然揉み消される。
それどころかこの兵長に、貴族側から何らかの制裁が加えられる可能性もある。
…かつてのコロナの様に。
「いいんだ。今まで何もできなかったんだ。せめてこれくらいはさせてくれ」
兵長はそういって二人に向かって笑みを見せた。
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