第四十五話 偽りの英雄
カカリナは英雄シラクに対して良いイメージを持っていなかった。
いや、正確には彼女だけでは無い。
裏方で仕事をしている子供たちのほとんどがそうだった。
「ごめん、あたい、変だよね。みんなと同じこと言えなくて…」
そう言うカカリナ。
心の中ではシラクを英雄と思いたい。
しかし彼を信じることができない。
彼が時折見せる態度や目つき、それがカカリナはとても気になるのだと言う。
「みんなは英雄って言ってるのに…変だよね、あたい…」
「いや、変じゃないさ…」
「え…」
「あの男の態度は軽すぎる」
そう言うカケスギ。
どうやら彼もシラクに対して思うことがあるらしい。
仮にも英雄にしては、シラクの態度は『軽すぎる』のだという。
「俺の経験上だが、あそこまで軽い態度はとれないはずなんだ」
「態度…?」
「態度だけじゃない。心も…」
態度が軽いだけならば、元来の性格というものがあるだろう。
しかしカケスギが気になったのはもっと別のところにあった。
言葉にはし辛い点だが、英雄と呼ばれる者にはあるはずの『心構え』のようなものが無い。
「レービュさんとコロナさんたちはどう思う?シラクのこと」
「私も同意見だ。胡散臭いやつだと思う」
「俺もだ。それにアイツを見てると嫌なやつを思い出す…」
カケスギ、レービュ、コロナ。
三人が口をそろえてそう言った。
たしかにシラクは強いのかもしれない。
実力はあるのだろう。
しかしどうも善人とは思えなかった。
特にコロナは意味深な言葉を言った。
「アイツ…どこかキルヴァに似ている気がする…」
具体的にどこが、とは言えない。
コロナ自身もなぜそう思ったのかわからない。
しかし、確かに感じるのだ。
あのシラクという男から、キルヴァと同じ感じが…
「みんなはシラクのことを『英雄だ』って言ってるけど…」
カカリナをはじめとする下働きの子供たちは、シラクが街を救った時の様子を殆ど知らない。
それもあるのだろう。
彼女たちはシラクが本当に街をのために戦ったとは思えないのだという。
「…よくわからんな」
そう言って立ち上がるレービュ。
シラクのことで悩んでいても仕方がない。
彼がどういった人物であれ、コロナ達には関係が無い。
少し外の風を浴びるため、レービュは外に散歩に出かけることに。
「散歩してくる」
「オレもついてくぜ。まだ身体が熱いからな」
「道分かる?あたいもついてくよ」
カカリナと共にコロナとレービュは散歩に行くことに。
この辺りの街並みは細かい道が多く迷子になりやすいと言う。
そのため、街の者でなければ迷ってしまうことも多いらしい。
風俗店目当てに来た外の者が迷う、というのはよくある光景だとか。
「けっこう冷えるなぁ…」
「周りが山だからね、結構冷えるの」
「私は冷たいの苦手なんだよなぁ」
そう言うレービュ。
周囲を山に囲まれた盆地。
このオッドクレーツという街はそんな立地にある。
そのため気温が少し低いのだとか。
「レービュ、お前は炎使いなのに寒いの苦手なのか…」
「そういうもんなんだよコロナ。それとこれとは別なの」
「へぇ~」
魔法で炎を出せばいいのではないか。
そう思うコロナ。
だがそれをしないと言うことは、そう簡単にすむ問題では無いのだろう。
レービュの魔炎は体内の魔力を直接燃焼させるタイプの魔法だった。
燃費が悪いから単純に使いたくないのだろうか。
そう考えつつ、散歩を続ける。
「カカリナ、明日に買い物したいんだけど、店がどこにあるか教えてくれないか?」
「うん、いいよ。何の店?」
この街に長居するつもりはない。
旅の支度をして早めに出よう。
コロナたちはそう考えていた。
長く部屋を借りるのも店の迷惑になるだろう。
「とりあえず食料と雑貨屋の場所を教えてくれないか?旅を続けるのに必要だからな」
「この時間じゃお店、やってないよ」
「場所がわかったら明日にでも買いに行くよ。場所がわかればいいんだ」
「うん、わかった!ついて来て」
そう言ってコロナとレービュを案内するカカリナ。
やはりと言うべきか、店は表通りでは無く裏の方にあるようだ。
風俗店を訪れる観光客が来ないような場所に。
ある程度人がいる表通りとは違い、こちらの裏通りはほとんど人が居ない。
住宅と小さな店しかないので仕方がないのだろうが…
「表は華やかだけどこっちは生活感あるなぁ。なぁコロナ?」
「ああ…ん?」
レービュの話の途中、コロナはあることに気が付いた。
裏通りの細い路地。
そこから何者かの話声がするのだ。
その荒々しい感じからここに住んでいる者ではない。
「…なんだ?」
気配を殺してその路地を覗くコロナたち。
夜の闇が完全に彼らの姿を消してくれる。
積んであった木箱と建材の陰にその姿を隠し、こっそりと覗き込む。
そこにいたのは…
「あ、あいつらは…!」
小声でそう言うカカリナ。
先の光にうつされた路地。
そこにいたのは、昼間にカカリナを攫おうとしたならず者たちだった。
カケスギに追い払われたとばかり思っていたが…
「人さらいの…」
「ん、誰か来るぞ」
さらに路地の奥から別の男が現れた。
ならず者たちの輪に入ってきたのは、旅人風の青年だ。
使いこまれた剣に鍛えられたその身体。
単なる旅人では無い。
その男は…
「あれは…」
「シラクじゃねぇか…!」
「な、なんで?」
混乱するカカリナ。
しかもシラクはならず者たちと親しそうに話している。
あのならず者たちを征伐に来た、というわけではなさそうだ。
「よおシラクさん、あの女の具合はどうだった?」
「ハハハ、最高だよ!」
「あの女…!?お姉ちゃん…!」
カカリナの姉であるカルナ。
そう言えばあの酒宴の後、シラクとカルナは一緒に寝ていたはず。
一人だけ抜け出してきたのだろうか。
「すっかり俺に懐いてさ、ベッドの上でもオレの名前ばかり!」
「うらやましいなぁ~さすがシラクさん!」
そう言ってカルナを笑い飛ばすシラクたち。
小ばかにしたような態度で言う彼らに怒りを覚えるカカリナ。
思わず飛び出しそうになるが…
「あいつッ!」
「落ち着け…!」
コロナがその口と体を押さえた。
ここで飛び出すのはまずい。
そして奴らの態度。
何か嫌な感じがする、そう考えたのだ。
「だがあのカカリナというガキを始末できていなかったようだが…」
「そ、それが変な東洋人に絡まれて…」
「まぁいい。明日の騒ぎに巻き込んで…」
シラクの口から出たカカリナの名前。
しかしその言葉はどうも穏やかでは無い。
『始末』、『騒ぎ』、とどこか不穏な単語が続く。
内心驚くカカリナ。
しかしそれにもかかわらずシラクたちの会話は続く。
「で、お前ら。準備はできてるか?」
「ええ。バッチリですぜ」
シラクの問いにそう答えるならず者たち。
その準備とはいったい何に対するものなのか。
彼らのその後の話を聞くうちに、断片的な内容は伝わってきた。
それは…
「魔物どもにちゃんと連絡はしてあるだろうな」
「ええ。知能のあるオーガのチームとゴブリンの群れ。バッチリ用意できてますよ」
「それはいい。俺が倒すのにはピッタリな相手だ」
「ゴブリンどもをある程度倒したら、オーガには撤退するよう言ってありますぜ」
「ハハハ、ゴブリンは捨て駒か!まぁそんなモノだろうな」
「ただ、魔物どもにもある程度略奪させた後でないと、討伐は…」
「ああわかってる。奴らにも謝礼を…ッ!」
その話を中断し、シラクは持っていた楊枝を積まれていた建材に投げつけた。
崩れる建材と木箱。
何者かの気配を感じたのだろう。
しかし…
「野良猫か…」
シラクの立てた音に驚き、逃げる野良猫。
先ほど感じた気配。
あの野良猫の気配を感じたのだろう。
そう考え、シラクはそれ以上詮索しなかった。
その後も彼とならず者の話は続いた。
「…以上だ。手筈通り頼むぜ」
「じゃあ、明日夜明けと共に村を魔物に襲わせます」
「一気に襲わせるなよ。ゆっくり、恐怖を煽る感じでな…」
「ええ。バッチリと…」
「七年前と同じようにな。あの時のタイミングは最高だったぜ」
「へへへ…」
そう言ってならず者たちとシラクは分かれた。
コロナたちはその一連の話を聞いていた。
途中、シラクに気付かれそうになったが空家の壁に隠れることで難を逃れた。
代わりに飛び出した野良猫には感謝の言葉しかない。
そのまま気配を殺し、店に戻る三人。
シラクやならず者たちと鉢合わせしない様に。
「…どうした、コロナ?」
「ああ。カケスギ、実はな…」
店に戻り、カケスギに事情を話す。
先ほどのならず者とシラクの会話。
その内容をそのまま。
そして…
「アイツら、魔物にこの街を襲わせるって言ってたの!」
「魔物に…!」
「七年前の襲撃もたぶんアイツらが仕組んだんだ!」
涙を浮かべながら叫ぶカカリナ。
一生懸命に働いていた姉であるカルナを侮辱されたこと。
それだけでは無く、自分までも狙ってきたこと。
そして、そんな者が『英雄』と言われていること。
それらが悔しさや悲しさといった感情となってカカリナを襲ったのだった。
「ああ…あたい…」
「やはりあのシラクという男は『英雄』では無かったか」
「みたいだな」
「自作自演の救世主…」
そう言ってカケスギが刀を手に取る。
そして鞘からその刃を引き抜く。
彼が刀を手に取り、刃を抜くのは珍しい。
「どうするカケスギ?このまま見過ごしてもいいが…」
「それでは面白くない、だろうコロナ」
「ああ。まあな」
「偽りの救世主、というのは確かに面白くない…」
そう言って刃を納めるカケスギ。
その口には不思議な笑みが浮かんでいた。
「おいレービュ」
「なんだ?」
「お前には『救世主』になってもらう…」
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