第四十四話 街の英雄 シラク
風俗街オッドクレーツ。
周囲を山に囲まれた盆地に存在する街だ。
そこで出会った少女、カカリナ。
彼女をならず者から助け、その礼として宿を貸してもらえることになった。
「この部屋なら使ってもいいって」
「…礼を言う」
「ううん、お礼を言うのはこっち。助けてもらったしね」
そう言って作業に戻るカカリナ。
店の支配人に頼み、使っていない古い部屋を貸してもらったらしい。
一部の壁などは痛んでいるが、しばらく滞在するには問題は無い。
使われていない荷物などが箱に詰められ乱雑に置かれている。
なのでそれだけは片付けが必要だろう。
「…少し片づけておくか」
ソミィには、コロナとレービュを呼びに行かせてある。
戻って来るには少し時間がかかるかもしれない。
それまでの間、少し部屋を片付けておこう。
そう考えながら、部屋に散乱する箱を整理していく。
積めるものは積み、棚におけるものは置いていく。
そうしているうちに、ソミィが戻ってきた。
「二人とも連れてきたよ」
そう言いながら、ソミィが部屋に入ってきた。
カケスギに言われ、酒場で飲んでいたコロナとレービュを連れてきたのだ。
まだ少し飲みかけだったので、飲み終えるまで待っていてもらったらしい。
「変なところに宿を借りたなぁ、ソミィ」
「ここしかなかったの、コロナ」
「そっか」
事情を察したコロナ。
ここにくる道中、他に滞在できるような店が無いことはある程度察していた。
オリオンの協力者もいないようだ。
それならば、こういった店に部屋を借りるのも仕方のない選択と言えるだろう。
「いきなり風俗店に連れてくるから驚いたよ。気でも狂ったかとおもったぞ、このガキ」
「ここしかなかったの」
「まぁ…変なところよりはずっとマシだけどな」
一方、レービュは辛辣な顔を見せた。
彼女としては、いきなりこのようなところに連れてこられては文句の一つも言いたくはなるだろう。
しかし宿ということで納得はしたようだ。
「とりあえず、落ち着いたら地図と食糧の買い出しだな。カケスギ」
「買える店があればな、コロナ」
「あるだろ、さすがに」
風俗街であるこの街にそういった店があるのか。
一応、この街は風俗産業と農業で生計を立てているらしい。
街の外には畑があった。
表街道には農作物を売るような、それらしき店は無かった。
だが裏道にいけばあるのかもしれない。
この街に住む人々にも日々の生活があるだろう。
「まぁ長居する意味もないしな」
「支度をしたらさっさと出るか」
「そうだな。まぁ、今日のところは少し休もうぜ」
「私も少し休みたいぞ」
そう言うコロナとそれに同調するレービュ。
一見素面に見える二人。
だが、酔いがまだ完全には覚めてないのかもしれない。
と、そこに…
「カケスギさん、いるー?」
カカリナが戻ってきた。
彼女にコロナとレービュの紹介をし、仲間であることを伝える。
どうやら皆で食事をするらしく、カケスギ達も来ないか、ということだ。
少しはやく店を閉め、食事会をするらしい。
「店はもう閉めるのか?」
「そう。大事な人が来るの」
客よりも優先すべき人物。
もしかしたらなかなかの大物かもしれない。
そんな人物がやって来るらしい。
「それと、カケスギさん達も一緒に食事しないかって支配人さんが」
「いいのか?」
「うん。人は多い方がいいからって」
その偉い人はどうやら宴会が好きらしい。
とりあえず皆で騒いで食事をしたいそうだ。
その縁から客人であるコロナたちも食事に誘われた。
「おいレービュ、運がいいぜオレたち」
「酒あるかな?あるならもう一度飲めるな」
そう言いながら大部屋へと招かれる一行。
部屋にはこの店で働く者達が集まっていた。
風俗嬢だけでは無く、裏方で働く子供たちや会計係。
案内役や警備の男性スタッフたち。
コロナたちと合わせて、約二十人ほどだ。
「あ、お客さん?」
「カカリナを助けてくれた人だって!」
「へぇー!ありがとうございます」
そう言われ大部屋に招かれる四人。
料理が置かれた大皿や酒、その他飲み物が並べられている。
すでに何人かはそれを食べていた。
半ば宴会状態のなか四人も同席する。
「レービュさんって言ったっけ?」
「そうだ」
「うちで働かない?」
「いや、遠慮しておくよ」
そう言いながら酒を飲むレービュ。
旅人の客人は珍しいのか、彼女だけでは無くコロナたちも質問責めを受けていた。
ソミィはカカリナや下働きの子供たちと一緒に食事をしているようだ。
と、そこに…
「あなた達がカカリナを助けてくれたの?」
「ああ、そうだ」
「二人とも、紹介するね。あたいの姉さんの…」
「カルナよ。よろしく」
カカリナと共に現れた少女。
そう言ってきたのはカカリナの姉である少女カルナだった。
カカリナよりも少し年上であり、年齢はコロナと同じくらい。
引き締まった身体に赤みかかった濃い茶色の髪。
露出の多い服をしていることから、恐らくこの店で嬢として働いているのだろう。
「カケスギさん、コロナさん、うちで遊んでかない?」
「この店で?」
「カカリナを助けてくれたお礼に半分以下に安くするからさ」
この店でも結構人気の女性らしい。
お礼に値段を半額以下にしてくれるらしいが、コロナはそれを断った。
「俺は…やめておくよ…」
風俗関連に対してコロナはあまり良いイメージが無い。
キルヴァに追放されてからの三年間、あの町ではいろいろ経験してきた。
特にこういったことを…
「ちょっと嫌なこと思い出すんだよぉ…」
「ご、ごめんね…」
「うぁぁぁぁ…」
そう言って引き下がるカルナ。
コロナの様子を見てある程度察したらしい。
と、その時…
「みんなー!あの人が来たわよー!」
支配人である女性の声が響く。
さきほどカカリナの言っていた『大事な人』が到着したのだろう。
支配人に連れられ部屋に入ってきたのは、旅人風の青年だ。
「あの男…」
真っ先に反応したのはカケスギだった。
使いこまれた剣に鍛えられたその身体。
単なる旅人では無いことは明らかだ。
「いやあ久しぶりだ。三年ぶりかな?」
「お久しぶりです。シラクさん」
「カルナ、また一段と綺麗になったな…」
「ふふふ…」
カルナにシラクと呼ばれたその男。
彼の周りにほとんどの者が集まっていった。
どうやら、この場のほとんどの者と旧知の中らしい。
旅の間の話をし、その場を盛り上げていくシラク。
「アイツは?」
「シラクさん、昔この街のために戦った『英雄』だって」
カケスギの問いに対してカカリナがそう言った。
七年前に魔物の集団にこの街が襲われた際、旅の途中だった彼が単身抵抗をしたらしい。
とはいえ、相手は数十体のゴブリン、オーガ、その他魔物の群れ。
いくら低級の魔物がほとんどとはいえ、シラク一人では倒すことはできなかった。
「街の人を安全なところまで逃がすための時間をたった一人で稼いだらしいの」
安全を最優先し、シラクは街の人々を裏山へ逃がした。
その時間をたった一人で稼いだのだ。
さすがに数十体の魔物を倒すことはできない。
しかし、時間を稼ぐだけならばなんとか一人でもできる。
「それでもあきらめずに戦ってくれたの」
街の半分は焼かれてしまったが、全滅は免れた。
彼が居なければ街は焼かれ、もっと大勢の犠牲者が出ただろう。
それ以降、彼はこの村で英雄と呼ばれるようになった。
元々旅人であったため、この街に住んでいるわけでは無い。
しかし、定期的にこの街に訪れて旅の話をするらしい。
この食事会も、彼のために定期的に開かれるそうだ。
「随分と他人事みたいだな」
「あたいは小さかったから、ほとんど覚えていないの」
さすがに七年前のこととなると、彼女はまだ四~五歳ほど。
覚えていなくてもしょうがないだろう。
その魔物の襲撃事件の後に、シラクは英雄と呼ばれるようになった。
「なるほどなぁ…」
カカリナの話を聞いていたコロナがうなずいた。
その後も食事会は続いた。
シラクの土産話をネタにし、皆盛り上がりを増していく。
食事会が終わったのはそれから数時間ほどしてのことだった。
「う~ん…」
「もう飲めない…」
そう言ってその場に転がる従業員たち。
久しぶりのシラクの土産話につい盛り上がってしまったのだろう。
しかしそこに肝心のシラクの姿は無い。
カルナの姿もだ。
どうやら二人で寝るため、寝室に行ったらしい。
カルナは昔からシラクに好意を抱いていたとのこと。
一方、コロナたちも元の部屋に戻っていた。
「結構飲んだな」
「酔ってないかレービュ」
「ああ。大丈夫だ。コロナ、お前は?」
「オレも大丈夫…」
そう言う二人。
とはいえ、飲み過ぎたのか少し頭痛がするらしい。
心配そうに二人に駆け寄るソミィ。
だがそれをカケスギが止めた。
放っておけ、ということなのだろう。
「飲み過ぎだ、アホ共」
「カケスギ、お前は大丈夫なのか?」
「当たり前だ。飲む量くらい調節しろ」
そう言うカケスギ。
と、そこに水の入った器をもったカカリナが部屋に入ってきた。
どうやらカケスギ達がここに滞在する間の世話係を任されたらしい。
「お水飲む?」
「あ、ああ。いただくよ」
「ありがとうな」
そう言って水をとるコロナとレービュ。
水を飲み少し楽になったようだ。
その時、カケスギがカカリナに話しかけた。
「カカリナ、ちょっといいか?」
「なに?カケスギさん」
「あのシラクという男についてだ」
「な、なにを…?」
「お前はあの男に対していい感情を抱いていない。違うか?」
「ッ…!」
カケスギの指摘は当たっていた。
下働きの少女カカリナ。
彼女はある理由から、街の英雄シラクに対して良いイメージを持っていなかったのだ。
その理由は…?
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