第四十二話 狙われたコロナ
コロナ一行が湯治の村を訪れて二週間ほどが過ぎた。
その朝早くに、三人は村を後にした。
治療魔法と薬や湯治との併用により、コロナの傷は随分と楽になった。
村で人気の傷薬も買うことができた。
カケスギは酒場の店主から酒を貰ったようだ。
それをソミィに持たせ、山を下る。
「どうだ、コロナ。調子は?」
「ずいぶんと良くなったよ」
そう言って傷のあった部位を動かすコロナ。
さすがに全快とまではいかないが、ほぼ怪我前の状態に戻っているようだ。
これならばいつでも戦えるだろう。
「けどわざわざ長引かせてしまって…」
「ふん、別に急ぐ旅でもない。酒が欲しかったから長居しただけだ」
そう言って足を速めるカケスギ。
確かにこの旅は急ぐ旅では無い。
今のところ、追手も来るのかどうかは分からない。
むしろ進むよりは一旦、見つかりにくいところに長居する方が見つからず安全かもしれない。
「とりあえず、目下の目的はこれだな…」
以前受け取ったオリオンからの手紙。
そこに書かれていたのは、カケスギ達に古い小屋を使ってもいいと言う許可証だった。
王都クロスの近くにある、元木こり小屋。
古いものだが、清掃、修理すればまだ使えるだろうとのことだ。
たまに革命軍の拠点に顔を出す、というのが条件だが。
「王都近く、なるほど。中々やりやすい場所だ…」
「王都…そこにはたぶんミーフィアも…」
コロナの目的。
カケスギの国盗りに協力し、ミーフィアを討つ。
それには、王都近くの拠点というのはなかなか魅力的だ。
地理的に人里から離れているため見つかることも少ないだろう。
と、その時…
「見て、二人とも!」
ソミィがある物を指さした。
それは多数の薙ぎ倒された木々だった。
明らかに人為的な者では無い。
こんな山奥で一体何故…
「これは…」
「木が薙ぎ倒されてるぜ…」
明らかに異常な光景。
と、そこに薙ぎ倒された木々の山の中からあるものが現れた。
「ぬっ!?」
三人は巨大百足と遭遇したのだ。
全長5mはあるであろうこの生物の名は『ヘルワーム』。
テルーブ王国の山岳地帯にしか生息しない狂暴な巨大百足だ。
今、コロナ一行のいるような地域にはよくあらわれるという。
普段は眠っているが数年に一度目覚め、獲物を捕食すると言われている。
それが五匹。
厄介極まりない。
「随分大きいムシだな…」
「ヒェ…!」
情けない声で叫ぶソミィ。
しかしそれも当然、ヘルワームたちがこちらを目視し襲い掛かってきたのだ。
その巨大な体を、獲物を確実に仕留めるために器用に動かしている。
巨大な土埃を上げながら徐々に近づいてくる。
このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
「俺が…!」
コロナがそう叫んだその時、ヘルワームの間に何者かが割って入った。
砂除けのボロ布を纏った『ソイツ』。
あわただしい状況であるとはいえ、コロナも割って入った『ソイツ』の気配はつかめなかった。
その目で見て初めて、『ソイツ』を認識できたのだ。
「ッ…!」
「へへッ…」
そう言うと、『ソイツ』は纏っていたボロ布を脱ぎ捨てた。
ボロ布の中から現れたのは猛禽類のような鋭い眼、黒髪の東洋人の少女だった。
年齢は17、8程度だろうか。
動きやすそうな東洋風の服装のその少女
逃げるそぶりなど一切見せず、そのままヘルワームを見つめる。
ヘルワームの注意はコロナ達から『ソイツ』へと移っていた。
そして次の瞬間、大地を思い切り蹴りその体を宙に舞わせた。
「つあッ!」
少女が叫ぶ。
それと同時に、一陣の風が荒野を吹き抜ける。
そして…
「あ、あれは!」
ソミィが叫ぶ。
それも無理は無い。
全長5mはあるであろうヘルワームたちは、少女の放った『何らかの技』によって無数の肉片に姿を変えていた。
その場に崩れ落ちるヘルワームだった肉片。
「いくらヘルワームといえどタダの虫。アタシの敵では無いさ…」
そう言うと少女はコロナたちの方へと歩み寄ってくる。
ソミィはその少女に駆け寄り礼を言う。
「あ、ありがとうございます!」
だがその時、ソミィは妙な違和感を感じた。
この少女の顔…
それはとても人を助けるような善良なる人間の面構えなどでは無い。
腐肉を貪る鷹のような濁りきった眼をしていた。
並みの盗賊など裸足で逃げ出すほどの悪人の面だ。
次の瞬間、少女はソミィを飛び越え、コロナに向かって飛び掛かった。
右腕で手刀の構えを取り襲い掛かる。
「つぇい!」
奇声を上げ、彼女の手刀が空を切り裂く。
同じくコロナも跳び上がり、空中で彼女の手刀を受け流す。
地上に着地し、対峙する二人。
だが、かわしたにもかかわらずコロナの頬に一筋の傷がついた。
魔法の類を手刀と同時に使ったわけではないようだ。
「いきなりかッ…!?」
「護人のコロナってのはアンタだろ?」
「…お前は?」
「私の名は『レービュ』、アンタを倒しに来た」
コロナがキルヴァを倒した、というのは一部で噂になっている。
たんなる物好きが勝手に行っていることらしく、半ば冗談交じりで言われているため信じている者がどれだけいるかは分からない。
誰がキルヴァを倒したのかは嘘交じりのいろいろな噂が大量に流れているとのこと。
しかし、それを聞いた者が名を上げるため、噂で名のあがった者をねらっているらしい。
コロナもその流れで狙われたのだ。
このレービュという少女もそう言った者のうちの一人のようだ。
「よおコロナ、随分と女に好かれるじゃないか」
そんな様子を見たカケスギが笑いながらそう言った。
名を上げたい旅人や戦士。
そう言った連中がこの先も出てくるのかもしれない。
しかしこのまま素通りはできなさそうだ。
「この勝負、受けるしかないな」
「そうだ、それが当然…」
「…」
「それが必然!」
一瞬の内に構えを取り、それと共に地を蹴る二人。
レービュとコロナ、二人の攻撃が同時に衝突した。
二人がそれぞれ立っていた場所のちょうど中間地点で。
レービュの拳を受け止めながら、その力に驚嘆の声を上げるコロナ。
「この体からこれほどの力をだせるとは…!」
「ははは…」
その身体を生かし、受け止められた拳を支点としてレービュの頭上へと跳び、足を上げる。
そのまま踵落としを放つコロナ。
しかしレービュもそれを黙って喰らう女では無い。
掴んでいたコロナの拳を突き離し、ほんの少し距離を取る。
間一髪で避けるレービュ。
空を斬るコロナの脚。
「なかなかやるな…」
「あの勇者サマとどっちが強い?私か、あいつか?」
「さぁ、わからないな!」
戦闘開始とほぼ同時に距離を詰め拳による攻撃。
それを防がれても、それを次の攻撃への布石とする。
たった一分ほどの攻防だった。
しかし、レービュはコロナの腕を相当の物であると評価していた。
そしてコロナも同じくレービュのことを評価していた。
その容姿から恐らく国外から来た旅人だろう。
随分といい腕だ、と。
「結構楽しめそうだよ…」
「ふふ、そうだな!」
そう言うとレービュは右腕を軽く振り下ろす。
それが『合図』だった。
彼女の右腕が炎に包まれ、その炎がやがて場の周囲を覆っていく。
厚い灼熱の炎の壁が一瞬の内に出来上がった。
「炎の壁…!?」
勢いよく燃え盛る炎の壁。
仮に逃げようとしても、その退路を断つ。
しかもこれは単なる炎では無い。
レービュ自身の魔力により燃える魔力炎。
そのため何かに燃え移るということは無い。
「この壁はこの炎を操る力によるものだ」
恐らくレービュは火炎操作系の魔法を使用できるのだろう。
それも詠唱を必要とせず、魔力を直接燃焼させるタイプのモノだ。
このタイプは魔力消費が激しい代わりに、その他の性能全てがとても高い水準を持つ。
短期決戦に最適な魔法と言える。
「おい、少し下がるぞ、ソミィ」
「う、うん…」
炎の壁からソミィを遠ざけるため、一旦下がるカケスギ。
魔力炎は通常の焔とは異なる。
勝手に燃え火がることは無い。
しかしその身に浴びると通常の炎よりも大きな火傷を負ってしまう。
カケスギはその性質を知っていたのだ。
「厄介だな…」
近くに落ちていた木の枝を火の壁に投げつける。
投げ込まれると同時に全体に燃え広がり、黒こげになった。
しかし地面に落ちている別の枝には一切燃え広がっていない。
「炎に当たらなければいいんだろ…!」
軽く拳で殴りかかるコロナ。
あくまで様子見の攻撃であるため、それの攻撃はレービュに軽々と避けられてしまった。
だがその攻撃は囮。
瞬時にコロナは、彼女の背後へと回り込む。
自身の放った拳よりも『速く』動き、後ろを取ったのだ。
「…後ろをとったか!」
「お前には隙が無かったからな。無理矢理にでも隙を生み出させてもらった」
「なかなか面白いことを言うな…!」
後ろを取られたレービュ。
反撃に移る、その選択肢を取ろうにも彼女は動くことが出来ない。
下手に動けばコロナの攻撃を受けてしまう。
「無理矢理にでも距離を取るしかない!」
傷を負うこと覚悟でコロナから距離を取るレービュ。
当然それをそのまま通すコロナでは無い。
攻撃を仕掛けるべく、右腕をレービュへ向けて勢いよく伸ばす。
斬撃を纏った突きで攻撃を仕掛けるつもりだ。
しかし…
「その『腕』を待っていた!」
「なッ!?ぬぁっ…!」
その瞬間、コロナは右腕に反撃の手刀を受けてしまった。
骨こそ折れてはいない。
だが、その右腕全体に激痛が走った。
先ほどの手刀、それは身体に傷を負わせることが目的の攻撃では無い。
激痛を発生させ、その痛みで戦意を失わせるタイプの攻撃だったのだ。
「う、腕が…」
回復の魔法を使おうにも、今は戦いの真っ最中。
そんなことをしていられるほどの時間は無い。
だが腕をむしばむ痛みと痺れ。
それも並みのものでは無い。
腕の筋肉がほんの少し伸縮するだけで、肉が裂けるような痛みが走る。
まるで今にも腕が縦に裂けていくかのように。
「痛覚を正確につくこの一撃、並の人間ならのた打ち回るほどだ」
「ッ…!はッ…!」
「よく立っていられるものだ」
右腕を押さえながら、手の指が動くかどうかを確認するコロナ。
指は動いた、痛み以外のダメージはやはり大したことは無い。
だが、その痛みが問題だ。
なんとか立って入られるものの、とても戦いに集中できるような物では無い。
「痛…ッ…!この程度…ッ!」
「ほう、まだ喋れるほど余裕があったか」
コロナの態度を見てその考えを捨てるレービュ。
痛みを抑えるため、コロナがが右腕をまっすぐに伸ばし硬質化の魔法と共に魔力を纏わせていく。
簡易的なギプスのようなものだ。
動かせなくなった右腕を魔力で固め、痛みを最小限に抑える。
「ならばこれでどうだ!」
魔力炎を大きな塊として放つ一撃。
直撃すれば大怪我は免れない。
しかし…
「ずあッ!」
それと共に放たれたコロナの斬撃波。
レービュの放った剛炎ごと身体をも切り裂いていた。
彼女の左肩から右足にかけて斜め一文字に入る深い切り傷。
レービュは自身の鮮血と共に倒れた。
それと共に魔力炎の壁が消え去った。
「くッ…最後の最後で…ミスったか…」
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