第四十一話 聖女とシンバー・ホーンズ
「何が説明だ!ただ自分たちの都合のいいような説明をしてるだけじゃねぇか!ふざけるな!」
ミーフィアの一連の演説。
あの晒し首は本物のキルヴァでは無く偽物であること。
かつての仲間は殺されたのではなく、あくまで名誉の戦死だったこと。
そして『本物の勇者キルヴァ』とその婚約者の『ノリン』は別の国に遠征しているということ。
それを自身の声で民衆へと発表したミーフィア。
しかしその言葉に異議を唱える者がいた。
過激派、シンバー・ホーンズ。
その人だ。
「納得できねぇ!みんな!そうだろう!?」
民衆の中には半ば納得しかけていた者もいた。
ミーフィアの説明は一応は筋が通っている。
とくに目立つ矛盾点も無い。
しかしそれでもシンバーは納得できなかった。
「他の国を助ける前に、このテルーブ王国の魔物をなんとかしてみろよ!」
シンバーの問いに対し言葉を失うミーフィア。
たしかに勇者ならばそちらを優先すべきではある。
国の外への遠征、という言い訳はまずかったか…?
「くぅッ…それは…」
「盗賊も魔物も溢れかえってる!駆逐はしないのか!」
返す言葉も無い。
魔物や盗賊は各自治体で各個で殲滅するように。
そちらに税金や人員を割くことはできない、それが現在の国の方針だ。
旅人や賞金稼ぎなどに自治体が金を払う。
よほどのことが無い限り、国の兵が動くことは無い。
「やはり国の奴らはろくでもない奴らばかりだ!そうだろう!みんな!?」
「そうだ!そうだ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
「おぉー!いいぞシンバー!」
民衆の怒りを鎮めるための会見。
しかしそれが一転。
過激派シンバー・ホーンズの集会となってしまった。
シンバーの言葉と共に民衆の怒りのボルテージはさらに上がっていく。
止められない…!
ミーフィアはそれを悟った。
「こ、この流れは…」
「国も護れねぇヤツが勇者だと?聖女?笑わせるなよ!」
「そうだ!そうだ!」
「うおお!言ってやれシンバー!」
「く、くぅ…」
もはや広場の数少ない衛兵ではどうしようもない。
このまま暴れられても困る。
国側は一切の抵抗をやめ、兵を下げざるを得なかった。
幸いまだ暴動までには発展していない。
このまま静かに引き下がれば…
「おい!聖女ミーフィアサマよ!」
「きゃっ…」
「プレゼントだ!」
シンバーが名指しでミーフィアを呼んだ。
それと共に彼が思い切りミーフィアに向かってある物を投げつけた。
握りこぶし大のそれ。
当然そのまま当たるわけにはいかない、危険物かもしれない。
それを避けるミーフィア。
そのまま舞台に転がり落ちたそれ。
投擲されたものの正体は…
「ぎ、牛糞!?」
「俺たちにとってはそんな牛糞ですら財産の一つなんだ!お前たち裕福な人間には分からないだろうがな!」
「くッ…」
「お前たちはその糞以下だ!」
牛糞は肥料に使える。
ただ上に立つだけで役に立たぬものなどそれ以下だ。
そう言いたいのだろう。
その勢いのまま、城の前で過激派の集会が始まってしまった。
こうなってしまえばもう国側にできることは何もない。
無理矢理、力ずくで鎮圧させる方法もある。
だが、ただでさえ新聞のせいで国の評価が冷え込んでいるのだ。
そんなことをしては単なる自殺行為にしかならない。
ここは刺激をせず、彼らの怒りが一旦沈むのを待つだけ。
「くッ…」
「見ろよ!聖女サマが戻っていくぜ!オレ達の勝利だ!」
「おぉー!やったぜ!」
「うおぉぉぉぉぉ!いいぞシンバー!」
「このまま街まで凱旋だ!」
調子をよくしたのか、シンバーとその取り巻きたちはそのまま城下町へと戻っていった。
元々ひと騒ぎを起こして暴れたかったのだろう。
そして軽く暴れた後はそのまま意気揚々と戻っていく。
過激派シンバー・ホーンズと呼ばれてはいるものの、所詮は単なる暴れ者に過ぎない。
信念を持ち活動する革命軍とはまた違う存在。
「せっかくこの私が直々に話してやったと言うのに…」
「聖女様、お怪我などは…」
「大丈夫よ」
使用人の少女に軽くそう言いながら、王城内へと戻るミーフィア。
荷物だけ片付け、使用人の少女は先に戻っていった。
本来ならばもう少し話す予定だった。
他にも質問などにも答え、民衆と触れ合うことで信頼を少しでも回復させる。
聖女である自分が平民に合わせる、という本人なりの譲歩をしようとも考えていた。
だがシンバーの乱入によりそれどころでは無くなってしまった。
あの騒ぎでそんなことをしたら、それこそ争いになりかねない。
「おや、随分とお早いご帰還で」
「ま、マルク…」
「お話はうまくいきましたかな?」
今回の演説では衛兵の指揮を大将軍であるマルク自身が行っていた。
普段ならば衛兵長がすればいいような仕事。
だが今回だけは彼が直々にその仕事を買って出た。
何故そのような仕事をやりたがっていたのか。
最初は誰も分からなかったが、恐らくミーフィアの『この顔』を見るためだったのだろう。
「その様子だと失敗したようですな」
「…」
「いやはや、とても残念だ。ハハハ…」
そう言って外にいる衛兵たちの元へと向かうマルク。
最初から彼は、この演説は失敗するものだと確信していたのだろう。
「こんなはずじゃ…」
せっかく会見の場を開いたにもかかわらず、愚か者のせいで台無しになってしまっ。
このままでは気分が悪い。
城にある浴場にでも行くか、そう考えるミーフィア。
と、その時…
「ん?」
廊下の角で誰かが話す声がする。
浴場へ向かう廊下はこの時間はあまり人は通ることが無い。
仕事をさぼり、ここで話しているのだろうか。
「…あんなの失敗するに決まってるじゃない」
「好きにやらせておけばいいのよ」
「もう半分くらいの人は本当のこと知ってるんだからね」
「まあ聖女サマの世話仕事は楽だからいいけどね。お給金も高いし…」
先ほどの使用人の少女の声だ。
他の使用人と話をしているらしい。
嫌な話を聞いてしまったミーフィア。
このまま攻撃魔法の一つでもぶち込んでやろうかとも思ったがさすがにやめた。
先ほどのシンバー・ホーンズ、大将軍マルクと合わせて、随分とイライラさせられる日だ。
「くッ…」
このまま使用人の少女と顔を合わせるのも気が進まない。
意味の無い言い訳など聞いても頭が痛くなるだけだ。
自室に戻り、頭を抱えるミーフィア。
結局今回の演説では何も改善しなかった
いや、一部の者には効果があったのかもしれない。
だが、肝心の過激派シンバー・ホーンズには全く効果が無かった。
あの男がいる限り、民衆の怒りが収まることは無い…
それにコロナも…
「ナグモくんを…」
今のミーフィアは自由には動けない。
頼りになるのは懐柔したナグモのみ。
「あの子を上手く使うしかないわね…」
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