第三十五話 女騎士エリム
ナグモを部屋へ招き入れたミーフィア。
彼女は以前から大将軍マルクの動向が気になっていた。
以前もキルヴァの立ち振る舞いに対して苦情を言ってきた男。
また今でこそ、その牙を潜めているがかつては猛将として名高い人物であったとも聞く。
何を考えているかわからぬ男だ。
その動向はできる限り掴んでおきたい。
そこでミーフィアが考えた策。
それは…
「もしよろしければまた来てくださる?」
立場も下であり年下でもあるナグモ。
彼を懐柔することだった。
とはいえ、ナグモはまだ警戒心の強い。
彼を味方に引き入れるのには少し時間がかかりそうだ。
「…失礼します」
そうとだけ言うと、ナグモは部屋から出て行ってしまった。
とはいえミーフィアは脈を感じた。
上手く彼を手懐ければ、大将軍マルクの考えもつかめるかもしれない。
そうすれば、いくらでもやりようはある。
「こうなったのも全てアイツの…コロナのせいよ…」
ことの責任はすべてコロナにある。
勝手な逆恨みではあるが、ミーフィアはそう考えていた。
三年前のあの時、大人しく死んでいれば今の自分の生活が脅かされることは無かった。
キルヴァも死ぬことは無かった。
完全に歪みきった考えだが、彼女はそうとしか考えられなくなっていた。
「ノリンは…まぁ…」
カケスギにへし折られた右手はまだあまり自由には動かせない。
治療したので軽くは動かせるがやはり痛む。
そのためあまり身体に負担はかけられない。
今回のナグモ懐柔のようなとき以外は、あまり行動しない方がいい。
そう考えつつ、王城の中庭へとでる。
軽く周りを散歩でもしよう。
そう考えたのだ。
「…ふう」
太陽の輝き、蒼い空、風の声
それらは誰にでも平等に与えられる。
ミーフィアにも当然、その権利はある。
と、そこに…
「聖女ミーフィアね?」
いきなり話しかけてきたその少女。
年齢はノリンやキルヴァと同じくらい。
気の強そうなその鋭い目つき。
必要最低限な部分なみを護るための軽量の鎧。
ショートに纏められた銀色の髪。
「あ、貴女は…」
ミーフィアは彼女に見覚えがあった。
確か王の親衛隊の騎士団の…
「エリムさん…ね…」
親衛隊騎士団の若き隊長、エリム。
昔何度か会ったことはあったが、あまり直接話したことは無かった。
見覚えはあったが、咄嗟に名前が出てこなかったのだ。
「本当なの?」
「なにが?」
「とぼけないで!あの人が…」
「あッ…」
「キルヴァが死んだっていうのは!?」
この時、ミーフィアは思い出した。
女騎士エリム、彼女はキルヴァと一時期交際していたことがあったということを。
一時期、と言ってもほんの少しの間だけだ。
かつての旅の途中、立ち寄った町で訓練中だった彼女と意気投合したキルヴァ。
暫しの間、彼女が旅に同行していたのを覚えている。
「城下町ではこんなものが出回っている!なんだこれは!」
「あー…」
「当然こんなものに書かれた戯言は信じんが…」
そう言いながらルーメの新聞をミーフィアに突き付ける。
キルヴァの悪行一覧コーナーはスルーしてくれたようだが、問題は別にある。
キルヴァとノリンの死だ。
これは事実であり、ミーフィアが報告したことでもある。
「え、えっと…」
ノリンとキルヴァの結婚式の際にも、前夜に屋敷に乗り込んできたことがあった。
それをノリンと共に説得したことも。
あの時の過激な愛を持つ厄介な女。
それがミーフィアが彼女に持つイメージだった。
面倒なヤツに絡まれてしまった…
「ええ。彼は…」
「なんで…」
「え、いや…」
「貴女と婚約者のノリンがついていながら!なんであの人を護れなかった!?」
その勢いのまま、ミーフィアを城の壁に叩きつけるエリム。
キルヴァとノリンの婚約を最終的に彼女は認めてはいた。
しかし心の中では諦めることができなかったらしい。
ミーフィアはそれを察した。
そしてそれと同時にある事を思いついた。
「じ、実は…」
ミーフィアはエリムにこれまでの経緯を話した。
ただ話したわけでは無い。
自分たちに都合のいいように、歪曲した話を。
偶然にも、以前キルヴァがパンコに対して話したのと同じように…
「と、というわけなの…」
中庭の椅子に座りながらそう話すミーフィア。
以前から『自分にだけ』都合のいい話は用意してあった。
新聞の記述と矛盾しない範囲での都合のいい作り話を。
そしてそれを暗唱できるように記憶もしてある。
それをエリムの前で披露する。
簡単なことだ。
「この新聞には復讐され死んだとかかれているが…」
「キルヴァと私は無関係なのよ。ノリンが勝手にそんなことを…」
コロナのことをまず説明した。
彼が復讐者である、ということは事実。
だがそのきっかけを作ったのはノリンである。
自分たちは関係ない。
ミーフィアはそう誤魔化した。
キルヴァが殺されたのは完全な逆恨みである、と。
「ノリンが勝手に仲間だったコロナさんを殺して…」
「殺し損ねた彼に数年越しに殺された、と」
「ええ」
「納得がいかんぞ!なぜそれでキルヴァが殺されなければならないんだ!?」
「こ、コロナさんは私達三人が共謀したと勘違いしているのよ。それで私達三人を纏めて殺そうと…」
「ぬぅ…」
それを聞き納得する女騎士エリム。
実は彼女もキルヴァと肌を重ねたことがあった。
それも何度も。
彼女にとって初めての体験だっただけに、キルヴァに対しては深い愛を持っていた。
ノリンとの結婚前夜に乗り込んできたのもそう言う理由がある。
「いくらキルヴァのかつての仲間だったとはいえ、コロナという男は許せん!」
そう言って怒るエリム。
彼女を横目にミーフィアは思う。
『あの方の本当の愛を受け取っているのは私だけなのに…
ノリンも、エリムもなんて哀れな女なのかしら』
…と。
「ノリンのヤツは論外だ!そんなヤツが婚約者を名乗っていたなんて…」
「私は事故死とだけノリンから聞いていたから…」
「まったく知らなかったのか?」
「ええ。追ってきたコロナさんからそう言われたとき驚いたわ」
白々しいまでにノリンに罪をかぶせるミーフィア。
どうせ既に死んでしまっている身だ。
死人は何も語らない。
それならすべての罪をノリンにかぶせてしまえばいい。
都合の悪いことを全て。
どうせバレはしないし誰にも真相は分からない。
「…その腕もコロナにやられたのか?」
折られた右手を見ながら言うエリム。
この腕はカケスギに折られたものでありコロナは関係ない。
ついでにカケスギのことも伝えておこう。
ミーフィアはそう考えた。
あの東洋人の男がカケスギという名前なのは、キルヴァから聞いている。
「いいえ、これは彼が雇った用心棒にやられたの」
「一応聞いておきたい、どんな奴だ?」
「東洋人で黒髪の刀使い。名前はカケスギ…」
その名に一瞬反応を見せるエリム。
しかしミーフィアは気が付かなかった。
カケスギも邪魔な男だ。
うまくエリムを煽れば…
「…わかった。覚えておこう」
「私は彼らに狙われています。しばらくは城に…」
「わかった。警備を固めさせておく。心配するな」
「ありがとう」
「新聞の件、説明感謝する」
そうとだけ言うとエリムは去っていった。
うまく彼女を騙すことができた。
ナグモと合わせ、うまく利用できそうな手札を増やせそうだ。
しかも警戒心の強いナグモとは違い、エリムは単純な性格の女だ。
少し入れ知恵をしてやれば、勝手にコロナたちを殺しに行くかもしれない。
たった一人になった中庭で、声を殺しながら笑う。
「私は聖女ミーフィア。このままじゃ終われない…」
キルヴァもノリンも死んだ。
残ったのはコロナとミーフィア。
どちらか一人、残った側が勝者だ。
しかしミーフィアに負ける気は一切ない。
「このまま欺きとおして見せるわ…!」
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