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大切な幼馴染と聖女を寝取られた少年、地獄の底で最強の《侍》と出会う  作者: 剣竜
第二章 勇者キルヴァへの復讐

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第二十九話 キルヴァ、散る

 

 ローザがその顔に付けていた仮面を外す。

 キルヴァはこの男の『声』を聴いたことがあったのだ。

 彼の立ち振る舞いに既視感を感じていたのも当然のこと。

 仮面とウィッグの下から現れたその素顔。

 それは激流に消えたと思われた男、レイスだった。


「久しぶりにきたから迷っちゃったかと思ったっすよ」


「ははは。何を考えていたのかと思ったらそんなことか」


「前のことがあったっすからね」


「あの時迷ったのはキミのほうだろう?」


「レイスがかってに迷ったっすよ」


 そう軽いやりとりをする二人。

 その表情はかつて王都で、キルヴァが初めてレイス達と出会ったときと同じものだった。

 その会話を終え、改めてキルヴァの方へと視線を向けるレイス。

 先ほどのパンコのように冷たい眼、そして軽蔑の意がその瞳に込められていた。


「さてキルヴァ。なぜパンコが君の傷を治したか、だが…」


 聖剣を奪いたいのであれば、傷を負った彼をその場で殺せばいい。

 わざわざ顔だけを治す必要は無いはずだ。

 ならばなぜ…


「わかるか?」


「わからねぇよバーカ」


「そうか。まぁ、簡単な理由だよ。とてもな」


「ほい、レイス。聖剣っす」


「ありがとう」


 レイスがその言葉と共に剣を引き抜く。

 美しく輝く聖剣。

 レイスが軽く振るだけで空気が震える。


「それはッ…!?テメェらまさか…!」


「ここまでやれば…さすがにわかるっすよね?」


「キルヴァ、キミのその首を頂く」


 冷たく言い放つレイス。

 彼の得意な剣技は首狩りの一撃必殺の奥義である。

 キルヴァはそう聞いたことがあった。

 もし仮に彼と戦う機会があるのならば注意しよう、そう考えていた。

 しかしこんな形でそれを受けることになるとは思いもしなかった。


「ふざけるなッ!」


「ふざけてなどいないさ」


「さらし首にして見せしめにするっすよー」


 聖剣を奪っただけでは、革命の狼煙としては不十分。

 罪人であるキルヴァを晒し首とし、それを見せしめとする。

 それが現体制への反逆の証となる。

 そのためには、コロナの攻撃を受けて陥没し、ボロボロになった『顔』では不十分。

 それが『勇者キルヴァ』であるとはっきりわかる状態で晒し首にすること。

 それが二人の考えだった。


「晒し首にするためだけに治療をしたってのか!ふざけるな!」


「しかしそのおかげで少しは生きながらえることができたんだ。感謝してほしいな」


「ま、待て!待て待て!」


「だめっす」


「あ、あああああああああああああ!ふざけるなぁぁぁぁ!」


「だから僕たちはふざけてなどいない、と言っているだろう」


「なんでこんなことを平然とできるんだ!お前らまともじゃねぇ!」


 そう言い放つキルヴァ。

 だが、これまで行ってきたことを考えると彼にだけは言われたくはないだろう。

 普段の素行も悪く、強烈な選民思想。

 仲間と共謀してのコロナの抹殺。

 数多の女性関係のスキャンダル。

 もし一つずつ上げていくのであれば、キリが無い。


「キミの女癖の悪さは知っている。被害を受けた女性は十や二十では済まないだろう」


「俺は勇者だぞ!それをこんな…」


「民衆はそれを認めていないんだよ。残念ながらな」


 そういってキルヴァの首筋に剣を突きつける。

 このまますぐに振り上げ、首を切断できる。

 そんな態勢だ。


「ヒェ…!」


 剣の刃の冷たさ。

 それが逆に彼の感覚を覚醒させる。

 自らの前に確実に近づいてくる死。

 それを全身の感覚で体感させられているのだ。


「ま、待て!取引だ!取引をしよう!」


「…どうするっすかレイス」


「聞くだけ聞こう」


 キルヴァは言った。

 自身も革命軍に入れてほしい、と。

 勇者としての実力は本物。

 それを利用すれば、より革命の成功率は上がるはず。

 勇者と聖剣、その二つは戦力的に大きなアドバンテージとなる。

 …と。


「ど、どうだ?悪い取引じゃないだろ?」


「なるほど、戦力増強はいい案だ」


 意外にもキルヴァの案に肯定的な意見を述べるレイス。

 革命軍とは言っても、その構成員の大半は一般市民。

 戦力としては心もとない。

 もちろん、強者もいるにはいるが、戦闘能力の高い者は多い方がいい。

 それは事実。


「以前、オリオンが有力な戦力となる人材を逃した、と言っていたな」


「協力は得られたけどメンバーには入ってくれなかったってやつっすね」


 レイスがオリオンから聞いた人材。

 これはミッドシティで出会ったコロナとカケスギのことだ。

 大人数で行動することを好まぬ彼らは革命軍入りを拒んだ。

 しかし共通の目的を持つため、現在は革命軍と協力関係にある。


「俺が協力する!優秀な人材だっていうのは今までの戦績が証明しているはずだ!」


「確かにな…」


 もう一押しだ、キルヴァはそう思った。

 所詮は平民出身のレイスと頭の軽いパンコ。

 いくらでも口先で騙せる。

 革命軍に入る、など最初から嘘でしかない。

 しかしそれを悟らせぬよう、言葉を気をつけながら、話していく。


「それに聖剣だけよりも、俺が持っていた方がより効果あると思うぜ」


 ここで自分の有用性を理解させ、仲間に加わる。

 表向きは革命軍として活動しつつ、裏では構成員の女を丸め込んでいく。

 パンコを懐柔するのは不可能だろうが、他の者をこちら側にしていく。

 そうすればいつかは…


「キルヴァ…」


「なんだ?」


「キミの言葉を信じたい」


 レイスのその言葉を聞き、心の中でほくそ笑むキルヴァ。

 それと共に彼の心に『生き残った』、という感情が生まれた。

 生き残りさえすれば、いくらでもチャンスはある。

 それこそ、あのコロナのように。

 まずは自分をこんな目に合わせたコロナを確実に消す。

 次はこの二人。

 そしてもし生き残っているのであれば、役立たずのミーフィアも…!


「顔を上げてくれ」


「ああ。ありが…」


 キルヴァが上げた顔。

 それをパンコが思い切り地面に叩きつけた。

 この二人にはキルヴァの言葉など、最初から届いてなどいなかった。


「何言ってるのか分からん!ふざけるのもいい加減にしたほうがいいっすよ!」


「キルヴァ、キミは『仲間』を裏切っただろう」


「そんなヤツの言葉なんか信じられるわけ無いっす。少なくともウチはね」


 もはやキルヴァの言葉になぞ耳を傾ける者はいなかった。

 これまで虚言と嘘で構築してきた人生。

 その結果がこれだったのだ。

 もはや何を言っても誰も信じない。

 誰も欺くことなどできはしない。


「グッ…くそぉ…ッ!」


「いい加減諦めろ。キルヴァ、キミはここで死ぬ」


「俺に…勇者にこんな…」


「勇者では無い。勇者を騙る愚か者だ」


 約百年前、この国を救ったと言われる初代勇者。

 その弟子である先代勇者『コーツ』と先代聖女『ノート』。

 勇者はそこで途切れた。

 キルヴァの存在は何かの間違いだったのだ。

 歴史上のミスであり、正当な勇者などでは無い、と。

 後世の者はそう考えるだろう。


「今後の歴史にはそう綴られる。先代勇者コーツから途切れた勇者の系譜。それを騙る愚か者がいたとな」


「俺から勇者の座を奪うだと!そんな権利がお前らに…ッ!」


「僕とパンコじゃない、歴史が決めるんだ」


「未来の人がどう思うか、っすよ。大切なのは」


 勇者の系譜はこの国の歴史に刻まれていくだろう。

 いや、たとえ国が変わろうとも消えることは無い。

 初代勇者、その弟子である先代勇者コーツの名が。

 しかしそこにキルヴァの名前が刻まれることは無い。

 彼の名は未来永劫、『仲間を裏切った愚か者』の代名詞として語り継がれることとなるだろう。

 この国の革命が成功した暁には…!


「助けてくれ!反省した!本当に…」


「もうそんなくだらない偽りだらけの言葉に騙される者はいない。それに…」


 剣に力を込めるレイス。

 単なる見せしめのための処刑では無い。

 彼がキルヴァに見せる殺意。

 それは…


「後から聞いたよ。キミがパンコにしたことをな…」


「あッ…」


 あの屋敷に招かれた際、キルヴァがパンコにしたこと。

 いくら割り切れているとはいえ、彼女が酔っている際に同意なしにされたことだ。

 その心の傷は決して浅くは無い。


「わが最愛の存在を傷つけられ、許すほど僕は甘くは無い」


「ミーフィアぁ!どこにいる!こいつらをどうにかしろ!」


 もう自分の力ではどうにもならない。

 そう悟ったのか、キルヴァはミーフィアに助けを求めた。

 しかし彼女はここにはいない。

 当然、そんな願いなど届くわけも無い。


「聖女サマならいないっすよ」


「あの役立たずがぁ!ノリン!ノリンは!ノリ…ッ!」


 死んだはずのノリンにまで助けを求めるキルヴァ。

 彼はすでに追い詰められ、恐怖で錯乱状態にあった。

 そして声をあげると共に、自分でもその状況を客観的に理解してしまった。

 キルヴァという存在が、どれほどまでに追い詰められているのか、ということを。


「ミーフィアぁぁぁぁぁ!ノリンんんんんん!何処にいる!?早く助けろぉぉぉぉぉ!」


「ノリンちゃんはさっき死んだって言ったじゃないっすか。自分で」


「パンコぉぉぉ!友人のノリンがコロナに殺されたんだぞぉぉぉ!悔しくないのか!?」


「ウチもそこまで親しいわけでも無かったし…別に…?」


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そう言いながら辺りに叫び散らすキルヴァ。

 もはやそれは勇者などとは到底呼べぬ醜態。


「お、俺を殺すのか!?国が黙っていないぞ!」


「その国を変えようと言うんだ。いまさら何を言う」


 冷たく言い放つレイス。

 それを見つめるパンコ。

 この二人の意志はもう変わらない。

 変わるはずがない。


「どうせ失敗する!国の革命なんて失敗するぞ!」


「ははは、失敗したらそれまでだな」


「新しい時代のために殉じて死ぬのなら、なにも惜しくはないっすよ」


「こ、コイツら…」


 この二人が見せた眼。

 それはあの戦いの中でコロナが見せた眼と同じものだった。

 命を賭けて戦うコロナ。

 彼は言った。


『一度失った命だ。復讐のためにならすぐにでも投げだせる!』


 命すら投げる覚悟のあるコロナ。

 そしてこのレイスとパンコ。

 彼らとキルヴァでは、覚悟の重さがあまりにも違い過ぎた。

 新たな時代のために殉じる覚悟を持つ者の眼だった。


「ミーフィアぁぁ!ノリンんん!」


「終わりっすよ」


「ミーフィア!ノリン!」


「じゃあな」


「…こ、コロナ!」


 勇者キルヴァは死んだ。

 いるはずもない仲間の幻影に縋りながら。

 彼が最後に見た幻。

 それは自らが殺したと思っていた『三年前のコロナ』の姿だった…




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