第二十七話 救済の少女…?
コロナが目を覚ましたのは、それから少し時間が経った時だった。
夜が明け、既に夜が明けかけている。
遠くの山からは日の昇りが見えかけている。
戦いは終わったのだ、コロナの勝利で。
大量の傷、血と引き換えに。
「気づいたか」
「…カケスギか!」
そこにいたのはカケスギだった。
彼から戦いが終わったことを知らされた。
キルヴァとの決戦の最後、もはや二人は本能のみで戦っていたようなモノ。
そのせいでコロナは最後の方の記憶がなかった。
ふと気が付くと、キルヴァから受けた傷の一部が治っていた。
「治療の魔法くらいは一応使えるからな」
確かに治療の魔法は長旅には必須となる魔法だ。
彼が使えても何もおかしくは無い。
しかし…
「ああ、ありがとう…」
とはいえ、ほとんどの傷はそのままだった。
キルヴァから受けた斬撃で裂けた肩は何とか傷が浅くなってはいる。
だがこのまま放置することもできない。
なんとも中途半端な治療だった。
とはいえ、これも仕方がないだろう。
それほどキルヴァの攻撃が重かった、ということだ。
「魔法だけではどうにもならん。しかるべき場所で処置を受けたほうがいい」
「ああ、そうするよ…」
手を握り、指を動かす。
両手共に特に動きに支障は無かった。
だが問題は失血だ。
さすがに大量の血を流し過ぎた。
しばらくは休んだ方がいいだろう。
「キルヴァは?あいつはどうなった…?」
「あの男か。ヤツは…」
カケスギから事の顛末を聞かされた。
キルヴァを蹴り飛ばした後、彼は弾き飛ばされ、川に突き落とされた。
聖剣をその手に持ったまま。
コロナの肩が繋がっていたのはその蹴りのおかげでもある。
その場に倒れこんだキルヴァは気を失い、そのまま川に流されていったらしい。
「あの先は滝だ。生きてはいないだろうが…」
「確認はしていないか?」
「ああ。だがそれはコロナ、お前がすることだ。俺じゃない」
カケスギはそうとだけ言った。
そうだ、彼はこの復讐譚には全くの無関係な人間。
キルヴァの生死を確認するのはコロナの役目。
だが…
「こんな怪我じゃ確認なんかできねぇな」
「まぁそうだろうな」
「いいさ。さすがに死んだだろう」
「…そう言って生きていたヤツを俺は知っているがな」
さすがにあれだけの傷を負ったのだ。
流され、滝から落ちて生きているわけが無い。
仮に生きたいたとしても、当然虫の息だったはず。
助けも来ない状態なら生きることなどできるわけが無い。
だが…
「ははは。そうだな。いるよな。ここに」
キルヴァはコロナが死んだと思っていた。
他の二人もそうだった。
だが、そう言われつつもコロナは生きていたのだ。
キルヴァも同様に生きているかもしれない。
だが…
「もしそうだったら…その時、考えるさ」
今のコロナ以上の傷をキルヴァは追っていた。
そしてコロナですらカケスギの治癒魔法がなければそのまま死んでいたのだ。
滝から落下し、放置されているであろうキルヴァが生きているはずがない。
それは客観的な事実。
「そうか」
カケスギはそれ以上は言えなかった。
今回のことはあくまでコロナの身内同士の争い。
それにこれ以上、口をはさむ権利は彼には無い。
と、その時…
「コロナぁッ!」
「なッ…くッ!」
突如放たれた攻撃魔法。
それを弾き飛ばすカケスギ。
物陰から現れた、攻撃魔法の主。
それはミーフィアだった。
「よくもあの方を…!キルヴァ様を…」
キルヴァがやられた。
それに怒りコロナを襲ったのだろう。
治癒魔法を使っているとはいえ、今の状態ではとても戦える状態では無い。
まして、相手は高等魔術を使える聖女ミーフィア。
ボロボロのコロナには勝ち目など無い。
だがその前にカケスギが立ちはだかった。
「またやられに来たか」
「だから何?」
そうとだけ言うミーフィア。
カケスギとミーフィアの距離は十メートルほど。
彼女が今のコロナを殺そう、と思えば殺せる距離だ。
カケスギも動くに動けない。
魔力をためるミーフィア。
と、その時…
「うぐッ…!」
突然ミーフィアが声をあげ倒れた。
ためていた魔力が暴発し、彼女の手の中で爆発する。
ミーフィアの背中には、一本の矢が刺さっていた。
その矢の主は…
「一発必中…ってね」
その矢を放ったのはルーメだった。
今回の戦いを記事にしようと訪れていたところ、ミーフィアの凶行を目撃。
それに対し、咄嗟に矢を放ったのだ。
矢の攻撃を受け、攻撃用の魔力を暴発させてしまったミーフィア。
「あ、ああ…」
「魔物用の痺れ薬を矢じりに塗ってあるわ。聖女サマといえど、しばらくは動けないはずよ」
その場に倒れるミーフィアを軽くころがし、コロナたちの元へと来るルーメ。
何とかコロナも起き上がり、近くの岩にもたれかける。
そして改めて彼女に話しを聞いた。
「ルーメ、お前キルヴァと会ったことあるか?」
戦いの中、キルヴァが言った言葉がどうにも気になっていた。
その真相をそれとなく聞き出そうと言うのだ。
「アイツね、酒場で絡んできたから適当に相手して追い払ったわよ」
「…嘘は言っていないみたいだな」
「当たり前でしょ。どうしたの?」
「いや、なんでもないさ」
「?」
「キルヴァに一杯喰わされたか。ははは…」
ソミィと話していたところをキルヴァに絡まれた。
それを別の客と一緒に追い払った。
それが真相のようだった。
ルーメが嘘を言っているようには見えない。
それはカケスギも同意見だった。
「さて、後は…」
「ミーフィア、コイツをどうするか、だな」
ルーメの矢の毒を受け、その場に倒れるミーフィア。
いくら聖女とはいえこうなってしまえば、しばらくは何もできないだろう。
これを、どうするか…
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一方その頃。
滝の下の湖の畔。
キルヴァはそこに流されていた。
あの戦いで身体は再起不能直前にまで追い込まれていた。
特に頭部への傷が大きかった。
だが…
「う、うう…」
「あ、起きた!」
そのキルヴァを治癒魔法を使い、治療した者がいた。
だがそれはミーフィアでは無い。
彼女はここにはいない。
キルヴァを助けたのは…
「よかった!気づいたっすね!」
「ぱ、パンコか…なんでここに…」
キルヴァを助けたのはパンコだった。
王都から出発した彼らが心配になって後を追ってきた。
パンコはそう言った。
「まさかこんなことになってるとは思っていなかったっす」
「ま、まぁな。うッ…」
「あ、ダメっすよ!まだ動いたら…」
顔の傷はほぼ全て治してあったが、他の部分は手つかずの状態だった。
酷い部分から優先的に治療したのだろう。
なんとか湖から上がり、付近の岩にもたれかかるキルヴァ。
「ちょっといいっすか…?」
「あっ痛っ…」
「腕が折れてるっすね。足も」
コロナに折られた腕の他に、右の足も完全に折れてしまっている。
他にもあばらや鎖骨もひびが入っている。
あまり動かない方がいいだろう。
少しずつ治療魔法をかけ、ある程度動けるようになったら病院で治療をする。
それが最善と言える。
「肩をかすっす。右足だけで歩けるっすか?」
「あ、ああ。けど、まだ少し休ませてくれ…体が痛む…」
「わかったっす」
そう言って地面に横になるキルヴァ。
身体はまだボロボロだが、顔だけは元に戻っている。
それだけはパンコに感謝すべきだろう。
「ミーフィアさんとノリンちゃんは?」
「ミーフィアのヤツは知らん。ノリンは殺されたよ…」
「殺された?」
「ああ。実は…」
キルヴァはパンコにこれまでの経緯を話した。
ただ話したわけでは無い。
自分たちに都合のいいように、歪曲した話を。
パンコはこの国でも有数の名家であるシヨーク家の一人娘だ。
その力を使えば、コロナたちを始末する方法はいくらでもある。
「そんなことが…」
「パンコ、俺にはもうお前しかいないんだよ…」
ノリンは死に、ミーフィアはどうなったのか分からない。
しかしパンコは違う。
彼女はコロナにその存在を知られていない人間。
上手く使えば切り札となる女。
キルヴァはそう考えた。
「お前だけが頼りなんだよ…」
「キルヴァさん…」
「だから一緒にコロナの奴に復讐を…ノリンの仇を…」
あえて弱みを見せることで彼女の同情を誘うキルヴァ。
そっと彼を抱きしめるパンコ。
彼女の肌の温かみを感じる。
「ノリンちゃんの仇…」
「ああ。頼むよ。俺の大切な婚約者の仇を…!」
内心キルヴァはほくそ笑んだ。
この女も、ノリンとミーフィアと同じ。
軽い女だ、と。
ノリンなどもはやどうでもいいが、パンコを動かすくらいの役には立つ。
しかし…
「痛ッ!」
「あ、剣が!」
キルヴァがかけていた聖剣。
それが彼の傷口に当たってしまったのだ。
たったそれだけとはいえ、今の彼にとっては激痛だ。
「外したほうがいいっすよ。その剣」
「そ、そうか…」
「預かるっすよ。キルヴァさん」
肌身離さず持っていたこの聖剣。
ノリンやミーフィアと寝るときも手元に置いていた。
だが、さすがに今身に着けているのはとても辛い。
「だいじょうぶ。大切なものなのはわかってるっす」
「…壊すなよ」
「少しは信じてほしいっすよ」
「ほらよ」
そう言ってパンコに聖剣を渡すキルヴァ。
大切そうにしまうパンコ。
「けどキルヴァさん、ノリンちゃんの仇っていっても、ウチにできることって何すか?」
「ああパンコ。お前は貴族連中を集めてくれればいい」
そう言ってキルヴァはパンコの持つ聖剣を指さす。
「その聖剣は権力の証。これがあれば言うことを聞いてくれる貴族連中はいくらでもいる」
キルヴァの言うとおり、彼の聖剣は権力の証。
そしてその象徴でもある。
勇者という存在が、それほどの権力を持っていられるのもこの剣の持つ威光のおかげだ。
「そうっすね。この聖剣があれば…」
「そうだ。それさえあれば…」
「これがあれば、ウチに従ってくれる人はいくらでもいるっすよ…ウチに…ね」
そう言って聖剣を鞘からゆっくりと抜くパンコ。
聖剣の刀身の美しさを存分に堪能しながら。
そして小さな笑みを浮かべた…
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