第二十六話 復讐の決闘の果てに…
キルヴァを倒し、勇者の名を地に落とす。
そして初めてコロナの人生は再び動き始めるのだ。
三年前に止まった、あの時から。
「俺の地獄が終わるのは、お前のいるその場所だ」
その声と共にコロナはキルヴァへと攻撃を仕掛けた。
それはつまり、二人の戦いが始まったということだ。
コロナとキルヴァ、二人のぶつかり合い。
「キルヴァ!今日ここでお前を倒す!確実に!」
「やってみろよ平民の護人風情が!」
そしてそれを見届ける者たち。
カケスギ。
聖女ミーフィア。
黒魔術師の少女。
荒野の盗賊ウルフリーと魔人少女メイヤ。
「始まるか…」
カケスギが呟いた。
それとほぼ同時だった。
コロナとキルヴァ、二人が戦闘を開始したのは。
「真っ二つにしてやる!この聖剣で!」
そう言いながら、剣に手をかけるキルヴァ。
そして一気にコロナへ距離を詰める。
抜くと同時に斬りかかる。
これが彼の癖だった。
本人が意識しているのかどうかは分からない。
しかし、剣を抜く一瞬だけ、隙が生まれる。
コロナはそれを見逃さなかった。
「ずあッ!」
「うッ…」
その彼の言葉と共に、キルヴァの腹に強烈な一撃が入る。
勝負前から抜いては置かない、攻撃を仕掛けると同時に剣を抜く。
という彼の悪癖。
三年前から知ってはいたが、指摘しようと思ってもできなかった。
しかしそれがここで生きた。
「はは、やるじゃないかコロナ」
「まあな」
攻撃を受けたキルヴァだったが、既に聖剣を抜いていた。
それから放たれる斬撃。
注意を払いつつその攻撃を避ける。
しかし全てを避けきれるわけが無い。
「ぬあッ…!」
「そうだよなぁ、避けられるわけないよなぁ」
致命傷でこそないにしろ、その身に剣の一閃が刻まれる。
カウンターで正面からの攻撃を繰り出し、一旦距離をとる。
相手が剣となるとリーチではあちらが遥かに有利。
コロナが有利になるには、キルヴァの懐に潜り込むしかない。
キルヴァの主要な技のほとんどは把握している。
技をかけると同時に、カウンターを仕掛けることも可能だ。
「聖剣が厄介なんだよ!」
このまま攻撃を受け続けていても、単なるサンドバッグになるだけだ。
しかし反撃をしようにも、キルヴァとの距離は僅か二メートルほど。
格闘戦を仕掛けるにも中途半端な距離だ。
「それなら…」
「妙な小細工なんかするなよ!」
「うるせー!」
ダッシュで一気に距離を詰める。
そして振りかざされたキルヴァの聖剣の刃をいきなり手で掴み、そのまま手元にひきこんだ。
鋼鉄製の籠手のおかげである程度は耐えられる。
とはいえ、そんな安直な策で聖剣を奪われるキルヴァでは無い。
多少よろけはしたが、その手から聖剣は離さなかった。
しかし狙いは聖剣を奪うことなどでは無かった。
「今だ!」
キルヴァがよろけた瞬間を狙い、一気に距離を詰める。
掴んでいた聖剣を勢いよく手放し彼の身体を突き飛ばす。
まさかの行動に、ほんの一瞬バランスを崩してしまったキルヴァ。
その僅かな瞬間を狙ったのだ。
しかし反撃とばかりに、彼はコロナの脇腹に聖剣を叩きつけた。
コロナの出方など、キルヴァにはある程度想像できた。
防具を入れてあるとはいえ、それも軽く刻まれてしまった。
わき腹から血が滲む。
「ハァッ…グッ!」
腹から激痛が昇ってくる。
余りの痛さに視界が歪みかける。
まるで思考に霞がかかったような妙な感覚。
しかしそんなものでとまるわけにはいかない。
「ラァッ!」
ここに来て初めて攻撃のチャンスが訪れた。
コロナ自身も多少ダメージを受けてしまっているが、それを気にしている暇は無い。
一転攻勢、猛攻を仕掛ける。
ナックルダスターを握りしめ、思い切り殴り掛かる。
コロナの一撃一撃はとにかく重く速い。
反撃の隙を与えずキルヴァを攻撃し続ける。
腹に、腕に、肩に…
「この…!」
「はあッ!」
「うがッ…!」
剣を構えたその瞬間だった。
上手く彼の腕を掴むことができた。
そしてそのままキルヴァの利き腕である右手をへし折った。
さらに足に重い蹴りを放つ。
キルヴァの右足の骨にひびが入るほどだ。
「ぐッ…!」
「どうだッ!」
「テメェ…そこまで攻撃を受けてんだからさっさと倒れろよ!」
キルヴァの指摘通り、コロナはこれまでに攻撃を受けすぎている。
速効で勝負をつけることが出来れば問題は無いが、相手はキルヴァ。
それは難しいかもしれない。
互いに相手の出方は知っているのだ。
技を出すと同時にカウンターを放つことができる。
つまり、両者ともに大技を使うことができないという『見えない制約』がかけられている。
「誰が倒れるか…」
「いい加減にしろよ!」
攻撃を続けるコロナだったが、消耗が既に激しくなっている。
息切れが激しくなりスタミナも切れかかっている。
ダメージも確実に蓄積され動きも鈍くなっていた。
キルヴァの方はどうだろうか。
腕こそ折られてはいるが、まだ左手が使える。
足も骨にひびこそ入ったが、完全におられたわけでは無い。
しかしコロナほどではないが、ある程度の疲労がたまっているようだった。
「腕が片方使えなくなっても…」
今度は逆に攻撃を受け続けることになるコロナ。
先ほどより精度は落ちているものの、それでも強力。
ボロボロのコロナに対し、まだある程度には戦えるだけの力を残しているキルヴァ。
だがさらに反撃を受けてしまった。
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その戦いを見ていたミーフィア。
もちろんキルヴァが負けるとは思っていない。
負けるはずがない。
しかし、万が一、ということもある。
彼が負けたら自身の立場は…
「キルヴァ様…!」
コロナに狙いを定め、攻撃の魔法を使い援護をする。
彼女はそう考えた。
今は二人が密着している。
キルヴァがコロナを突き放したその瞬間に攻撃の魔法を放つ。
その為に魔力をためる。
だがその時…
「邪魔をしないでもらおうか」
「誰!?」
その声と共に現れたのはカケスギだった。
魔力をためていたミーフィアを攻撃し、その右手を砕いた。
叫び声をあげることもできず、その場で声を殺し悶絶するミーフィア。
「うッ…!腕が…」
「戦いの邪魔は俺が許さん。静かに見ていろ」
あくまで干渉はしない。
静観するだけ。
カケスギはそう言った。
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これほどの傷を受けているのにもかかわらず、戦い続けるコロナ。
もういい加減倒れてもいいはずだ。
なのに何故、まだ戦いを続けるのか…
「知りたいかキルヴァ?」
「いい加減に倒れろよ!」
「絶望、敗北、悲しみ、恨み、憎悪、死。それが俺に力をくれた」
常にそれらと隣り合わせの世界。
そこでコロナは生きてきた。
失うものなど何も無い。
命ですら彼は三年前に一度失ってしまったのだから。
「一度失った命だ。復讐のためにならすぐにでも投げだせる!」
「コロナぁ!」
ここでキルヴァは初めて理解した。
最初からコロナは差し違えるつもりてここにやってきたのだ、と。
通りで強いはずだ。
最初から彼は全てを捨てていたのだから。
コロナの死と引き換えに全てを得たキルヴァ。
逆に全てを捨てたコロナ。
キルヴァの唯一の天敵。
それが今のコロナだった。
「く、来るなぁ!」
「キィッ!」
「そんな言葉、聞くはずもないかコロナぁ!」
本能的にキルヴァは感じた。
コロナには勝てない、と。
命すら投げる覚悟のあるコロナ。
今の地位や金、名誉を失いたくないために戦うキルヴァ。
その二人では、覚悟の重さがあまりにも違い過ぎた。
そこで…
「コロナ、ルーメとソミィというのはお前の女か?」
「なぜその二人のことを…」
「知ってて当り前さぁ、二人とも俺が『抱いた』んだからなぁ!」
戦意を下げるためキルヴァはそう言った。
信じていた二人も、ノリンとミーフィアのように裏切ってしまうのか。
そう思わせるために。
もちろん、この『抱いた』という発言、これは嘘だ。
キルヴァは二人の名前を知っているだけ。
だが、コロナを追い詰めるには十分すぎる言葉だった。
「いい声で鳴いてたぜぇあの二人ぃ!もうお前のことなんか…」
「キルヴァぁぁぁぁ!」
ボロボロになりながらも、突進してくるコロナ。
傷口からは大量の血が流れ続けている。
常人ならばとうに気を失っているだろう。
だがコロナは動いている。
キルヴァを倒すために。
「コイツ…!」
キルヴァの言葉は全くの逆効果だった。
コロナの怒りの火に油を注ぐだけの結果となってしまったのだ。
その命にとどめを刺すべく、籠手に仕込んだ刃を広げてキルヴァに襲いかかるコロナ。
だがそれをそのまま受けるキルヴァでは無い。
「なら、返り討ちにしてやるよ!」
互いに体力はほぼ限界。
その攻撃を受ければ、間違いなく負ける。
だが、逆に言えばこちらの攻撃を通せば勝利。
この一撃さえ通せばいい。
キルヴァはそう考えた。
「もらった!」
コロナの籠手に仕込んだナックルダスターによる一撃。
キルヴァはそれを避けた。
その一瞬、当然コロナには『攻撃を外した』という隙が生まれた。
その隙をキルヴァはついた。
聖剣を振り下ろし、コロナの左肩を切り裂いた。
「あぐッ…」
途中でなんとかそれを受け止めたコロナ。
鋼鉄製の籠手のおかげだ。
だが、既に聖剣は深々と身体を切り裂いている。
鎖骨は綺麗に切り裂かれ、あと少しで内臓に届く、というところまで。
「やった…!」
勝利を確信するキルヴァ。
今までの傷と合わせ、これは致命の一撃となりうるだろう。
せめてこのまま静かに死なせてやるか。
キルヴァはそう考えた。
だが…
「あぐぐ…ガアァァァァァァァ!」
獣のような叫び声を上げるコロナ。
痛みを感じると言う段階はすでに通り過ぎている。
差し違えてでもキルヴァを倒す。
その想いだけが彼を突き動かしていた。
その感情は、もはや獣と何も変わらない。
「何ぃ!まだそんな力が!」
「このまま…死なない!絶対ッッ!」
「離せ!バカ!」
聖剣を掴み、キルヴァの動きを封じるコロナ。
深々と刺さった聖剣。
それを体と腕でその位置に固定。
彼の動きを封じた。
しかしもう左腕は使えない。
ならば…
「そうだ、聖剣をはな…」
聖剣を手放し一歩下がる。
その発想がキルヴァの頭に浮かんだ。
しかし時はすでに遅し。
腕を使えなくなったコロナが最後に放った一撃。
重い鉄板を仕込んだブーツによる蹴り。
それがキルヴァの顔に深々とめり込んでいたのだから…
「あッ…!ギャァァァァァ!!」
顔の骨が砕ける音がした。
鈍く重い、嫌な音だ。
それと共にキルヴァが叫び声を上げる。
もはやそれは人間の声では無い。
獣が本能的に上げる声そのものだった。
「ガッアアア!」
「クゥゥゥ…ハァァァッッ…」
互いに獣の雄叫びのような声をあげる。
もはやまともな言葉など喋っていられるような状態では無かった。
両者ともに。
だが、鉄板入りの重いブーツを使った蹴り。
その反動は大きかった。
コロナはその場に倒れた。
「うげッ…!」
コロナの重い蹴りを受けたキルヴァ。
鉄板を仕込んだブーツ、そして肉体のリミッターを大きく超えた力で放たれた蹴りだ。
無事なわけが無い。
蹴りを受けたキルヴァは弾き飛ばされ、川に突き落とされた。
聖剣をその手に持ったまま。
それと同時にコロナの肉体から聖剣が引き抜かれた。
大量の血が彼の肉体からあふれ出る。
「ガッ…」
一方のキルヴァ。
顔に大きな陥没傷が残った。
もしかしたら顔だけでは無く脳にもダメージが行っているのかもしれない。
長い戦いの果てにキルヴァは倒れた。
そのまま彼はその場に倒れこんだ。
浅いとはいえ流れの速い川だ。
そのまま流されかけるも、キルヴァは途中の岩場に引っかかった。
「あ、あぐ…」
「き、きる…キルヴァぁ…」
既に両者ともに限界を超えている。
そんな中、動き出したのはコロナだった。
左腕は辛うじて繋がっているような状態。
大量の出血。
それでも彼を動かしたのは、キルヴァに対する復讐心だった。
籠手から外れた刃を手に握りしめ、彼へと近づく。
最後のとどめを刺すために。
「これ…で…」
川に入り、岩場に引っかかった状態のキルヴァへと近づく。
あと少しでとどめが刺せる。
だが、既に身体は限界を超えている。
気力だけで足を進めるコロナ。
しかし…
「おわ…」
川に入って数歩。
そこで彼の意識は薄れ始めた。
死んだわけでは無い。
だが、放っておけば確実に死ぬような怪我。
ギリギリで川から上がるも、それと共に彼は意識を失った。
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