第一話 勇者の条件
第一話です
王都を包む満月。
キルヴァとノリン、ミーフィアはこの街にある屋敷に現在は住んでいる。
魔族の長を討伐した謝礼として地位と財産を受け取ったのだ。
街の外れにある特に大きな屋敷。
多数の使用人を抱える、勇者としての地位の証。
その寝室に広がる二人の少女の甘く淫靡な声
一通りの行為を終え一旦、休憩に入る三人。
天窓から入る月の光が三人を照らす。
今日は妙に月が明るく感じる。
そう思いながら外へと顔を向ける。
ふと月の前に黒い物が。
「ふふふ…お楽しみ中、失礼しますよ」
部屋の大窓から響く静かな声。
そちらへ視線を向けるキルヴァ。
鍵は内側からかけていた。
だが不思議なことに、その窓は開けられていたのだ。
それと共に部屋を吹き抜ける疾風。
風と共に部屋に入ってきたのは一人の黒装束。
「いいお屋敷ですね。流石は勇者サマ」
室内を軽く見まわしそう言う黒装束。
おびえるミーフィア。
それをかばうように前に出るノリン。
「何者だ、お前は?」
ベッドの上に置いた剣へと手を伸ばすキルヴァ。
二人を抱いているとはいえ、そこからいつでも攻撃に移れる態勢。
ミーフィアとノリンを突き飛ばし、そのままベッドを蹴り飛び掛かり切り捨てる。
それができる態勢。
しかし黒装束は動じない。
「何者か…ふふふふ」
「答えろ!」
「ちょっと海外旅行に来た黒魔術師の少女さんですよ」
「外人か…!?」
「ええ、まぁ一応はね」
クスッと笑う自称、『黒魔術師の少女』。
確かに声の感じからまだ幼い少女の様にも聞こえる。
背の高い帽子をかぶっているので、正確なことは分からないが。
目元が見えず、何を考えているかもわからない。
とはいえ、少女というのも嘘ではなさそうだ。
「あなたはコロナという人間を知っていますか?」
「コロナ…!」
知らないはずがない。
かつて殺した…
いや、ノリンとミーフィアに殺させた相手だ。
「コロナ…」
「あの時の…!」
ノリンとミーフィアも驚きを隠せない。
あの時以降、コロナの名を口にする者はほとんどいなかった。
最近ではその存在すら忘れられた男。
それを何故今になって…
「知っている。だがそれがどうした?」
「アイツはもう死んだのよ」
「そ、そうよ。戦死して…」
キルヴァとノリン、ミーフィアが口をそろえて言う。
その返事を聞き、口元に軽い笑みを浮かべる黒魔術師の少女。
軽く一礼をし小ばかにしたような態度で言葉を投げ返す。
「はいはい、勇者サマ」
それを見たキルヴァはより警戒を強めた。
あの時のことを知っているのか?
この女はそのことで脅迫にでも来たのか?
「何が目的だ?」
「目的…ですか」
その言葉と共に、部屋に一陣の風が吹き抜けた。
黒魔術師の少女の纏っていたローブとその緑色の髪が軽く風に靡く。
病的なまでに白い、透き通るような肌。
月の光に照らされ輝く薄い緑色の髪。
一瞬ではあるがその姿が露わになった。
いずれも確かにこの国の者では無いという証拠。
警戒を解くことなく、キルヴァは黒魔術師の少女に語りかける。
「コロナという者に注意してください」
「どういうことだ?」
「彼は生きています」
黒魔術師の少女の言葉を聞いた三人は驚きを隠せない。
かつて殺したと思っていた相手が生きていた。
その衝撃の事実に。
「随分と苦労をしたみたいですねぇ。彼は」
「ヤツが生きていた…」
「ええ」
あの時、キルヴァは生死の確認はしなかった。
流石に死んでいるだろう、そう考えて。
コロナは旅の途中、戦死したと国には伝えた。
それを知っているということは…
「お前はヤツの差し金か?」
当然、この黒魔術師の少女はヤツの関係者。
そう考えるのが自然。
剣の先を向け、その首に狙いを定める。
しかし…
「私を攻撃するおつもりで?」
「答えによってはな」
「さすがは国を救った勇者サマ、何でも無理が通る」
「黙れ!答えによっては斬らねえよ」
そういうキルヴァだが真意は違った。
何を言おうとも、隙ができれば問答無用で叩き斬る。
自分たちは勇者としてその地位を約束されている。
侵入してきた正体不明の賊を一人切り殺したところで罪になどならない。
そう考えて。
しかし…
「まさか。私は貴方の味方ですよ」
不敵な笑みと共にそう言う黒魔術師の少女。
「味方…?」
「…今のところは、ですがね」
意味深な言葉を呟く。
『今のところは』、つまりいつかは敵になるかもしれぬということ。
やはりここで切り殺しておくべきか…?
いや…
「へぇ、味方か。ならいい」
あえて剣を置くキルヴァ。
軽い口調であえてバカにも思えるようにそう言うが、彼の思考は少し違った。
役に立たせるだけ立たせ、その後で始末すればいい。
これまでキルヴァ自身がやってきたように。
「じゃあまたいつか、お会いしましょう。勇者サマ」
そう黒魔術師の少女が言った。
それと共に再び部屋にを吹き抜ける疾風。
風と共に彼女は姿を消した。
去ったのではない。
文字通り消えたのだ。
後に残されていたのは絵と文字が書かれた一枚の粗悪な紙。
「ね、ねぇキルヴァ、それなにが書いてあるの?」
「知るか!外国の文字だ、俺も読めん」
この付近の国では使われていない言語で書かれたその紙。
とはいえイラストだけは理解できた。
そこには黒い髪と刀を持った『東洋人』が描かれていた。
「チッ!」
その紙を破り捨て放り投げるキルヴァ。
あの女が言っていたことは本当なのか。
もしそうであれば、今の自分たちの生活が脅かされる危険もある。
「ね、ねぇ、キルヴァ…」
ノリンが不安そうな声をあげる。
ミーフィアの顔にも不安の影が。
「わかってる。少し調べてみるさ…」
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このテルーブ王国の首都を一望できる丘の上の展望台。
先ほど姿を消した黒魔術師の少女。
彼女はそこに居た。
山間から昇る朝日を背にし、街を見下ろしながら。
「あの男…カケスギが動いたのなら、私も動かないといけない」
少女はカケスギのことを知っていた。
とはいえ、仲間という訳でも無ければ深い関係があるわけでも無い。
彼女は昔一度だけカケスギにあったことがある。
直接的な関係はそれだけだ。
だが、彼女にはカケスギと合わせて動く必要があった。
「カケスギの『妹』はこちらの手にあるけど、役には立たなさそうだし…」
既に彼女の手札には『カケスギの妹』というカードがある。
しかしその言葉をそのまま信じるならば役には立たないものだという。
「ここに『キルヴァ』のカードを使う」
手札に入ったわけではないが、今の彼女は『キルヴァ』も動かすことができる。
これをどう動かすか…?
そしてこの謎の黒魔術師の少女の目的は…?
「私のカードの動き、それはこの時代の人のうねりそのもの…」
彼女が取り出したる札。
人の動きや絵が描かれたそれ。
札たちをマシンガンシャッフルで混ぜ飛ばす。
その中の二枚のカードを無作為に引き抜く。
「それはまさにこの国を揺るがす、全てを飲み込む漆黒のサイクロンとなる!」
カケスギと黒魔術師の少女…
その関係、そして二人は何を目指すのか。
そしてキルヴァの手がコロナに忍び寄る…
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