第十八話 勇者か?ノリンか?
キルヴァが町で遭遇した東洋人の男カケスギ。
その彼と交戦したものの、終始その手のひらの上で踊らされていただけだった。
しかもキルヴァは彼を逃してしまった。
そのことに怒りを覚えながら、キルヴァは宿へと戻った。
まさか、自分があんな男を相手にしてあそこまで醜態をさらしてしまうとは。
そう考えながら。
「ん?」
部屋の中からノリンとミーフィアの声がする。
先にあの二人が戻っていたのか。
てっきり、まだだと思っていたが。
珍しいこともあるものだ。
「おい、戻ったぞ」
そう言って部屋に入るキルヴァ。
それと共に部屋の中から二人が駆け寄ってきた。
「いたのよキルヴァ!コロナが!」
「裏町のほうですわ」
「…本当か!裏町か」
一旦部屋に入り、改めてノリンから話を聞く。
コロナが裏町の武器屋にいたこと。
そこでノリンが鉢合わせたこと。
そのまま連絡のため戻ってきたこと。
それらを全て話した。
「…なるほど」
「どうするキルヴァ?」
「私達三人でまた闇討ちを…」
ミーフィアが言った。
だがキルヴァはそれを拒否した。
コロナもさすがに三人で来られるということは想定しているだろう。
何らかの対策を打っているに違いない、と。
「とするとやはり…」
「ん?キルヴァ、それなに」
「え?」
「後ろのそれですわ」
ノリンとミーフィアの指摘。
それを受け背中に手を伸ばす。
そこには一枚の紙が貼られていた。
串焼きの串で磔の様にして。
「この串はあの東洋人の…!」
先ほどの高笑いを上げていたあの男。
カケスギが持っていたのと同じ串。
それを服から引き抜くキルヴァ。
先ほどの怒りを思い出し、その串をへし折る。
「ねぇ、ここに書かれているの…」
「コロナのことね…」
「何!?」
二人から紙を取り上げるキルヴァ。
そこに書かれていたのは時刻と場所。
そして簡単なメッセージ、そしてコロナのサインだった。
正午に町外れの廃墟へと来い。
一対一の決闘だ。
そこで待つ、と。
「チィッ!あの東洋人はヤツの仲間だったのか!」
「東洋人?」
「ああ。コロナのヤツの仲間だ!」
キルヴァは町で出会ったカケスギのことを二人に話した。
ある程度の実力を持つ男。
それと交戦したことを。
さきほどキルヴァの予想した闇討ち対策とはこのことなのだろう。
三人はそう思った。
「他にも何人か雇っているかもしれんな」
「どうしますの?」
「ヤツのこの言葉通り、一対一の決闘。これなら誰にも文句は言えないはずだ」
「決闘ですか」
「奴には決闘を申込む。これならば確実に殺せる」
正式に決闘を申込み、その勝負の上でコロナを倒す。
それならば確実だとキルヴァは言った。
この国には決闘制度がある。
それを利用しようと言うのだ。
「実力なら俺たちの方が上だからな」
「昔はノリンより弱かったんだから、今でもそのパワーバランスは変わっていないはずよね」
「何その言い方?あたしが弱いみたいな…」
「事実だろ、お前は俺たちの中で一番弱い」
そのキルヴァの言葉に苛立ちを感じたノリン。
確かにそれは事実だ。
キルヴァは勇者、ミーフィアは聖女。
しかしノリンには何もない。
単に平均よりは遥かに強い、というだけ。
この国にキルヴァより強い者はほとんどいない。
だが、ノリンより強い者に限れば、いくらかはいるだろう。
それは否定はしない。
しかしもっと違った言い方があるだろう。
そう思いながら。
「…だったら私にやらせてよ」
「お前が?」
「私がアイツを殺してくる。その呼び出しには私が行く!」
そう言いながら、荷物の中から自身の武器を手に取る。
以前、キルヴァから買ってもらったスモールソードだ。
刀身は一メートルほどだが立ち回りがよくとても使いやすい。
小柄なノリンにはまさにピッタリな武器と言える。
「お、以前俺が買ってやった剣か。持ってきてたんだな」
「当たり前でしょ」
「わかった、頼むぜ」
「うん。だから任せてよ…!」
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一方、酒場に戻ったカケスギ。
彼もまた、町でキルヴァと交戦したことをコロナに話していた。
そして、彼にメッセージを渡したことも。
そのメッセージの内容も。
「お前の筆跡に真似て、奴らに挑戦状を送った」
「そうか…」
「お前が戦わないのであれば、俺が出るが」
酒場の奥の宿泊部屋。
そこで寝転がりながらカケスギが言った。
彼の国盗りには『勇者キルヴァ一行』は絶対に排除しなければいけない相手。
彼が戦っても何も問題は無い。
勝てる算段も当然ある。
しかし…
「いや、俺が出る」
コロナはそう言った。
当然だ。
その復讐のためにコロナはここまで来た。
地獄のような生活から這い上がってきたのだ。
辺境のスラム街、そのさらに最底辺の地へと流れ着いた。
まともな仕事などできず、あらゆることをやった。
復讐のため、そこから這い出してきたのだから。
「だが少し悪いことをしたなコロナ。まさか…」
「いや気にすることは無いさ」
「剣を修理中だとはな」
そう。
今のコロナは剣を持っていないのだ。
何故斬れなくなったのか、その調査には少し時間がかかるという。
そのため鍛冶屋に預けてきたのだ。
「俺の刀でよければ貸すぞ?」
そう言ってカケスギから刀を渡されるコロナ。
いつもソミィが運んでいる刀だ。
長い刀身、美術品の様に美しいその刃。
鞘にまで美しい草のような模様の装飾が入ったその刀は確かに魅力的ではある。
しかし…
「いや、いいよ」
慣れていない武器を使ってもまともに戦えるとは思えない。
普通の剣とは違い、片刃のカケスギの刀。
使い勝手はかなり異なるはずだ。
それを使っても、逆に不利になるだけだろう。
特に相手は戦いに慣れたキルヴァたち。
「それに『武器』は用意してある」
剣は預けてある。
だが、その代わりに武器工商で新たな武器を調達してきた。
デスバトル時代にも使っていた武器と同じものだ。
「そうか。わかった。ではこれはしまっておくとしようか…」
「それより、戦いの場所は?」
「町外れの洋館だ。今は廃墟になっている」
かつてこの町の市将が使っていたという洋館。
しかし今では廃墟と化している。
まず誰も来ず、人目を気にせず戦うには最高の場所だ。
簡単な地図を紙に描き、コロナに手渡した。
「誰にも邪魔にならず、邪魔されない。そんな場所を選んだつもりだ」
「なるほどな」
カケスギがその場所を選んだのには理由があった。
町を歩いている途中、その屋敷が取り壊されるという話を。
後日取り壊すため、しばらくは立ち入り禁止となっている。
人は来ないだろう、と。
それならば誰にも邪魔にならず、邪魔されない。
「こういうことはさっさと終わらせてしまった方がいい、だろ?」
「ああ、そうだ。後回しにし続けていたらチャンスを逃すかもしれない…」
剣は無い。
だが覚悟はある。
そしてこの身体。
それで十分だ。
「だが、誰が来るかは分からんぞ」
「アイツらは三人、キルヴァ以外が来るかもしれないからな」
「一応、遠くから俺が見張っておく。邪魔が入らないようにな」
「わかった。まかせるよカケスギ」
「ああ。後は…」
そう言ってカケスギが立ち上がる。
そして隣の部屋にいるルーメを呼び出す。
「用がある。いいか?」
「いいけど、どうしたの?」
「ちょっとな…」
ルーメを呼び出したカケスギ。
彼女にはこれまでの経緯を説明した。
コロナからも、彼のこれまでの経歴を説明させた。
ノリンと共に旅に出たこと。
魔物の長を倒したこと。
その後、裏切られ殺されかけたこと。
そして三年間の地獄のような生活のことを。
「…てわけだよ。あんまり話したくは無いんだけどな」
いきなりこんな話しをさせられたコロナ。
さすがにカケスギに対し文句の一つでも言いたかったがここは耐えた。
彼にも何か考えがあるのだろう。
「そんなことが…」
「そうだ。このコロナは随分と酷い人生を歩んできたんだ」
「つまり…?」
「記事にできないか?この一連の出来事を…!」
カケスギの考え、それはこれらすべてを記事にすること。
そして新聞にして国中にばら撒くというものだった。
国に対して不満や不信感を抱く者は大勢いる。
それがオリオンのような革命軍を生んでいる、というのも事実だ。
そして大量に出回るルーメの新聞。
そこに『勇者パーティから追放された男』の記事が掲載されれば…?
「もちろんコロナが嫌だと言うのなら…」
「いや、載せてくれ」
「いいの?かなり過激な内容になっちゃうけど…」
「ああ。かまわない。だが…」
コロナ側にもある程度条件があった。
一度にすべてを記事にするのではなく、何回かに分割する事。
最低限の監修はさせてほしい、ということ。
その他にも何個かの条件を提示した。
「悪いな。条件ばかり付きつけてしまって」
「…いいえ。聞屋の誇りにかけて報道させてもらうわ」
「ありがとう。感謝するよ」
となれば、勇者パーティとコロナの決戦は間違いなく最高の記事になる。
ルーメはそう考えた。
その戦いの証人となること。
それが最高の記事を書くことにつながる、と。
「じゃあ早速、部屋で記事の構想を練ってくるから」
「ああ。頼むよ」
「後の監修はよろしくね」
そう言ってルーメは部屋に戻っていった。
コロナは時間になるまで暫し体を休めることにした。
他にすることも無い。
肉体と精神を休めるため。
あと数時間後に訪れる戦いのために…
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