第十六話 幼馴染の女
勇者キルヴァの仲間としてのノリン。
彼女はとある貴族の娘であると言われている。
魔物の長を討伐するため旅を続けていたところ、キルヴァと会い仲間になった。
それが一般に言われている彼女の情報だ。
この国の者が知りうることとなっている。
しかし実際は違う。
彼女は貴族の娘などでは無い。
元々彼女は、単なる平民の…
いや、それ以下の娘だった。
貧しい町の出身であり、親にも捨てられ孤児として育った。
親の顔も知らず育った彼女。
そのそばにいつもいたのは、とある少年。
それが昔のコロナだった。
『ねぇ、うちに来る?僕と一緒に!』
『…いいの?』
『うん!みんな喜ぶよ!』
その日の暮らしにも困窮し、獣のような生活を送っていたノリン。
彼女が初めてコロナと出会ったのはそんな時だった。
子供を集めて働かせる農場、そこで当時のコロナは働いていた。
町でボロボロのノリンを見つけ、彼女を誘った。
当時のノリンは七歳。
…今から約十年前のことだ。
『大丈夫?辛くない』
『ううん、平気よこれくらい』
農場での生活は大変だった。
だが気楽でもあった。
他にも多くの仲間がいたこと。
仕事自体も慣れれば楽だったこと。
それらが幸いした。
十二を超える頃には簡単な計算も身に着け、事務関係の仕事もするようになった。
…その頃だった、彼女に魔法の資質が見つかったのは。
『あたしにそんな才能が!?』
優れた資質を持つ者を探していたという王国の魔術師。
その人物に認められたのだ。
同じくコロナも、彼女には劣るがそこそこの資質の持ち主であると言われた。
一年間、その魔術師の元で修業を積んだ二人。
二人はそのまま魔物の長の討伐へと向かうことを命じられた。
『コロナ、ケガは大丈夫?』
『大丈夫だよ、これくらい!』
仲間としてミーフィアを加え、旅の仲間は三人となった。
そしてさらにキルヴァを仲間へと加えた。
最初は態度の大きな彼に苦手意識を持っていたノリン。
貴族出身ということを鼻にかけたその態度。
そしてコロナに強く当たっていたことが許せなかった。
『ちょっと、さすがにやり過ぎよ!』
『コイツごと攻撃したほうが確実だったんだよ』
しかし旅を続ける中で徐々に考えが変わってきた。
中性的な顔つきでノリンとそう変わらない体格のコロナ。
彼よりも強く男らしいキルヴァに少しずつひかれ始めた。
そんな彼女が旅の中で彼と共に一夜を共にするのに、そう時間はかからなかった。
『もしかして初めてだったか?アイツとはやってなかったのか』
『あたり…まえでしょ…』
宿で一夜を共にし、さらに彼に対する思いが変わっていった。
しかしコロナは気づいていないようだった。
『ノリン、最近何かあった?』
『ううん、なにも』
『そう?』
友人としてはまだコロナのことが好きだった。
だが旅を続けるうちに徐々に考えが変わってきた。
自分と同じくらいの力、地位のコロナ。
より強く、権力も地位も、金もあるキルヴァ。
聖剣という権力の証。
そしてその決定打になったのはキルヴァの言葉だった。
『旅が終わったらノリン、キミを妻に迎え入れたい』
『本当!?』
『約束するぜ。この聖剣にかけて』
そう言いながらキルヴァは聖剣をノリンに見せた。
歴代の勇者に受け継がれる、この国の宝剣。
大昔に作られた剣であるが、その美しさは健在。
権力の象徴でもあるその剣に、キルヴァは約束を誓った。
『けどそれには…』
ノリンを貴族として迎え入れる。
しかしその代わりこの旅の果てにコロナを抹殺する。
それが彼の提示した条件だった。
元々は王国側の人間のキルヴァ。
平民出身であり、貴族にはなりえないコロナは既に邪魔者になっていたのだ。
『コロナがいなくなれば…』
『ミーフィアにも話はつけてある。隙を見ていずれ殺す』
『…ええ。わかった』
キルヴァと結ばれれば彼の愛を受けることができる。
そしてもう一生、金の心配をしなくてもいい。
国からは最高の待遇を受け、生活することができる。
ノリンに断る選択肢は無かった。
『せい!』
『へっ…?』
『ごめんコロナ』
戦闘を終えたのち、後ろから剣で貫かれるコロナ。
刺したのはノリン。
辺り一面に流れ広がる彼の鮮血。
その場に倒れたコロナはミーフィアに始末させた。
邪魔者を始末し幸せな生活を手に入れたノリン。
だが…
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山の麓にある町。
その町の名はリブフート。
周囲を川と山に囲まれ作られ、古くから天然の要塞都市として知られている。
市場も豊富にあるこの町。
この地区を行きかう人々の交通の要となっている。
その町でノリンは再会した。
かつて自分たちが殺した男、コロナと。
「こ、コロナ…!」
「ノリ…ン!?」
店から出てきたコロナとちょうど鉢合わせとなったノリン。
あれから三年ぶりの再会となった。
当時、コロナはノリンとほぼ同じくらいの体格。
顔もどこか中性的で少年とも少女ともとれるものだった。
だが今の成長したコロナは、どこか野性的な風貌で筋肉質な身体。
身長もあの時より遥かに伸び、今ではキルヴァよりも一回りは大柄になっている。
服の隙間から僅かに見えるその身体には無数の傷跡。
あのころの面影はほとんど無かった。
それでも一瞬で判断できたあたり、腐っても元仲間というところか…
「や、ゃ…」
「お、おい!」
「あ、ああ…!」
そうとだけ言うと、ノリンはとっさに引き返し人ごみの中へと走り去っていった。
一瞬の出来事であった。
彼女の心の中ではまだ信じきれなかった。
コロナがまだ生きている、という事実を。
キルヴァに言われてもまだ半信半疑だった。
しかし、今実際に見て確信した。
かつて自分たちが殺した男、コロナが生きている、ということを。
「アイツが生きているなんて!」
コロナをこのまま生かしておいてはいけない。
今の自分の幸せな生活を脅かす存在。
確実に消しておかなければいけない。
「キルヴァとミーフィアに知らせなきゃ…!」
そう言いながら足を進めるノリン。
キルヴァは表街道を調べると言っていた。
そこに行けば彼に会えるはずだ。
人ごみを駆け抜け、裏道から表街道へと飛び出す。
「はやくアイツを…」
コロナはあの時死んだ。
これは何かの間違いだ。
間違いは正さないといけない。
正す、それは言い換えればもう一度、殺す、ということ。
「今のは…!」
一方のコロナ。
さすがに今のは虚を突かれた再会だった。
そのためコロナにもさすがに追うことはできなかった。
だが彼女の顔ははっきりと見えた。
間違いない、三年前、共に旅をしたあの女、ノリンだ。
随分と女性らしく成長していたが、一瞬で彼女だと認識できた。
「アイツ…!」
愛憎が混ざり合った複雑な感情がコロナの身体を支配する。
かつての愛すべき仲間であり幼馴染。
だがこの命を奪おうとした、殺すほど憎き敵でもある。
『探すか…?』
一瞬そう思うコロナ。
だがそれは止めた。
「俺が生きてるって知れば、ヤツも来る。確実に!」
憎き相手を前にして、彼の精神は逆に昂りを見せていた。
自分を地獄のような場所に叩き落したあの三人。
それに復讐できるときが来るという事実に身が震える。
「…いや、まて」
一気にクールダウンするコロナ。
感情のままに行動してはいけない。
この三年間で、彼が地獄で学んだことの一つだ。
店の壁に寄りかかりながら考える。
感情のままに動くこと、それは獣と同じ。
冷静に、確実に勝てる方法を探す。
「一対一ならば…」
一対一ならば、勝つ自信はある。
相手の手の内はある程度は知っているのだ。
とはいえ、もちろんそれは三年前で止まった記憶だ。
だが、あの三人の根本的な戦闘スタイルはそう変わっていない。
「いけるか?」
一対一での戦いに持ち込めないか。
彼はそう考えた。
あちらとは逆に、こちらは三年前とは全く違う戦闘スタイルを確立している。
もし交戦となった場合、ある程度のアドバンテージは取れるはずだ。
だが…
「仮に三人で襲って来たらどうする?」
店の壁に寄りかかりながら、足を曲げその場に座り込む。
コロナは三年前から格段に腕を上げた。
地を這いつくばり、血を舐めながらも得た力。
それは事実。
だがパワーアップしたのは向こうも同じ、コロナはそう考えた。
「アイツらは一対一で決着をつけてくれる奴らじゃないしな」
あの三人がそんな正々堂々とした人間では無い。
と、いうことはコロナが一番よく知っている。
不意打ち、闇討ち、何でもしてくると考えたほうが自然だ。
となれば…
「…カケスギ!」
キルヴァ、ノリン、ミーフィア。
この三人に同時に襲いかかられたとしても、味方が居ればどうにかなるかもしれない。
相手の実力は未知数。
だが、彼が居れば…
「どこだ、カケスギ!?」
町を回ってくる、カケスギはそう言った。
この広い街を当ても無く探すのは難しい。
ならばせめて、彼が後に戻るであろう場所で待つのがベスト。
そう考えたコロナ。
「戻るしかないか…酒場に…」
あの三人に拠点だけは知られたくない。
そう考えたコロナは気配を最大限に殺しながら酒場へと戻っていった。
幸い、後はつけられていない。
場所がばれることは無さそうだ。
「なんとか一対一に持ち込む。そうすれば…!」
カケスギの力を借り、一対一の舞台をセッティングする。
そしてそのうえで奴らと戦う。
彼の…
コロナの決意は固まった。
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