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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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9.閑話休題ー7

グラウンドの人が全員一掃され。

相羽真宏、現在、異常なし。

煩悩退散作業、概ね完了致しました!

自分の中で本能と戦ったその理性は、その指令を出した俺に今、静かに、しかし確実に報告を終えた。

お腹の底からゆっくりと息を吸い、そして吐く。

100m走った時以上の充実感で全身が満たされる。

半袖の袖口で額の汗を拭い、空を見上げた。

まぶしい。

雲一つない。

やりきったな、俺。

本日は快晴なり、か。

その後の演目も全て終わり、最後の校長のあいさつも聞き。

諸々の片付けに取り掛かりだした時には、悶々としたという事実もどっか行ってしまっていた。

それから帰り道は途中まで四月一日・矢島と喋りながら。

それぞれ親と一緒に手を振って消えていくのを見送り、一人でいつもの道を行く。

学校近くの人もまばらな路面は黒く細く続いた。

上諏訪神社あたりからはやっぱり祝日。

街歩き的な観光客がぱらぱらいて、フラワーアンジーあたりから突然人が増えだす。

夕日はまだもうちょい先だけど、撮影のための下見をしている人達と早めの撮影の人たちで宵中商店街の階段上はゴチャついていた。

そこへ向かっているのか、駅へ戻っているのか。

ゆっくりと動く人の群れが結果的にホコ天にしてしまっている車道の間を掻き分ける。

ファースト・ミュージック・パサージュの向こうはそうでもないけど、矢つ張り2人とか3人とか、連れ立った人が目立つなぁ。

それを尻目にすたすた歩いて、やっとたどり着いた我が家。

ガラガラッ

「ただいま」

物音一つしない。

体操服の砂を払って開けた玄関の引き戸の向こうには誰もいないから。

ピシャリと戸を閉めて鍵をかける。

親父は仕事。

今回は本当に仕事。

じいちゃんは死んだ。

だから本当に誰もいない。

去年の体育祭のときはまだ割と元気だったんだよな。

玄関で体操服と靴下を脱いでパンツ一丁ですたすたと洗面所へ。

洗濯機に体操服を放り込んで冷蔵庫に直行。

鞄の中身の洗い物を出すより先にパカっとドアを開けると冷気が日焼けした肌にここちいい。

んだけど、麦茶少なっ!

麦茶の容器の口をあけ、上を向いてそのまま口を付けて喉に流し込むと、すぐに雫しか落ちてこなくなった。

朝もう一本作っときゃよかったな。

後悔先に立たず。流石に蛇口に口を付ける気にはならず、コップに注がれた蛇口をひねっただけの東京の水を堪能する。

麦茶より美味しくない…。

1回お代わりしたら腹に多少溜まってきた感あるし、この辺でやめとこ。

弁当箱とか諸々を一先ず流し台に出してから二階に上る。

服を着替え。

なんとなく。

なんとなくだけど。

さっと仏壇の前の座布団に座って位牌を眺めた。

『そろそろやめとけ、腹壊すぞ。砂払ったか。

しかし汗臭ぇなお前。ちゃちゃっとシャワー浴びとけ』

目を瞑ると去年のその声が甦り。

手を合わせる。

今回はちゃんと、自分でやめといたよ。砂も玄関で払っといた。

でもシャワーはいいかな。親父夜まで帰ってこないし。その頃には風呂沸かして入っとくから。

目を開いてまた黒光りする縦長の板を眺める。

疲れた。

ずるっと座布団から膝行ると、何をするでもなくそのまま前のめって畳に伏せる。

ほぼ藺草の匂いなんてしないボロだけど、フローリングとは違うほどよい冷さが心地良い。

このまま溶けて床にへばりついちゃいそう…。

でも、今日の晩飯は作らないと。

親父が腹空かせて帰って来る。

でもこんな日に頑張るのは無理だ。ラーメンだな。

玉子ゆでて適当に野菜切ってーーてかキャベツとかちぎっただけだけどーー、あとハムでいいや。

明日の弁当はそのまま、野菜炒めと茹で玉子、いいよね親父。

二階は時計の音もなく、明け放った窓からの風に揺らぐ簾がアルミサッシにぶつかってカンカンと小さく鳴った。

…ご馳走、食べたいな。

オムライス食べたい。

タイミングを逃したあのメニューは延々と食えず。

お店のオムライスじゃなくて、家で作った奴が食べたいんだけどなぁ。

母さんはケチャップ嫌いだから、休みの、母さんが来てる間は無理。

実はじいちゃんもあんまりケチャップ好きじゃなかったから、あれを家で食べた記憶ってほぼない。

じいちゃんが町内のなんかで食いに行く時とかになると、親父が作ってくれたんだよな。

多少焦げたご家庭の味は悪くなかった。

だからって親父に作ってくれってお願いするのは嫌。

もういい加減自分で出来るし、中学にもなっておねだりするもんじゃねぇよな。

なにより、親父に頭下げるの? ええ~? やだやだ。ってことで、選択肢は自作のみ。

大した味でもないんだけど、それでも食いたくて食えないものってどうしようもなく凄いグルメに思えてくる。

そのくせ、やろうと思えば今すぐじゃなくても食えるってところがまた微妙。

ケチャップはあの後ちゃんと安かった時に買ったのに、目論見とは裏腹に着々と弁当隙間埋め用の具なしナポリタンで消費されていっていた。

しょうがない。また今度。

食い物のことを考えると腹が減る。

1階に降りて棚のお菓子を漁り、この前買ったじゃがりんこが親父に盗られず残ってるのを発見。

水に浸した麦茶がまだ全然薄いので渋々水を汲む。

親父ダイエット中につき、普段は大抵ある飲みかけのコーラが冷蔵庫にない。

多分あっちにある冷えてないやつは母さんが帰ったあとのご褒美的なやつに取ってあるやつだから、キャップ開けるわけにはいかないし。

もろもろ持ってPCの前に座り、電源を入れて思う。

ジュースとかペットボトルのお茶とかを買って常備する家じゃなくて、それで当たり前になったのは、やっぱりじいちゃんがいたからだと。

それをやめないのも、じいちゃんがいなくなったからだな、お金の意味で、と。

割れたじゃがりんこが奥歯の溝にみっちり埋まって取れなくなったのを感じ、それを舌で舐めながらtuittorのアカを覗く。

親父が帰ってこないと読めないLINEのクラスのグループにリアルタイムで付いていくのは完全放棄して久しい。

tuittorのチェックだけは日々してるんだけど結局間に入れないので見るだけって実態。

今ならなんか呟けるかなぁ…。

いけるかな…。

字面を負いながら恐る恐るなんか書こうかと思って止める、いつもそうだった。

この調子だから、輪からはみ出す。それは簡単に理解出来た。

やってみたこともあったけど、文字を入力してボタンを押した時にはもう大分話題が先に行ってて。

『ちょ、おまwww』『なんのこっちゃ』

このコメントの後、俺の呟きは無かったことになった。

まだ無かったことになったからマシだったといえばそうだ。

ガチのカースト最下層だったら、これで済む訳ない。

田中と弐藤さんのつぶやきがないのはそういうことだ。

小学校の時はまだ、輪に入りたい、そういう気持ちもあったけど、中学に入ってから急速に無くなった。

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