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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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9.閑話休題ー4

…て、言われてもなぁ…。

空は狙ったように晴天。

秋休み直前の祝日ーー何の日だったかは忘れた。休みってことだけ覚えてりゃ充分だーー、体操服を家で着てそのままやってきた学校。

当然のようにざわついていた。

ぶっ…ボンボン

マイクを荒っぽく叩く音。

「あ、あ、アーっ…よし。

本日は、快晴なり。本日は、かいせーなりぃっ」

ふざけて裏返る声も含め、ひたすら耳障り。

生徒も保護者も盛り沢山の体育祭の朝は、そんなのかんけぇねぇとばかりだ。

なんてったって年に1回の晴れ舞台。

親連中は撮影場所確保に朝から忙しそうだったし。

先生たちは、生徒の世話もだけど親連中の世話にも忙しそうだったし。

生徒は生徒で準備したり移動したり無駄話したりで忙しいし。

でも、俺にとって今、体育祭は相対的に小さいイベントだった。

親も来ないし、じいちゃんいないし。

100mで済んでラッキーだし。

体育祭の前に武藤さんの『中』があって、その後で土曜日にコウダからのあの『練習』打診。

『練習』は夜中に行う必要があるとのことで、来週水曜日の深夜2時が指定されている。

そんな予定が入ったせいで、グラウンドの祭典という一大イベントはもはや授業のない月曜日と同じくらいまで値下がりしていた。

「特訓でもしたの?」

弁当を教室に置き、クラスの持ち場にたどり着くと、矢島は開口一番これだった。

『中』で作った数々の生傷はそう映るらしい。

今は別に痛かったりしないし、走るのにも支障もないから、俺的には傷そのものはどうってことないんだけど。

思い出すあれこれが性悪い。隙あらばにょきにょきでてこようとする。

内心必死でそいつらを抑え込みながら、傷のフォローにした。

実際は親父が勝手に全部済ませた作業を自分の手柄に変えて。

「庭掃除」

「この糞暑いのに乙」

『おつかれさま』っていうより『おもしれぇなごちそーさま』って口調だなお前。

持ち場に戻る矢島にむっとしながら、一応席順が決まってるから大体その辺りに着席。

多少窮屈な男子席の体操座りはもうちょっと人が増えてきてからだな。

保護者のカメラが並ぶ中、貴重品の袋から取り出したスマホを弄るスマホホルダー。

早速何人かで撮影開始。

『みんなでがんばったこの日v』を一部ヒエラルキー上位群がアピールし出すのは終わってからと相場は決まってるから、まだノリ悪くていいな。

そういうのが面倒、かつスマホ持ってない人間はボーッとするしかやることがない。

持ってたからって多分なんもしないだろうけど。

人が集まりだし、入場行進の前の曲がかかり、準備体制に入り。

練習通りに慣れきった動きの『最初の種目』準備運動のラジオ体操をこなし、席に戻り。

なぜか午後の一番暑い時間にある100m走までは、応援という名前の暇潰しタイム。

ほんと、無駄だよなぁ…。

まあ、体育祭がトラウマになるくらい運動苦手なのもいるわけだから、贅沢だって言われりゃその通り。

でもなぁ。

午前にやることがある奴らが疎らに抜けてできた、生徒席用スノコの空白地帯に足を伸ばす。

まだまだ蒸し暑い風に吹き付けられた砂は、乾いた足の瘡蓋を撫でた。

安藤さんと佐藤は朝の一仕事ーー人数確認とか、忘れ物とかーーのなんやかんやを終えて今は定位置に座って隣の誰かと喋っている。

すぐ後ろらへんにうぞうぞしてる大人たちは、子供以上に暑そう。

化粧・日傘・サンバイザー・サングラス・腕カバーその他諸々、もはや原型が分からないお母さん方。

母さんももし来てたらああなるのかなぁなどと想像してみる。

「ゆう!」

「あ、なになに?」

呼ばれて立ち上がった四月一日は、お母さんと何か喋ってる。

お父さんは相変わらずイケメンで濃い。四月一日と同じように目に影ができていた。

矢島のところにしても、あんな普段色々親のことぐちぐち言ってる割に、お母さんの姿がある。

多分お父さんも後で来る予定なんだろう。お母さん、誰かと電話してるし。

安藤さんちは爺が来ている。朝のなんやかんやが終わったところで、お父さんお母さんと交代ってことだな。

日差しがじりじりしてきた。

ついボーッと虚無になりそうだけど、一応自分のクラスの奴等が出てる時だけ程良く前のめりになって、勝ち負けをチェックしとけば、空気読んでる体は保てる。コレだけで、それっぽくなるもんだ。

団体競技とか途中の応援タイムとかが一番嫌なんだけど、それは100m終わってからだから。

小学校の親子競争みたいな、親が出る種目は中学ではない。

随分ありがたかった。

何がありがたいって、こっちはどうってことでもないのに周りの『可愛そうに…』って視線がないこと。

それ、お前らの思い込みだから。

別にいいから。

それにさ、見て欲しくない奴だっているんじゃないかな。

体育苦手な奴なんて皆そうなんじゃないか?

撮影されてデジタルで半永久的に残るなんて耐え難い。

小学校のとき大縄跳びで何度もひっかかり、白い目でみられたあの年の運動会、心底親が居なくてよかったと思ったもんだ。

親のほうだって、来たくもないのに来てる人、絶対いるだろ。

学校嫌いだったって、親父もじいちゃんも言ってたもんなぁ。

体育苦手だった親とか、見に来て欲しくない子供の気持ちわかるだろ。

あの同級生の冷たい視線の中、リアルタイムで親に『おつかれ』『がんばったね』とか言われたら?

いたたまれないに決まってる。

『何やってんだお前』って言われたら?

それはそれで刺さるだろうなぁ…。考えただけで嫌だ。

でも大人たちは皆来る。

思うんだけど、それ、『あの子の親御さん…』って視線を周りの大人連中から自分が向けられたくないからじゃないのか?

自分が『ちゃんとやってあげてる親』になりたいからじゃないのか?

それ、子供のためじゃないだろ?

時々親父や母さんに対して思い浮かぶこの一言がよぎったところで、なんかの開始のピストル風電子音がした。

まあ、来たら来たでママ友パパ友のぐちゃぐちゃしたやつで面倒臭いんだろうけど。

「昔はピストルだったよね。

あの、空砲っぽい煙出る」

「経費節減じゃない?」

後ろの保護者席で始まった井戸端会議っていう俺の大嫌いなイベントに参加中の大人連中を口には出さずに全力でディスりながら、今迄以上に前のめりになる。

耳を傾けないための措置とはいえ、砂埃が目に入って痛かった。

一年生が丁度トラックを駆け抜けた瞬間だったせいだ。

砂埃が涙で流されて落ち着いてくると、ある一角が目に付いた。

ずらりと並ぶ親の撮影機材、その合間を縫うように掲げられたスマホ。

撮影スポット周辺は、そのエリアの親のマナー監視担当者になったホームベースによってある程度の秩序が保たれているものの、この後ろの井戸端会議以上にめんどくさそうな様相。

先生も大変だ。

主に親連中の子守で。

と思ってたけど…。

うちのクラスの保護者席に歩いてくる二人を凝視した。

うち1人は恵比須。

なんか、変。

デフォルトが恵比須顔のせいで、通り越してやらしい顔になってる。

理由は明白。

歩いてくるもう一人、恵比須の話の相手がスゲえ美人だから。

日傘で隠れた抜けるように色の白い艶のある肌と、桜色に弧を描く薄い唇が色っぽい。

額や首筋ーーしっかりとまとめた黒髪の後れ毛がパラリと散っているーーを滝のような汗がだくだく流れ、それをせっせとタオルで拭う仕草さえ何処となく品があった。

誰かのお母さんかわかんないけど、美人っていいよなぁ。

田中みたいに白チビデブ汗っ掻き男とは、ここまで相手の反応が違う。

現実だし俺も恵比須のことを言えた義理じゃない。

だってさっきからずーっとあっちばっか見ちゃってんじゃないか。

何かに気付いたようにその女の人はこちらを向いた。

目ぇ合った。

メガネの向こうで下向きに伸びる長い睫毛数回を瞬かせ、にこっとして軽く会釈。

うわわわ…。

どうしよどうしよ。

よくわかんないや。

急に暑い。顔も熱い。

会釈するのか顔を伏せるのかよくわからない動きをしてから、きょろきょろと周りを見回す。

…あれ?

気のせいだろうか。

周りのお父さんと思われる何人かと、同クラの野郎何人か。あと、おじいちゃんと思われる人まで。

俺と同じような感じの仕草をしてるような…。

なんか、やましいことしてる気持ちに…。

いかんいかん。

グラウンドに視線を戻すと、その傍らで偶々視界に入った別のものーーすちゃっと立ち上がった反動でぼよよんと揺れる安藤さんのおっぱいーーが一瞬にして目から脳裏に焼きつく。

こっちはしょうがないでしょ、不可抗力だからさ。うん。

それにさっきの綺麗な人をつい見ちゃったのは、まあ…ちょっとまずかったかもしれないけど…。

あれ? 俺誰に弁解してるんだ。

そう思うもなんとなく残るやっちまった感。

目の前で繰り広げられる砂埃舞う玉入れの映像の中に、ジャンプする安藤さんとしてそれを合成して上書きし、誰にともなく無実を装った。

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