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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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8.第四界ー1

むあっとする湿度が堪らない。

さっきまで雨が降ってたせいだ。

濡れたアスファルトと排気ガスが交じり、埃っぽい臭いが立ち込めている。

お陰で額の傷は突っ張ったりしなくて楽でいいけど。

とうとう迎えた当日。

鞄は高架下のすぐ手前、駅から見たら入り口の向かい側にあるコインロッカーに預けた。

今はそのまま角に立って高架脇の小道の様子を伺ってる最中。

今日も武藤さんは来るはず。

コウダはさっき駅前で前見たのと似たようなTシャツでウロウロしてるのを見かけた。

今は歩道橋の上。

多分向こうの角に武藤さんの姿を見つけたら、直ぐ様駆け下りる気なんだろう。

歩きなれた道で武藤さんが上を見上げる可能性は低く、安全な隠れ場所と言えた。

いつもだったら割とスグに出て来る武藤さんが今日はいいのか悪いのかちょっと遅い。

「アイちゃん、どしたの?」

うわっ!

矢島かぁ。びっくりしたー。

高架下を覗きみてたら死角からひょっこり。

タイミング悪いなどうしよう。

「うん~~?」

矢島の体はゆっくり円を描きながら、俺の全身を舐めるようにサーチ。

くそっ。この面倒な時に。

体がぴったりと元の位置に戻ると、そのまま口火が切られた。

「荷物は?」

どうしよう。

ロッカーに預けたって言うとそれだけで不審な感じするし。んー…。

「ああ、ロッカーね」

なんで分かったんだ? なんも言って無いぞ。

じとっと矢島を見る。

「そっち見てたから」

ああもう、俺の首め。気になってたからって行動に即移しちゃダメ。

「なになに? なんか待ち合わせ?」

あーっと、えーっと…

俺が口をちょっと開けたり閉めたりしていると、矢島がにやぁっとなった。

LINEスタンプで見たチェシャ猫そっくりの、三日月型から歯が覗く口元がやらしい。

「女子?」

あたりだけど、待ってるっていうより待ち伏せてるっていう多少よろしくない状態。

『はい』って馬鹿正直に言うのがアウトだってのは流石に分かる。

速攻で首を横に降ると、矢島の顔はすぅっと元の形に復元された。

「じゃ、いいや。

女子だったらおもしれーと思ったけど、野郎見ても塾前の目の保養にゃならん。

また来週ね~」

よかった。矢島で。四月一日だったら多分バレてた。

足取り軽く立ち去る後ろ姿を見送り振り返る。

やっべ。

コウダが転がるように階段を駆け下りて走っていくではないか。

もう来てる?

慌てて小道に進むと、武藤さんはスマホをしまっていた。

こっちを一瞬見て、ふいと後ろを向いてそのまま向こうへ。

あの目線の焦点は俺だったか?

確認しようもない。

コウダは気付いてない様子でゲートを貼り終えていた。

その間にも武藤さんは足早に向こうへ。

チラッとこっちを見ている内に視界の中のコウダがどんどんでかくなる。

コウダが舌打ちした。

ゲートが剥がれたから。

武藤さんが思ったより早く向こうに行ってしまっている。

俺に目配せする余裕なく4~5歩駆け寄っていった。

さっきよりも手早くゲートを張って開き、自分の単独犯行かのようにさっと中に滑り込む。

下に着地してるっていうより、横穴にスライドするみたいに入っていった。

『中』の地面の位置が高いのか?

振り返りもしないところを見ると、もう俺は入り方については大丈夫と思ってるらしい。

残念ながらそのとおりだよ。着実に泥棒に近づいてるさ。

ゲートに手をかけて腕を伸ばして上半身を持ち上げ、さっと脚を突っ込む。

おわっ、これ地面すれすれなんじゃね?

太ももの後側で地面…ていうか床? を感じつつ、中に滑り込んだ。

砂地ではなさそうで、さほどこすれたりはしない。

半分起こしていた上体をグッと持ち上げ、足を手前に引いてしゃがむ。

そのまま直ぐに立ち上がろうと、膝を伸ばした。

ガンっ

「痛っんぐぐうう」

コウダの手が口を押さえたから叫ばずに済んだ。

まさかの位置に天井が。

いきなり涙目になるはめになるなんて。

そういや一番最初に安藤さんの『中』に入った時も、コウダは周り確認してからゆっくりしか立ち上がらなかったよね。

こういうことがあるからか。

全く遠慮なく立ち上がったから頭の天辺がまだ痛い。

頭に置いた手でそっとそこをなでる。

出血はなさそうだし今んとこ腫れてもなさそう。

でも幸先悪いけど、あれかな。比喩的な意味で頭冷せっていうなんかのサインと思っとこう。

気を撮り直して過去のコウダにならい、左右を確認。

…これ上だけじゃなくて左右も狭くない?

コウダと俺が並んで入ってギリ。

後ろは上下左右が更に狭くなっていっていた。

前のほうは徐々に天井と左右が広がってって、途中で拡張が止まった後はそのままずっと続いてる模様。

今触ってるのと同じ白いコンクリートの壁と天井と廊下が延々と。

廊下の両端の角に沿って真っ直ぐ取り付けられた青白色の蛍光灯が照しだすそれはひたすら冷たい。

あまりに短調。

目の錯覚でおかしくなりそうだ。

母さんに小6の夏休みに連れてかれた新宿の美術館のトリックアート展が思い出された。

だれもなにも視界内にいないこの状況から察するに、事前に話してた内容のうち後者のいきなり攻撃されるパターンの可能性が無くなったことは一個朗報だろうけど。

こんな退路なし状態で化け物じみた強さのなんかに襲われたらどうにもならんかったよな。

俺の安心を読み取ったのかコウダが釘を刺した。

明るさは充分だけど下から照らされてるせいでいつもより顔がホラーテイスト。

「トラップがある可能性がある」

ああなるほどね。それもアリなのね。

頭の中だから作りたい放題か。

本人を守るってことだから、確かに。

コウダは耳打ちしながら紐を装着中。

そういやいつも思ってたんだけど。

「なんでこの紐ひっかかったりしないの?」

だってさ、前回も全力疾走してるのに有り得なくない?

「訓練するんだ。

犬のリードと同じ要領で絶えず最短を保ってひっかかったりしないように操作する。

この仕事何年目かで、馴らし運転する新米を連れてくために、リード操作の実技試験あるから」

犬…。リードって…。

俺、調教されてる感じなの?

もし俺が犬なら今のを聞いて耳と尻尾がぺたっとなってることだろう。

そのコウダの技術力で生き延びてるのが分かってはいるものの、多少ショックだった。

カランとコウダが何かを投げる。

何もおきない。

「センサーっぽいのはなさそうだな」

なるほどね。

その言葉で即、手を壁に添えた。が、即物言いがついた。

「壁に体重をかけるな。

四つん這いでいこう。

そっと一歩ずつ。

万一でもへこんだりしそうなら直ぐ後ろに戻れ」

りょうかいごしゅじんさま(棒読み)。

安藤さんのときの鶯張りと違って進行方向の選択肢がないわけで。

仕方無くソフトタッチの一歩目を踏みだした。

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