表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
55/133

7.箱庭の檻―5

じいちゃんは踊り好きで、若い時はまさに『同じアホなら』というやつだったそうだ。

徳島への帰省も当時は阿波踊り基準にしてたらしい。

こっちでは朝草の踊り連に入っていた。法被を来て踊るじいちゃんは本当に楽しそうだった。

当然の流れで盆踊りも好きだった。お祭りに俺を連れて行く時は自分も輪に入っていた。

浴衣のじいちゃん、思い出してもキマってた。

『なのに歌はからっきしだったからなぁ』

親父は懐かしむようだった。

俺も思い出していた。多分親父と同じ歌。

二谷堀駅前の広場では『炭坑節祭』なるものが毎年開催される。

じいちゃんの鼻歌の炭坑節を聞きつつ出店をウロウロするのが通例だった。

他の盆踊りなんかで出る曲は歌詞はあんまり覚えてないみたいだったんだけど、これは本当に好きだったのか完璧だった。歌詞だけは。

『出だしの「つ」がもうすでに外れてんだよな。

次の「ア、ヨイヨイ」で戻ったかと思ってしばらく安心してると、あのサビっていうか、ちょうど音が高くなるあたりから盛り上がってくのに合わせてどんどん外れてく。

才能だなありゃ。

おふくろが笑ってるの見て、心広いなこの人と思ったもんだ。

俺無理だったから。抗議したんだやめてくれって』

『そしたら?』

『「じゃ、付いてくんな。誰が出店の食いもん買ってやってると思ってんだ」

睨みつけたらこうだ。

「くやしかったら小遣い貯めるか、稼ぐかして自分でこい。

なんなら彼女つれてきたっていーんだぞ。

ま、お前みたいなのに付いてくる奇特な女がいたらな! はははは!」

小学生にかける言葉じゃないよなぁ』

出てってやるとは言わなかったそうだ。多分、俺が同じ状況になっても言わないだろう。

『分かった』ってスッキリした顔して玄関に鍵掛けて締め出すの目に見えてるから。

過去のじいちゃんの仕打ちにぼやいた親父にしたって、折に触れて小学生にかける言葉じゃないというようなのを言い放ってきた。

たとえば小学校上がり立ての頃に買い物行った時。

当時発売したてのJINTENDO 3DSがどうにも魅力的で、ダメと言われてなお欲しかったのでアピールとして棚の前にしゃがみ込んだことがある。

そりゃもう速攻で置いてかれた。俺の方なんて一歩も振り返らず、むしろいつもより早足で。

すぐに追いかけたけど分からなくなり、迷子センターへ。冷静に店員さんに声をかけた当時の俺はえらかったと思う。

そして館内呼出3回目、警察への通報直前にして漸く電話にでてくれた。

さらに連れに来るのは2時間後。昼に出かけたのに日が暮れていた。

係の人になんか言われなかったのか。この前聞いたらなかなかの答えが返ってきた。

確信犯で3回目まで電話に出なかった、係の人には『妻が急病でいろいろあって出れなかった、一緒にいた父に頼んだのですが行き違いがあったようで』と大嘘をついていたらしい。

その後、お互い無言のまま帰宅してからも相当だった。

放心状態でじいちゃんと3人の晩飯、醤油ラーメンの胡麻油の香りは、ほっとしたうえにおやつ抜きだった俺のよだれを溢れさせていた。

俺が箸を手に持ったその時、突然親父は俺の目の前のどんぶりをズズッと俺から遠ざけると、おもむろに俺を見て真剣な顔でやさしくこう言ったのだ。

『お前の飯2ヵ月抜きにすると、なんとか3DS買える。

やる気あるなら協力するけど、どうする?』

片手で丼を抑え片手でラーメンを啜る親父と、俺に流し目をしながられんげで掬ったスープをふーふーするじいちゃん。

俺が『ラーメン…』と言ったのを聞くと、親父は麺を口からハミ出させながら器用に『3DSは?』と音を出した。

『自分で買う』

『どうやって?』

『おこずかいとお年玉貯める』

ここまできてとうとう『ん』と丼を俺に差し戻し、各々自分のラーメンに集中したわけだ。

あのときは疲れきってたし、もしかしたら本気で捨てられたかと大泣きしたいのを必死で我慢した後だったし、ごめんなさいとしか思えなかったけど。

よそんちの話聞く限りじゃ、そういう時じじばばは孫にトロ甘らしい。

ウチは親もじじもピリ辛だった。

盆踊りのエピソードを聞いて、親父も親にされたように俺にしているということかと妙に納得した覚えがある。

親父はあのときつっかえつっかえしながら、『親父』を『あの人』とか『じいちゃん』に置き換えて喋っていた。

今は結局元に戻して『親父』に落ち着いている。

いないってそういうことだった。

ここのスーパーに来るのにも慣れたし、その駅前の広場をこうやって通りすぎて駅に向かうのだって慣れたもの。

…慣れたくなかったな。

2円引きになるマイバッグの持ち手からはみ出す小ねぎを揺らしながら、駅のエスカレーターに遠慮なく足を乗せた。

佐藤とか武藤さんなんかは特売の日とは無縁なんだろう。

そりゃそうだ。金あるし。佐藤は母親専業って言ってたし、たぶん武藤さんちもそうだろう。働く必要ないもんな。

だからってそれがいいとは全く思ってないけど。

矢島んちに行ったり、行き帰りにあいつの愚痴を聞いてる限り、それはそれで大変そうだった。

矢島は武藤さんちと似た、いわゆるいいお家柄の子。親はうちの親父よりちょっと上くらいの年齢で某上場企業の役員さん。

おかげで矢島に対していやに要求度が高い。

私立の中学校の受験に失敗した後、親戚中からちょっとした鼻摘まみになっているらしかった。

『やってもやらなくてもいいこと親都合で強引にやらされるんだからさ〜』

『それでできなかったら鼻摘まみって酷い一択だな』

『だろ!!!』

力強い相槌は教室中に響き渡った。

ぶっちゃけあいつは俺と違って出来は悪くない。

実際去年1回だけめっちゃ頑張ってた時は上位1割に食い込んでいた。

それでも赤点常連なのは俺と同じく勉強に興味がなく、四月一日のノートを読む以外ほぼなんもしてないから。

できるところはできてるけど、苦手なところはそのまま苦手。

塾は親の強制によってわざわざ個別指導のサボれないところに行ってはいるものの、実りはなかった。

『そもそもさー』

『好きじゃないもんな』

『それな!!

なんでって聞かれても、勉強好きじゃないんだよって話でさぁ…。

それ言ったら「そういう問題じゃない!」って。

やりたくねぇんだっつーの、とか言うと、「そんな口の聞き方ないぞ。直しなさい」。

そっからかよって感じ。一から十までお綺麗ですことほほほほほ。

でも同じ口で会社の人が持ってきてくれた手土産にケチ付けてんだぜ?

「安物だな」とか「なんだ、前と同じ奴か」とか。

あと、食事会の後とか、「あの人の服、悪趣味だったわねぇ…」って。

お父さん、お母さん、それ違げーんじゃね? と思うわけ。

いや、わかるよ?

いろんな人にぺこぺこしてるらしいし疲れるよそりゃ。

お父さんは家になんて殆どいないし、いても普通にバンバン仕事の電話受けてるし。

お母さんはお母さんでハイレベル〜なママ友付き合いプラスお父さんの仕事関係の人の会食とかもやってて、もうああいう人間の嫁っていう、一つのジャンルのプロみたいだもん。

でもさ、そんだけ頑張って勉強してご学友作って仕事して出世して尽くして稼いで 、HPもMPもぜーんぶ使い果たしてさ。

おめでとうございます! アビリティ「チョー上から他人を見下ろす」が追加されましたぁ!

ってそれ俺いらねぇし』

今思えば矢島がとんとん喋ってたのは、俺が喋らないのもあるけど、いろいろ俺だと話しやすいってことだったのかもしれない。

我が家も人間関係に関しては、それなりの訳アリ物件だった。

親戚づきあいが薄い。ご近所付き合いはじいちゃんの代から住んでるのに薄い。

何故かといえば、親父が母さんのところに婿入りした上で出戻りしたから。

もちろん親父も母さんも俺には『別れた』としか話してない。

そして今では二人共、なんとなーく分かってそうだなと思ってるっぽいし、なんか無い限り面と向かって事実提示しない方向性を二人して醸し出してる。

じゃあ何処からそんな話が漏れたのかといえば、引越したての頃にすれ違ったご近所さんの井戸端会議だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ