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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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7.箱庭の檻―4

教室掃除は先週の理科室と違って机移動がある分手間だよなぁ。

その手間が恙無く済み学校を出て、大通りまでの静かな道を歩きながら思う。

手間も明日まで。

そう思った矢先クラクションが鳴る。変な運転した車でもいたのだろうか。

大通りの車通りの多さとマナーの悪さはいつものこと。こんなのも茶飯事。

だからこそ、明日後ろから忍びよってもまずばれないと踏んでいた。

歩道橋を通り過ぎ、高架に沿った脇道をちらりと見る。

今日はいない。

そりゃそうだ。まだ時間も早いし、なにより木曜日。

昨日はいた。

コウダに聞いたら俺が気づかなかっただけで、コウダも合間をみてチェックしてたらしい。

月・水・金のこのタイミングで、向こうから必ず武藤さんが現れる。

そしてこの高架手前の横断歩道まで1〜2m、あの辺で立ち止まって、一言二言電話で喋ってすぐ切る。

何喋ってるのかよくわかんないんだけど、それが終わるとそのまま向こうに戻っていく。

通学路で電話してるとと先生とか色々いるから多少面倒になるかもしれない。

でもあれくらいならその場でも良さそうなもんだよなぁ。

コウダにそのことを伝えたところ、『中』の危険度が上がるかもしれないという残念な返事が返ってきた。

見られたくない現場だからこそこそしている可能性があり、そういうときは2パターンに系統が別れ、どちらも警戒度が上がるという。

1つは本人とごく親しい知人以外だれもいないパターン。

もうひとつは、本人が自分のことを守ってくれそうだと思っている人などが大量にいて、本人以外の人間全てを速攻攻撃してくるパターン。

前者はまだ出会わなきゃなんとかなるんだけど、後者の場合入った瞬間に勝負が決まる。

人間『など』ってとこも危ないポイントだねと訳知り顔で返したところ、こういう場合は実在の人間でもマンガみたいにありえない大技を繰り出したりするから関係ないんだそうだ。

『入ってすぐ、やばそうだったら出よう』

佐藤のときあんなバトルフィールドに出くわしてさえ退却拒否し、しかもあのとき戦利品なしだったから次は絶対、と息ごんでたその口でコウダが言うんだからよっぽどだ。

それでも他候補を当たらないのは、まだ調査途中だから。

具体的には、山田・向井・弐藤・田中。

もともとコウダが向井・弐藤は目をつけていたものの、狙えるタイミングが限定的で難しいかもしれないとのこと。

俺はといえば、タイミングが合うやつを見つけられていなかった。

佐藤の後の週末に話した時、この状況を問題視したコウダ。

役割分担してみようということになった。

性格的に落ち着いてそうとか、いけそうなタイプと思う人間を何人か俺が挙げ、話の内容のみからピックアップし、狙えそうなタイミングがないかをコウダサイドで調査。

キーワード的には『落ち着いてる』とか『大雑把』とか『怒らない』とか。

影の薄まり方が段々伸びているのを鑑みて、これがうまくいったら次は秋休み明けで良さそうというのもあっての予定。

逆に言えばこれがうまくいかなかったらもう誰でもいいから1回入らないと行けなくなる。

選択肢は出会い頭のぶっつけ。

運良く背後を狙えたとしても入る瞬間に本人が俺達に気づくリスクは高まるし、どういう人か分からないから中に入った瞬間に危なくて出ざるをえない率も当然上がる。

それを避けるための4人なんだけど。

山田は今日俺と目があっただけでビクッてなってたから、俺が怖い同級生として出てきちゃうかも。

山田除外かぁ。

明日か今度、コウダに言っておかないと。

そういや山田も結構クラスでは目立つほうだけど、ヒエラルキー的には武藤さん一派の方が上なんだよな。

なんでだろ?

ああ、そうか。

クラスを仕切ろうとか、みんな一緒になにか、って感じじゃないからな山田たちは。

津山・呉・山田とあと1人だれだっけ。

あの4人でいっつもわいのわいのと馬鹿やってる感じで、男連中のグループと雰囲気的には近いような。

武藤さんたちみたいな女子っぽい垢抜け感が全くない。

武藤さんグループの場合、なんていうかこう、『私達ちょっと違うから』という雰囲気が漂っている。

休みにグループで行く先が上野のABOABOか原軸の249ーー西急百貨店が建て替え後にニシキューになったのをじいちゃんに親父が諭していたあのーーかの違い、これが表現としては近いだろうか。

親の財布のあったかさ加減もあるかもしれない。

武藤さんの親は確か資産家で、画廊を経営していたはずだ。

なんで私立に行かなかったのか不思議なくらい。

春夏秋冬の休みの度に海外旅行土産をクラスに蒔いていた。

でも去年の体育祭の時、保護者席に来てた両親と話してるところを見て意外だったのを覚えてる。

やや恰幅のいい、いかにもお金持ち〜な感じのお父さんと、すらっとしてて小柄で、姿勢のいいお母さん。

あの2人が並んでるのを街で見かけたら、悪いけど『ちょっと釣り合わない』とか思ってしまいそう。

武藤さんは完全にお母さん似のようだ。でも身長が高い分だけお母さんより目立った。

実はそれ以上に不思議だった事がある。

『お父…サン』『お母…サン』と、会話の途中途中で出て来た呼び名がぎこちなかったのだ。

普段あんまり一緒にいることがないにしても、変な感じだった。

コウダは今時中学生くらいだと普段は『パパ』『ママ』も有り得、今切り替え中なんじゃないかと予想していたものの、自分自身周りにパパママ型がいないせいで同意できずにいた。

切り替え時が悩むポイントっていうのは分かるけど。

俺自身、『僕』から『俺』への切り替えは小学校2年辺り。

小学校に上がるまでは、ほぼ母さん躾由来の『僕』一辺倒だった。

親父はそのころ俺に話しかける時、『お父さんは』と言うようにしていたと思う。多分『お父さん』『お母さん』で躾けたかった母さんの案だろう。

そんな純粋培養に、離婚後こっちに越してきて男所帯になったタイミングで、じいちゃんの一人称『俺』が伝播した。

『俺』の方が『僕』より断然かっこ良い。当時『僕』だった俺はそう思った。

1年のときは引越し後の俺の状況を心配してたらしい母さんとの接触頻度が高かったから遠慮してた。

けど、それが減っていった2年のころ、要は怒られることが無くなりそうになってからは一気に『俺』一色になった。

じいちゃんは喜んでたけど、かあさんは多少残念がってた。

『「オトコのコ」のままがいいなーと思ってたんだけど』と親父に話していたのが記憶にある。

『お母さん』を『母さん』に切り替えたのは中学に上がった時。

節目のタイミングを狙ったのが功を奏した。

『お袋』は母さんの趣味じゃない。激しく拒否するだろうから、母さんはこの先ずっと母さんにしとこうと思ってる。

お父さんから親父への切り替えは実は割と最近。じいちゃんが他界して四十九日明けてちょっとしてから。

理由は単純で、親父がじいちゃんを『親父』と呼んでたから。

タイミング的には『俺』に変えた時にはもう『親父』が良かったんだけど、家に『親父』が二人いたらややこしくてしょうがないだろうという小学生の俺の配慮だった。

だから俺が『親父』と初めて呼んでみた時、親父は一時停止した。

そして瞬きもせずにぽちっとした目でじっと俺の顔を見て、暫くそのまま。

俺の顔じゃなくて別の何かを見るような変な顔だったけど、呼び方を戻せとは言わなかった。

この前の初盆の時にようやく理由を聞いたけど、親父もやっぱり中学くらいで「お父さん」から「親父」に切り替えたそうで、親父の気持ち的に微妙ではあったけどOKとのことだった。

親父の方針として『俺がやったことは止めない』というのがあり、これもその一つらしい。

ちなみに勉強しろとしつこくしないのもそう。

『言われてやったってどうせ好きじゃないから忘れるし意味ないだろ。むしろ言われたからにはやりたくないとか思うんじゃないか?』と言ったのには、今思い出しても親だけあって俺の性格よくわかってると関心する。

じゃあそのとき変な顔した後どうなったかというと。

普段無言の夕飯の食卓で、しんみりとじいちゃんの思い出話になった訳だ。

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