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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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7.箱庭の檻―3

あーあ、あと一歩だったのになぁ…。

未完成の大作を惜しみながら教室に戻る途中。

たたっと駆け寄ってきたのは矢島だった。

「アイちゃん、このパーツ入るとこなくない?」

教室までの道すがら質問タイムに突入か。どれどれ…。

ああ、その手に持ってるラジオの外側のそれね。

一目見ただけでわかるおかしさ。

「もしかして先にこっちつけた?」

「うん。あ、まずかったの?」

「これ後。ここんとこに、これに付けて、で、こう」

「そーいうこと!? どーりでカパカパしてると思った!」

矢島はあーっと喉の奥から息を絞りながら頭を抱えた。

時間ぎりぎりに急拵えでカパカパを補強するため、本来平らなところにつけるはずの注意事項シールをわざわざ継ぎ目に張り、取れないように上から爪で擦ったとのこと。

矢島は剥す過程を想像してさらに悶絶し、一段落して溜息をついた。

「ねえアイちゃん、こういうのってどうやったらやれるようになるんだろう」

返答に困っていると、口を尖らせて矢島がぼやく。

「だよね。聞く相手間違えたわ」

「うんそうそう」

「うわっ!! びっくりしたぁ〜」

いつの間にか隣に来ていた四月一日。

「アイちゃんは手慣れすぎてて説明できないと思うから」

褒められてるんだかディスられてるんだか分からない。

矢島は相変わらずジメジメしている。

「俺これでも悩んでんのよ?

世の中にはあるじゃん。『男はPCとかスマホとか、機械いじり好きでしょ』『模型とプラモはデフォ』みたいな、男はコレできないと的なのがさ。

俺みたいに家電の初期設定できないわ、ガンプラよりずっとデカいパーツのプラモ組み立て途中で割るわ、あまつさえこーんな教材のすら順番間違えるって奴、もうこの世に居場所ない気がするんだよね。

それに出来た方が絶対モテると思うんだ」

「モテとは何も関係もないぞ」

親の姿と俺の今。無関係は確実に証明できた。

多分そのボロいやつとか組み立て失敗したやつ捨てて、新しいもっといい感じの出来合いのヤツ買ってくれる男の方がみんな好きだと思う。

それかちゃちゃっと業者に修理依頼して全部段取りしてくれるとか。

むしろ機械いじり好きな人間って、給料もらって仕事で業者として、もしくは知り合いに『直してくんな〜い?』とかって便利にボランティアで呼び出される側。

例えば今そんな仕事してる俺の親父とか。

母さんから聞いた話だが、『付き合う前のふわっとしてる期間』に当時何度か男友達経由で女子に呼び出しされて走ったのを見たらしい。

が、その全てで数日後にほんのりしょげて姿を現したという。

事情をほじるといつも同じ三段構え。

其の一・家のパソコン動かなくなって半泣きしてる、みたいな情報と、昼飯おごるよの一言を男友達に聞かされる。

其の二・現地直行ーー本人は絶対そうとは言わないらしいけど母さんの見立てでは多少下心アリでーー、確かに本人にも泣きつかれる。

其の三・男の影で終わる。

なんだそうだ。

直ったところでその子の彼氏が来たとか(お約束)、その子のと思ってたその部屋は彼氏の下宿だったとか(気づけよ親父)、実はその男友達の彼女未満で修理してる間に話がまとまって付き合いだしたとか(親父親父、母さんの存在は?)。

『ばっかじゃないの? と思った』。

さらりとこの一言が放たれたときの空気の冷め方といったら。

母さんの目にあのとき映っていたのは、母さんが頼んでくれたケーキセットと俺の顔ではなかった。

川藤さん・母さんの大学の先輩と4人の宅飲みで全員が缶ビールなどなどの酒類を開ける中、1人コーラを煽りながら母さんに経緯と間に挟まれた面倒さを説明したという親父の顔だったろう。

むしろ『モテ』に悪影響かもしれないぞ矢島。

この証明、黒板に書いてやろうか。

数学はそんなに上手く答えられないけど、これについては簡単すぎて嘔吐がでそうだ。

「てかアイちゃん、今日の技術の時間、なにしてたの?

超速で終わらせてたじゃん」

話題を変えてくれてありがとう四月一日。

御礼にこの傑作を披露してやろう。ふっふっふっ。

四月一日に向けて教科書の隅っこを捲ってみせた。

「暇だったんだね」

真っ直ぐ俺を見る四月一日。

そう。暇だった。

その暇の成果物をしょげてた矢島が覗きこんだ。

『しょげ』はどこかに飛んで行き、にやっとすると手招きしながら席につく。

なになにと隣に行くと、矢島はおもむろに机から社会の資料集を取り出した。

こちら側から見やすいように向きを変え、その角に指をかける。

パラパラパラ…

…パねぇ。

俺のとは格が違う。

息をのむ出来栄えってこれか。

そしてよりによってなんで。

思いだしたのは幼稚園の時、まだ母さんがいる向こうの家に住んでた頃。

夏休みを利用して母さんと二人、今住んでるじいちゃん宅に一泊したあの夜。

じいちゃんが全力で、よりによって寝る前に読み聞かせてくれたことによって、寝れないどころか一人で行けるようになってたトイレにしばらくまた行けなくなったあの話のトラウマシーン。

本気でビビる幼稚園児を見て超楽しそうだったじいちゃん。

あのときはまだ生きてて、じいちゃんを呆れ顔で叱ってから俺をトイレに連れてってくれたばあちゃんを思い出す。

矢島はもう一度パラパラした。

体中にびっしりお経が書かれた、しかし耳だけは白いままの僧侶。

平家の落ち武者がそれをしげしげ眺める様。

その後の、あの場面。

矢島画伯作画、『耳なし邦一』。

肘が上手く曲がってない針金人間とは段違いのクオリティ。

影の中のさらなる翳りも描き出す細いシャーペンのタッチに白い耳が冴え、幽霊が邦一に近づいて行くハラハラ感と邦一の苦悶の表情を鮮明に描き出している。

こいつ元々先生の似顔絵とか上手いんだよな。一昨日描いてたホームベースなんかそっくりだった。

あれはちゃちゃっとだったけど、本気出すとこうなるのか。

何時間かけたんだろう。そしてやっぱり、なんでこの話なの?

四月一日も同じ思いだったようだ。

「なんでこの話なの?」

「暑いから」

半袖の二の腕を擦り、汗を掻きながら震える動作をする矢島。

クーラー付いてるといっても28度キープ。矢島の主張は言えていた。

それがわかったらやっぱりどんだけ時間かかったかも気になる。

よし聞こう。

「いつかいたの?」

まちがえた。

「この前の自習んとき。

まるっと使ったから大作でしょ!」

結果オーライで答えが帰ってきた。

先生が授業始まってちょっとで急に早退したから、珍しく他の教科に振替にならずに自習になったあのときか。

確か丸々40分。今回の俺と同じ時間。

それでこの精度かよ。

「どうやったらこんなんかけるの?」

「え? そりゃ…」

「席ついて〜」

恵比須だ。もう帰る時間か。

がたんっ

小指を隣の机に引っ掛けてしまった。

「あっ、ごめ」

斜め後ろを向いたら山田と目があった。

俺がごめんと言い切る前に会釈した山田は、俺の顔を見てそそくさと机を直す。

そうだよなぁ。睨んだつもりないんだけどこうなるんだよなぁ。

帰りの会はいつのまにか始まって終わった。

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