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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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7.箱庭の檻―2

佐藤は当時身長160cmあるやなしや。俺の方はプラス10cm…まではない、そのくらいの差。

なのにだ。

脚は佐藤の方がちょっと長い。

あのときゴール間際。ほぼ横並びで到着し、二人して前傾姿勢になった。

必然的に前に出るのは腰の位置が低くて胴体が長い俺の方。

ゴール直後から、撮影された判定用デジカメ画像を見た教員二人が恐れ多そうにちらちらこっちとデジカメを見比べてのひそひそ笑い。

当然生徒がそれを見逃すはずはなく。

リレーのメンバーだった武藤さんとその友人は真っ先にその場に行って強引にそのカメラの映像を見るや、佐藤とつるんでた奴等を呼び寄せた。

先生としては生徒の人権のために抑止したかったみたいだ。

けど『判定が正しいか確認したい』と言われればしょうがない。

見せなかったら見せなかったで俺に被害が及ぶ可能性があった。

そのわちゃわちゃを、気になって遠くから見ようと頑張った奴がいたと思われる。

100mのゴール地点が俺のクラスの持ち場に近かったから、多分そのうちの誰か。

何人かの隙間を縫うようにスマホでズーム撮影されたデジカメの液晶画面によって、残念画像はリアルタイムで各クラスに情報共有。

そしてじわじわとその周辺からクラスの垣根を越えて密やかな笑いが広がった。

俺のコワモテが影響してか、ほとんどの奴は俺がそっちを見るとそれだけで頑張って口と顔を平常時に戻そうとしてた。

あのころつるんでた鈴木なんか、クラスの持ち場に戻ったら即、笑いを噛み殺した顔で思いっきり指差してきたっけ。

佐藤だって画像も状況も見てたはず。

そっちのクラスの奴らの多数派は失笑してたし。

武藤さんは、はぁっ? て言って笑いながらこっち睨んでたし。

あれからお互い背が伸びたけど、その比率今もほぼ変わっていないからな…。

だからこの前の体育祭の練習、胸を前に出さずにゴールしたら同着だったじゃないか。

あんな去年の惨劇ーー俺的にはーーを俺の勝ちとして正式カウントするあたり、なんだかんだ言って佐藤は真面目だ。

教科書角の針金人間を1ページ1人ずつ増やしながら、悲しい記憶と今の手持ち無沙汰をそいつらが上書いてくれることに感謝した。

俺にできることといえば、ああいう被害に合わないようにする予防策。

だから逃げ足速いってのは当たってる。家のあれこれを逃げ口上にしてるのは指摘されると痛い事実だ。

でもやらないとまずい時はしょうがないからやるさ。

きっとそれが佐藤には欲しいもんだけ取りに行ってる感じに見えてんだろうなぁ…。

そうだ、あと男子便については多少申し訳ない気持ちもある。

が、あそこはそもそもみんなのもん。『こーきょーのふくし』ーー安藤さんに夢でお告げのように言われて四月一日に意味を確認。社会の授業で聞いた記憶がほんのりあったので、俺の深層意識を褒めてやりたくなったーー、そういうことだ。

そんなに先にスッキリしたいんならもっと早く食えば?

と思ったので、この前意識的に佐藤の昼飯の喰い方を見てみた。

で、納得した。食べ方が綺麗で行儀がいいというか、育ちの良さが滲み出ていた。

掻き込むなんて絶対しない、だからどんなに頑張っても俺より後になるという理屈のようだ。

お茶漬けとか丼物はどうやって食ってるんだか。

向こうからしたら俺が下品極まりないんだろう。

しょうがない。それがデフォルトだから。

親父どころかじいちゃんからの。

みんなあんまり喋らないし、喋ったとしても食べながら。一家団欒3人揃った晩飯でさえ15分足らずで片付いていた。

3代目ってことだから、お行儀悪い早飯喰らいは相羽家の伝統と言ってもいいんじゃなかろうか。

まあいいさ。こんなに相違点はいっぱいあるけど、共通点もあったじゃないか。

何だかんだお前もオトコだよな。

あしらうだのなんだの言ったって結局女子はべらせて楽しくやってるのもそうだし、あんだけいい思いしといてなお安藤さんのおっぱいは別腹なんだろ?

恵比須への告げ口告白はびっくりしたものの、俺的にはもう過ぎた事。去年のリレーと一緒だ。

嫌な思い出には違いない。でも、蒸し返して佐藤に苛立つようなものでもないし、してもなんもいいことないわけで。

結局佐藤みたいな奴って溜め込んでんだろうな。

能力がある分、ストレスも大きくて。

他のいろんなものも全部ひっくるめて、それぞれ全てが俺の何倍かあるように思えた。

じゃあ、そんなやつと親しくしてる田室や鶴見は?

『中』でサイレント上映を見た限りは、同じかそれ以上に抱えているようだった。

ストレスというより、悩みと壁ってやつを。

だとすると予定での次候補、彼女群の一人である武藤さんも?

…いや、それはないな。

だって、武藤さんでしょ。

去年のリレーしかり、田中事件の後らへんの振舞しかり。

入学以来の女王様に何の悩みがあるっていうんだろう。

枝毛できちゃったーとか?

なにせ言いたい事は全部口に出してるし。

弐藤さんなんて名前読み間違えられたのが原因で目ぇ付けられて今もハブられ中。

弐藤さんがちょっと変わってるのは確かにそうだけどさ。

にしたって彼女のちょっと変わった日常に出くわすたびに呆れるように溜息をつくのも、『あたし地球の女だからぁ〜』と上げ調子に口走りながら横目で蔑むようにするもやりすぎだと思う。

でも俺も含めて誰も指摘しないのは自分がやられたくないからだった。

集団生活ってそういうもんで、正義漢ぶってなんかしたってなんもいいことない。

先生が指摘しないのはなぜかというと、ああいうタイプって大人には受けがいいから。

まとめたがりに任せておいた方が大人は楽で、向こうが甘えてくれるのを受動的にかまってるだけで自分が役に立ってるような気がして安心するんだろう。

それにああいうのの親ってたぶんああいう感じだろうという想定から、出張って来られると厄介そう、ちょっとやそっとじゃ触りたくないっていう本音もある。

口頭ベース&雰囲気作り&リアルとネットでのハズし。当然証拠なんて残さない。これぐらいの状態だったら、『なにもない』。

大人ってそんなもんだ。

ていうか、若い新任の先生が先生間でのいじめによって休職したのが去年の暮。

いじめだって事自体も伏せられてたし。無かったようになってるし。でも誰がやってたかって皆予想付いてるし噂もばっちり出回ってるし。

先生全員がその件に絡んでるわけで。

その振舞いを生徒が忠実に見習った結果がこれ。

この状況で先生達が声を大にして生徒を窘めるなんてできるわけなかった。

そして実のところ武藤さんを相手にすると、もう1つ全く別の方向で酷な事がある。

顔面偏差値。

ぶっちゃけブスが武藤さんと同じ事したらアウトだろう。

かわいい子ってあんなキツい事してもかわいい。映画とかドラマの悪女っぽい人が基本みんな美人なのと同じで、要は様になるのだ。

得だよなぁ。

とにかくあの人そんなんだから、問題があっても悩むことがないというより、悩む必要がないよね?

佐藤みたいなオールマイティじゃないけどさ。

勉強はそんなにだし。

運動神経はいいけど帰宅部で、部活やったとしてもエースかって言われるとやる事によると思う。

目立つから司令塔的なことをやることもしばしばなのはそう。

でも全面的に好かれているわけでは絶対ない。

武藤さんの陰口はそこここで耳にした。

例えばはんだゴテでその長い髪の毛を焦がし中の、たった今隣にいる山田さんとか。

彼女は慌ててコテから手を離し、それを台に転がした。

俺の教科書に先端が引っ付く前にそれを手にとってスタンドに立てたものの、山田さんは焦げた髪をいじるのに必死。

斜向かいの呉さんと目が合った。リスクに気付いてたようだ。

向こうが先に軽く会釈し、こっちも軽く会釈する。

とにかく俺の教科書に延焼しなくてよかった。

火事未遂もまずいけど、なにより今俺の傑作がこんなところで灰になっては堪らない。あともう3ページくらいなのだ。

『中』での経験のおかげか視野を広くするのに慣れ、こういうのに前よりも良く気づくようになった。

知らず知らずのうちに一歩ずつ泥棒への道を進んでいる気がするのは癪にさわる。

どうせ知らず知らずなら映画みたく『龍への道』の方が絶対かっこいい。自分で主体的に進む気はもちろんないけど。

昨日コウダが来た時、今回は1週間立っても全く変化がないことに喜んでいたものの、体育祭が終わると翌々日に終業式で秋休み。

これまでの伸び率から待てないと判断し、今週金曜日、つまり明日決行することになっていた。

昨日までの前打ちで情報共有も済んだし。

その後土曜日に額の傷も抜糸予定。

見た目部分で心配されそうな要素を減らして、母さん襲来に備えることになった。

今日の帰りは買い物して行こう。明日の帰りは『中』で体力を使い果たすことになるからそんな気力残らない。

ぱらぱらとページをめくって出来上がりを確認する。

ぱぱん、ぱん、右、掘って、左も、掘って、担いで、担いで、眺めて、眺めて、押して、押して、開いて、ぱぱん、ぱん。

…なんか違うなぁ。

担ぐところと腕で前を押すところ、腕の曲り加減がイマイチ。

一歩下がってるのが進んでるのと変わらないのはもう正面図だからしょうがない。

でも『ぱぱんぱん』の、『ぱぱん』と『ぱん』の書き分けができてない。これじゃ『ぱんぱんぱん』じゃないか。やっぱもう5ページくらい最後を書き足さないと。

間のコイツは消して。で、ここは一時停止っと。

よし。あともうちょっと…。

「はい、じゃあ作業残っててもやめて! 黒板に注目!」

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