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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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7.箱庭の檻―1

われわれが、この一生に、喜怒哀楽を繰り返さなければならんのは、いったい何のためなのか、誰のためなのか


『霜葉は二月の花に似て紅なり』芽盾 より

「もう一度いいます。くれぐれも先っちょ触らないように! じゃあ、作業始めて下さーい!」

熱い先端が濡れたスポンジに押し付けられた瞬間に発生するジュッという音。

技術室の机1つにつき2つ、はんだゴテの数だけ立ち上る細い煙。

部屋に充満する臭いは体に悪そうなのにくせになりそうで。

授業中という状況もあいまって、それは背徳感を漂わせた。

俺の手元にある茶色の板の穴は、その源である銀色の針金が予定通りトロけて埋めた。

「山田さん、終わった」

「えっ…て、えっとぉ…取り敢えずそこ置いといて」

山田さんは部品の足を曲げ直し終わり、説明書を見ながら基板の穴に差しているところだった。

はんだゴテをスタンドに置いてしばし待つ。冷めたところで完成した基板に通電。

音が出るのを確認していると、はんだゴテを持った向井が俺を凝視した。

…ゴムが焼ける臭い。向井の手元が出所だった。

「向井君、コード焼けてる」

「え、あっ!!」

俺の手が伸びる前に向井は慌ててスタンドにコテを戻した。

シールを貼ったら制作キットのラジオは完成。

どうしよう。全部終わってしまった。

他のやつが作ってるの見ててもなぁ。

「相羽、進め過ぎ」

技術担当、『だよね』のイワさんは、青白く頬の痩けた今にも消えそうな顔で俺の頭上にふらっと影を落とした。ゴム臭で寄ってきたか。

「パーツ差し終わったとことはんだ付け終わったとこでチェックするから手あげろって説明、聞いてなかったんだよね。もっかい全部開けて」

呼び寄せたのはゴム臭じゃなくて俺が出した音だったようだ。向井、それで俺の方見てたのか。

渋々プラスドライバーを手にとる。

イワさんは隣の島からさらに向こうを見て、チラッと俺の手元を見て、結局戻って来た。

取り出した中の基板を差し出すと、裏表、そしてまた裏とひっくり返して眺め、

「間違えてるとこないしきれいに付いてるけど、話聞いてなかった奴には当然加点無しだよね」

出来がいいってことならまあいいか。

家に持って帰ったら親父が夜な夜なビスを外してこそっと中を開くはず。鼻で笑われる事はなさそうだ。

小学校の頃休みの日にちょっと親父がいじってるヤツを触らせてもらったときなんか駄目出しの嵐でボコボコにされた気分だった。

それどころか、作り出して途中で分からなくなった子供向け科学雑誌の付録ーー初回限定で安かったからって珍しく買ってくれたーーを診てもらいに行った時なんて、訳知り顔でどれどれとそのまま付録を横取り。

鼻歌交じりで楽しげに格闘してさくっとほぼ完璧に直した挙句、口頭解説付のドヤ顔で返されたときのショックといったら無かった。

だからその後1,2回小遣いを捻出して工作キットを買った。

それがまずかったのかもしれない。

親父は息子がそっち方面に興味アリと見たらしく、スキマ時間に英才教育に取りかかった。

土曜日やごく稀に取れた平日休みの夕方、連れられて秋葉原の店内の入り組んだ棚やぶら下がるコードを眺めながら、バラでいるものだけ買うかバルク品を買うかした方が安い、もしくは壊れたやつどっかで拾うか誰かから貰うのが一番安いと知った。

ニッパやらはんだゴテやらの小学生にはちょっと危ない作業のときは見ててくれもした。

今は親父とアキバなんて行かないし、俺がなんかやってても親父が側に付いてることはない。

慣れたし、いたらいたで口出してきてめんどくさいし。

なによりあの頃と違って金出してくれないし。

そういう家電しか使ったことないせいで、友達の家の小型家電がどれも真新しいのが子供心に不思議でしょうがなかった。

本体表面が変色してない。メタリックカラーなら全体がメタリックカラーのままで、一部だけ塗装がハゲて白いプラスチックが剥き出しなんてことはない。絶縁テープで止めてある箇所なんて勿論ない。

違和感は今も拭えないでいる。

手元に出来上がった教材のラジオにしても家のラジオとは雲泥の差。

なにせUSB充電までできるんだから、 親父が大喜びすること間違いなしの学校土産になるだろう。

多分ビスの外しやすさにニヤニヤし、広々と分かり易く描かれた回路と穴のデカさを見て、ほほぅって顔して面白がった後、きれいに現状復帰、ってコースだな。

いつも思うんだけど、夜中にやれば俺にバレないとでも思ってるのか、親父。ビスの閉め具合でわかるって。

しかし今回の実習、2時間ぶち抜きのうちまるっとあと40分は残ってる。

どうすっかな。

技術の教科書のページの角っこを意味もなくぱらぱら捲る。

閃いて端っこにシャーペンでマルを書き、適当に手足を生やして針金人間にした。

秋休みまであと2週間を切っている。つまり、敬老の日直後の体育祭まで、あと1週間を切ったということ。

ピンクと青のボンボン作成も終わり、ホームルームがそれを使った応援の練習に当てられている。

体育がない日も洗濯物が出る。時々生乾き。汗をかかないようにして洗濯物を減らしたい。

でも100m走の練習を手抜きしてたら、恐らく女子の誰かになんか言われることだろう。

向こうのほうでスポンジにコテの先っちょ擦り過ぎと注意されてる山田ーー紛らわしいことに山田は二人いて両方とも女子。おとなしい『山田さん』といろいろアバウトな『山田』で呼び分けをしているーーあたりは大声で騒ぎそうだった。

このまえ『中』で激昂した佐藤に言われてたのでなおのこと。

直後は消化不良、出てからだってコウダが俺の紐を外したのに気付かないくらい疲れ果ててたから脳裏をよぎりもしなかったんだけど、今になってみて細かくセリフを覚えてる自分にびっくりする。

改めて順番に思い起こした。

よく見てるなぁというところと、そりゃ違うだろというところと。

喋るの苦手なのも人付き合い苦手なのもそうだけど、開き直りたくて開き直ってるわけじゃない。それしかやりようないからだ。

勉強についてはできないし興味もないからまあ能力と興味の一致、目が細いのは確かにその点役に立ってるさ。

でもな、女子受けが悪い原因もそのへんにあるんだから、もうちょっと同情してくれよ。俺だって女子『あしらう』なんて言ってみたいもんだ。

自分から言い出したか向こうからか知らないけど、断らずにそれぞれと仲良く歩いてて悪い気はしてないってことなら文句言う筋合いねぇぞ。

『ときどきそれっぽいこと言ってる』? 俺はいつも大真面目だ。いつもちゃんと思ってること言ってるよ。

言われた相手が嫌な気分になることもあるかもしれないけど、意見の相違ってやつじゃないか。

あと、俺の方が足速いっていうのは誤解だ。

去年の体育祭については確かに佐藤より先にゴールしたけど、あのときの胸の差は瞬発力の発揮によるものではない。

しみじみと切ない去年の出来事を振り返った。

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