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新説 六界探訪譚  作者: 楕草晴子
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1.冤罪ー2

 その日、確か何かの支払い手続きをするために朝頑張っていつもより少し早めに出て、こそっとコンビニに寄った。

 締め切りギリギリだった上、その日は特売の日。

 今日と同じく、用事はできる限り早く済ませてしまいたかった。

 朝のレジが思っていたより並んでいて、手持無沙汰だった。

 そこで目撃した。

 なぜ気づいたのか、奇跡的だったと思う。

 小太りな色白のワイシャツの小柄な男が、上着と黒い鞄を小脇に抱えている。

 外から入ってくる瞬間、眼鏡が日の光を浴びて反射し、入口からすぐの位置のレジにいる店員がまぶしそうに眼を細める。

 サラリーマンか。

 黒っぽいハンカチで額の汗を拭き拭きしながら、堂々と雑誌コーナーに向かい、『青年向け』と書かれた仕切りの先のラックにたどり着くと、迷うことなく手に取った。

 右手に雑誌を持ったまま俺の隣の列に並んだ。

 あせあせと財布を取り出すと、べりべりっと音をさせる。先に小銭を出しておくつもりらしい。

 ん? べりべり?

 チラ見すると財布がマジックテープのついたやつでしかも迷彩柄。

 オトナの財布じゃない。

 それに妙につやのいい白くて丸い手。

 おかしい。

 大人の男の人には見えない。

 ズボンは黒い。裏返して持っている上着も黒い。

 襟は内側に織り込んでいる。前に大足町で高そうなスーツを着た男の人がそうやって持ってるの見たことある。

 ごそごそしだした。鞄に財布を入れようとしてるようだ。

 鞄の隙間から「数学2」の教科書が見えたとき、頭はそのまま固定して目線だけは一気に左下から左上へ駆け上った。

 田中だ。

 但し、髪を七三分けにし、金縁の眼鏡をかけて中小企業の社長さん風に変身している。

 いかんせんやや幼げで白くてつやつやの肌。

 違和感はどうしても拭いきれない。

 でも、田中は顔立ちがもともとやや年齢不詳。

 変な感じするけど、もしかしてもしかするとこんなの感じの人いるかも。

 むこうは鞄あさりを一服させ、またハンカチで額を拭き始めた。

 まさか顔を隠すために?

 冷房が効いているのに汗だくだ。

 それに違和感がないくらい必死で拭いている。

 先にレジを出たがどうしても気になる。

 店を出ず、出入口付近の雑誌コーナーの当たり障りないあたりに立つ。

 田中が入ってきた時と同じように出ていくと。

 戦利品は鞄の中のようだ。

 気になる。

 少し離れてついていこう。

 コンビニを出て角を曲がる直前、いきなりブンブンと頭を前後左右に振る。

 曲がる瞬間にはもう眼鏡は外していた。

 そして、持っていた上着を表に返すと、学ランの襟が出てきた。

 おもむろに羽織る。

 ハンカチをポケットに突っ込み高架を出ると、普通に通学中の学生に混ざっていく。

 大胆不敵な様にあっけにとられながらも、足早に田中を追い抜かす。

 本人にばれないように横断歩道を渡ってL字に曲がってから、斜め後ろを振り返る。

 もう完全にいつもの田中だ。

 あの頭ブンブンで七三分けをいつもの分け目なしに戻していたのか。

 そんなんで分け目が消えるのだとすると、髪をテカらせているのはただの水とみえる。

 そういえば五月半ばのあの事件のしばらく後ぐらい、まだ暑くもないのに妙に全体的にしっとりしている日があった。

 特に頭らへんが。

 教室に来た女子にしっかり迂回された後、ものすごい顔で『うそでしょ』『勘弁してよ』に続いて『マジキモイ』を連呼されていたような。

 あれは汗じゃなくて水だったのか。

 あのとき、確かにペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた気が。

 いつのまにか学校についていた。

 興奮冷めやらぬまま教室に入って、あくまでも平静を装う。

 矢島たちもまだ来ていない。

 なんとなく席について、呼吸を整える。

 上野公園の美術館にある『考える人』になった気分だ。

 ガラガラッ

 朝練を終えた安藤さんだった。びっくりした。

「はやいねぇ」

「ん、ああ、用事すませてきたから」

 安藤さんは俺の家の事情も知っており、そのあたりは口が堅い。

 安藤さんの後ろを見ると何人かまた入ってきた。

 その中に、田中が混ざっている。

 今回はもう汗だくでも不思議ではない時期なのと、事件後日がたっているのとで、そこまでキモイともいわれず静かに鞄を降ろしている。

 鞄の中は見えない。

 安藤さんはそのままいつものグループの友達が来ておはよーと雑談を始める。田中はもうクラスの端っこになじんでいた。

 そしてその日、田中はだれにも呼び出しなどもされず、特に不信なこともなく、本当にいつも通りで、放課後もいつも通り教室を出て行った。

 あえて言うなら俺が一番いつも通りでなかった。

 落ち着かなかった。

 でも周囲に言わせると表情に乏しい俺。

 そわそわも、田中同様だれにも気づかれなかった。

 結論として。

 すげえ、あいつ。

 てか馬鹿なんですか。

 今のご時世、紙でエロを買う必要があるか? 動画でもなんでも、タダでいくらでも手に入るのに? 十八禁だから、法的にもアウトだ。

 中学生のお小遣いからあの一冊の値段を考えると、買えるけど安いとは言えないし親バレのリスクもある。

 WEBなら履歴を消せばいいだけじゃないか。

 確かあいつんちは割と裕福で、自分の部屋も自分用のPCもタブレットもあるらしいって一年の時に誰かに聞いた。

 なら当然スマホもあるだろ。

 しかも学校に行く途中の駅前のコンビニだぞ。

 電車通勤の先生に見つかったら?

 俺みたいに用事があったり飯買いに来たりしたやつに見つかったら?

 買ったものは学校に持って行ってるんだろ。

 学校内で持ち物検査とかされたら? Swicchan――仁天屋から出た小型ゲーム機――をこっそり持ってきたやつがいたときなんて、しばらく抜き打ち検査があったじゃないか。

 モノがエロ本なだけに、過去のクラスの女子が田中を見たときの蔑んだ目線を全く否定できない。

 なぜあんな。誰かに目をつけられてパシらされてるとか。

 ありえなくはないけど、それだったらもっと、こう、おどおどするところがあってもよさそうだ。

 あんなに堂々とできるものだろうか。いや、ほんと、帰りに買えばまだしもなぜ朝イチなのか。

 もう、全て振り切ってるとしか。

 仮にそのエロ本が欲しかったとしても俺には絶対にできない。

 きっとあいつはどうあっても朝イチで手に入れたかったんだろう。

 手に入れるために、考えて金をためて準備して実行したのだ。

 こんなのすげえって思うのは俺ぐらいかもしれないが、何度考えてもすげえなぁしかでなかった。

 なんでそんなことやろうと思ったんだろう。

 あいつと親しいわけでもない。俺は話すのが得意じゃない。

 あいつも俺も親しくないやつに声かけて話すようなキャラじゃないし。

 でも気になる。

 あいつの頭ん中、どうなってるんだろう。

 ん~でも知りたいような知りたくないような。

 あのときのしっとり感同様、エロい路線にしっとりした感じだと嫌だなぁ。

 自分の常日頃の妄想はオールオッケーでも、自分でたった今勝手に想像した田中の頭の中にある妄想はほんのり不潔感があった。

 気が付くともう一駅となり、自宅最寄り駅付近だ。

 あいつもすごいがこの惰性もすごい。体が道を覚えている。

 横断歩道とか車とか、どうやってよけていったのだろう。

 周りに注意が行くようになったところで、後ろから黒いTシャツと長ズボンの男が俺を抜き去っていく。

 なんとなく追いつこうと早足になったが、追いつけなかった。

 あーあ。

 スーパーでお目当ての品を見つけ、店を出る。

 駅のエスカレーターを登り、中を突っ切った。

 パン屋も改札も通り過ぎて駅を出ると、曇り空と宵中霊園の石垣に葉桜並木。

 右斜め後ろの橋にチビどもと保護者の誰かが電車鑑賞中。いつもの景色。

「お、いま帰りか」

 あのアロハシャツは川藤宝石店の店主川藤さん。

 親父の学生時代の先輩で、俺が小さいころに両親が離婚してから、何かと気にかけてくれてる。

「こんちは」

「もうそろそろこんばんわの時間。ちょっと遅いなどうした」

「学校で、ちょっと」

 なんかあったな、とだけ察したようだ。にやっとされた。

 こういう時、『みなまでいうな』という風になるのは何だろう。

 喋るのが苦手な俺としてはありがたいものの、この人の中でどういうことになって納得しているのかたまに気になる。

「しょげるなしょげるな」

 バシバシ背中をたたかれ、じゃ、と駅に降りて行った。

 飲みに行くのだろう。上機嫌だ。

 なら忘れてくれるな。

 親父の耳には入らない。よかった。

 そのまままっすぐ行くとコンビニがあり、霊園とコンビニの境目、ひっそりとした小道に入り込む。

 くねくね曲がりながら進む。

 スカイツリーが見えると同時に町内の掲示板も見える。

 ここのスカイツリーの眺めが実は結構好きだったりする。

 霊園が広がっていて見晴らしがいい。実は墨田川の花火もちょっとだけ見える。

 掲示板には俺のじいちゃんの葬儀の連絡以来、その手の紙は貼りだされない。

 いいことだ。

 そのまま道なりに進んでちょっと行くと見慣れた我が家。じいちゃんが中年のころに建て替えたといっていた。

 かなりボロイものの、まあ住める。

 畳・襖・床の間。和テイストなどというおしゃれな感じではなく完全に和。全体的に茶色い。

 昔は土壁だったが塗りなおすのが面倒で今はベニヤ板を打ち付けてペンキを塗って済ませている。

 手すりはじいちゃんの介助のため随所に後付けしたものの、階段の幅が狭いのはどうしようもない。

 そこにきて、じいちゃんも親父もどちらかといえば小柄なのに俺だけでかくなってきてしまった。

 かがまないと長押――なげしって言ってわかるやついるかな――に頭をぶつける。

 勝手口は小さすぎ、もうあそこから入るのはつらい。

 だいぶ前に勝手口の上に頭をぶつけたとき、まだ元気だったじいちゃんも親父も音を聞いて駆けつけ、即座に口をついて『大丈夫か、枠は、壁は!?』だった。

 あの時俺はだいぶ痛かった。まだまだ家は大丈夫だろう。

 親父と二人になって、二階建て四部屋仏壇付きはやや広い。

 親父は物欲がないうえに掃除魔のため物が増えない。家にあまりいないせいもあった。

 母親はちょくちょくうちに来て、へたくそな料理をしてくれる。

 この前きたのはひと月前。仕事で疲れた顔でたまのお母さん業をやろうとしてくれているようだった。

 親父からは『めしいらない』とショートメールが入っていた。

 飲み会か。

 いつもだって早くても九時より前には帰ってこないが、もしかしたら今日は午前様かも。

 晩飯の支度はまだ早い。

 冷蔵庫に戦利品をしまい終わって買い物袋を鞄に戻すと、いろいろ思い出してきた。

 寝るかな。

 完全にふて寝だが、くさくさするより夜寝れないほうがましかもしれない。

 座布団を二つ折りにして畳の居間で横になると、自分が思っていたよりもすぐに意識が消えていった。

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